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■展望 

●統合失調症脳の構造的変化
鈴木道雄 高橋努 川崎康弘 倉知正佳
 脳形態画像研究や新たな死後脳研究が活発に行われた結果,統合失調症患者の脳における軽微な構造異常の特徴が明らかになってきたが,それらの成因や臨床的関連についてはまだ不明な点が多い。本総説では,最近の磁気共鳴画像による研究成果から,慢性期の統合失調症患者の脳形態の特徴とその臨床的関連について概説し,次に初回エピソードの患者における脳形態の特徴とその臨床的関連,特にその後の臨床的転帰との関連について述べる。さらに,発症前後の形態変化に関する研究を紹介するとともに,高危険児や統合失調症圏障害を対象にした形態画像研究の知見から,統合失調症への脆弱性に関連する変化と疾病に直接関連する変化について触れる。最後に,脳の構造的変化の成因に関連する,死後脳における知見も紹介する。以上から,統合失調症における脳の構造的変化が,その病態形成にいかに関わるかについて可能な範囲で言及したい。
Key words : schizophrenia, magnetic resonance imaging(MRI), vulnerability, postmortem brain

■特集 抗精神病薬のNeuroprotection作用

●抗精神病薬の神経保護作用とは何か?
宮本聖也 青葉安里
 一部の統合失調症患者の脳では,初発エピソード時から特定の脳領域において灰白質の体積の減少が認められ,臨床経過に伴って進行性に体積が減少するというエビデンスが蓄積している。これは統合失調症の神経発達障害仮説に加え,発病後の精神病症状自体が興奮毒性をもって神経細胞障害をもたらし脳の構造に可塑的変化を生じるという神経変性仮説を支持する所見と思われる。一方ある種の新規抗精神病薬は,興奮毒性からの防御,神経栄養因子の増加,神経新生刺激など複数の機序によって神経保護作用を有し,障害されたニューロンの修復機転を促進する効果をもつという研究成果が集積しつつある。これらは統合失調症を脳器質性疾患あるいは広義の神経変性疾患として捉え,診断と治療面での新しい概念の導入をせまるものである。本稿では,抗精神病薬の神経保護作用についての最新のトピックを簡単に紹介し,その本質と意義について考察してみたい。
Key words : schizophrenia, excitotoxicity, plasticity, neurogenesis, antioxidant enzymes, clozapine, olanzapine

●抗精神病薬の神経細胞障害性における定型と非定型抗精神病薬の違い
鵜飼渉 館農勝 山本恵 橋本恵理 池田官司 小澤寛樹 齋藤利和
 統合失調症患者脳における形態・構造変化の報告に基づいて,各種抗精神病薬による治療の際の錐体外路症状(EPS)発現率,陰性症状・認知障害の改善率と,薬物の神経細胞障害性との関連に着目した。大脳皮質神経細胞を用いた検討において,定型抗精神病薬のhaloperidolは長期処置によって神経細胞にアポトーシスを誘導した。一方,clozapineを例外としてセロトニン・ドーパミン阻害薬(SDA),多元受容体作用型抗精神病薬(MARTA)と称される非定型抗精神病薬の神経細胞への障害性は低く,これらの薬剤の神経細胞の生存そのものに対する影響の違いと臨床上の特徴との関連が推測された。また,haloperidolによる神経細胞アポトーシスの誘導にPI3―Kinase/Akt系の活性低化とカスパーゼ3活性化が関与することが判明した。さらに,haloperidolの作用はD2受容体作動薬のbromocriptine,および脳由来神経栄養因子(BDNF)によって抑制され,haloperidolによる神経細胞障害の細胞内メカニズムにD2受容体シグナルとリンクした生存(増強)シグナル機構の減弱作用が示唆された。
Key words : extrapyramidal side effect, negative symptom, haloperidol, atypical antipsychotic, BDNF

●抗精神病薬の作用機序における神経細胞新生の役割
中川伸 安部川智浩 李暁白 伊藤侯輝 久住一郎 小山司
 成体脳における海馬歯状回の下顆粒細胞帯と側脳室下帯では,神経細胞の新生が持続している。これらの細胞の機能的意義は明らかとなっていないが,分化,遊走し,最終目的地に達した後には既存の神経ネットワークに組み込まれていくことが明らかとなってきている。最近,非定型抗精神病薬(risperidone,olanzapine)により側脳室下帯の新生細胞数が増加することが報告された。これら非定型抗精神病薬が臨床的に認知障害を改善すること,側脳室下帯の新生細胞が前頭・頭頂葉に運ばれていく可能性があることなどを考えあわせると,その奏功機序に新生神経細胞の関与が窺われる。また,統合失調症患者では側脳室の拡大,嗅球の体積減少,さらに嗅覚の異常が指摘されており,側脳室下帯の新生細胞の多くが嗅球に運ばれていくことから,その機能・分化異常が病態の一因を担っている可能性が言われてきている。
Key words : schizophrenia, progenitor cell, subventricular zone, hippocampus, dopamine

●統合失調症の症状形成に脳の形態的変化は本当に関与するのか
諸川由実代
 近年の画像診断技術の発展に相まって統合失調症における脳の形態変化を画像解析により明らかにしようとする試みが盛んになってきている。この背景には,統合失調症を神経変性疾患のひとつとして捉える考え方がある。本稿では検証的な立場から統合失調症における症状と脳の形態変化についてのMRI研究の結果を概述した。統合失調症の症状と脳の形態変化の関係については,一定の見解が得られておらず,統合失調症の病的過程の基盤に形態的変化が関与しているのか,また治療効果と形態的変化が相関するのかについては,明確な結論が下せないのが現状である。脳に形態的変化が生じているとすると,その前には必ず機能的変化が先行しているはずである。統合失調症が進行性の脳変性疾患であるのか,機能性疾患であるのかを明らかにするために,統合失調症における脳機能の変化に関する研究から多くの知見を得ることが望まれる。
Key words : schizophrenia, MRI brain imaging, neurodegenaration

■原著論文

●老年期うつ病に対するmilnacipranの有用性
徳山明広 中村祐 森川将行 平山智英 洪基朝 井上雄一朗 根來秀樹 原田信治 木内邦明 法山良信 大澤弘吉 岸本年史
 Milnacipranの老年期うつ病に対する有用性について,65歳から88歳までの患者30例を対象に,その有効性,安全性および忍容性を検討した。DSM―TXにて大うつ病性障害と診断された患者に対し,milnacipranを8週間にわたり投与した。うつ病の重症度評価には,21項目ハミルトンうつ病評価尺度(HAM―D)を用いた。副作用等で脱落した4例を除き,milnacipranの継続投与が可能であった26例では,投与8週後にHAM―Dスコアが50%以上減少した“Responder”の割合は42%であった。またそのうち,milnacipran投与前12ヵ月を超える前治療にも十分反応しなかった遷延例と考えられる患者群でも,“Responder”が30%に認められた。以上より,milnacipranは老年期うつ病に対して忍容性に優れ,有用性の高い薬剤であることが示唆された。
Key words : milnacipran, senile patients with major depressive disorder, serotonin noradrenaline reuptake inhibitors(SNRIs)

■症例報告

●Olanzapineが有効性を示したAsperger症候群の2症例
征矢敦至 小嶋秀幹 柿原慎吾 中村純
 今回Asperger症候群の2症例に対してolanzapineを投与し,その効果を報告した。症例はいずれも22歳の男性であり,1例はolanzapine 20mg/dayの投与によって易刺激性および自傷行動に,1例は7.5mg/dayの投与によって興奮,常同的運動および対人的相互反応の希薄さに対して改善を認めた。Asperger症候群には,現在までに様々な薬物療法が試みられてきたが,定型抗精神病薬では遅発性ジスキネジアなどの錐体外路系副作用が出現しやすいという問題がある。これに対して,olanzapineを始めとした錐体外路症状を生じることの少ない非定型抗精神病薬による薬物療法は有効な治療法のひとつになる可能性がある。
Key words : olanzapine, atypical antipsychotics, Asperger syndrome, high―functioning autism disorder, high―functioning pervasive developmental disorder