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■展望

●加齢と向精神薬
青葉安里 上村誠
 老化と薬物動態学および薬力学という視点に立ち,老年者の一般的特徴を述べ,実際の臨床場面において老年者に向精神薬を投与するうえでの具体的な留意点について概説した。肝臓における薬物代謝能は腎臓におけるそれと異なり,加齢の影響の受け方に公式的な考えを当てはめることはできず,個人差,薬物差によって大きく異なる。肝代謝能が遺伝的に規定されているということに加え,身体的有病性による個人差,さらにその薬物が実際に肝で代謝されやすいかどうかという薬物差によっても規定される。身体的有病時では血漿中濃度が上昇し,薬効の増強が予測され,老年者に向精神薬を投与する場合は,身体的有病性,とくに炎症を初めとした急性疾患に充分に注意することが肝要である。また加齢に伴う薬力学的変化は,脳の薬物感受性の亢進ではなく,むしろ忍容性の低下によるものと考えたほうがより妥当であろう。
Key words: elderly, psychotropic drug, pharmacokinetics, morbidity, pharmacodynamics

■特集 老年期の精神疾患に対する薬物療法:最近の進歩

●老年期に見られる幻覚・妄想状態に対する薬物療法
中島満美  中村純
 老年期に起こる幻覚・妄想状態はさまざまな身体疾患を基礎として起こることが多い。したがって,まず原因となった身体疾患への対応が問題となる。老年期の幻覚妄想状態に対する薬物療法は,抗精神病薬の主作用よりも副作用対策が課題となる。これは高齢者に多剤併用をしている者が多く,加齢による薬物動態や薬物感受性の変化などが起こっているからである。このような背景から高齢者の幻覚・妄想状態に対してはrisperidone,quetiapine,olanzapineなどの非定型抗精神病薬の投与が有用と考えられる。本論文では最近のこれらの薬物を検討した報告を概説した。
Key words: elderly patients, hallucinatory―paranoid state, atypical neuroleptics, risperidone, quetiapine, olanzapine

●老年期うつ病の薬物療法
田島治
 老年期のうつ病・うつ状態は多様であり,老年期初発の大うつ病,老年期の双極性障害,血管性のうつ病,アルツハイマー病に伴ううつ病,パーキンソン病に伴ううつ病,慢性の身体疾患が基礎にあるうつ病,妄想が顕著なうつ病などがある。いずれにおいてもうつ病自体の治療戦略は基本的には同じであるが,その病像や経過は様々である。老年期のうつ病に対しても選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)などが第1選択の薬剤として推奨されるようになってきているが,新規抗うつ薬の老年期うつ病に対する有用性に関するエビデンスは少ない。これまでの研究から,三環系抗うつ薬は地域で生活している高齢者のうつ病・うつ状態,身体疾患を伴う施設入所中の高齢者のうつ病・うつ状態にも有効なことが示されている。高齢者のうつ病に対してSSRIやモノアミン酸化酵素(MAO)阻害薬も三環系抗うつ薬と同様に有効なことが示唆されているがエビデンスは少なく,さらに研究が必要である。
Key words: geriatric depression, pharmacotherapy, antidepressants, SSRI, SNRI

●血管性うつ病(Vascular depression)の概念とその薬物療法
木村真人
 脳血管障害後のうつ状態は,脳卒中後うつ病(post―stroke depression:PSD)として1970年代後半から研究報告が積み重ねられている。一方,高齢うつ病者では,MRIによる白質高信号や基底核病変などの脳血管性障害が高率に認められることから,1997年AlexopoulosらとKrishnanらの協議を経て血管性うつ病(vascular depression:VDep)の概念が提出され,その中にPSDも包含された。VDepの診断基準については異論も多いが,臨床的特徴,経過,予後などの共通点から1つの診断カテゴリーになりうるものとして期待されている。本稿では,その診断的意義とともに問題点についても言及した。さらに,抗うつ薬を中心とした薬物療法と著者らのPSDに対する治療研究を紹介した。
Key words: vascular depression, post―stroke depression, antidepressants, therapy

●Vascular Dementiaの薬物療法
井出政行  朝田隆
 脳血管痴呆(VD)の治療には,予防,進行の抑制,精神症状の軽減など様々な面がある。予防法としては従来から行なわれている降圧薬や抗血栓薬の投与のほか,最近では高脂血症治療薬であるstatinが注目されている。statinは血清コレステロール値の改善効果のほか,プラークの抗酸化作用や脳血管の拡張作用によって脳血管障害の予防に効果を持つとされる。また,適量のアルコールが痴呆発症の危険を軽減させるという報告もある。進行の抑制に関しては,既に本邦で使用されているnicergolineは脳血流の増加作用だけでなく抗酸化作用も有すると報告されている。アルツハイマー型痴呆(AD)の治療薬のdonepezil,galantamine,rivastigmineはADだけでなくVDに対しても進行を抑制する効果があると報告されている。なお随伴症状に対する向精神薬については,抗コリン作用や筋弛緩作用などの副作用に注意しながら投与する必要がある。
Key words: vascular dementia, blood pressure, statin, alcohol, acetylcholinesterase inhibitor

●アルツハイマー型痴呆治療薬の開発動向
繁田雅弘  本間昭
 アルツハイマー型痴呆に対する治療薬を,中核症状に対する治療薬と周辺症状に対する治療薬とに分けて説明した。現在開発中の中核症状に対する治療薬は数多くあるので,その中からエビデンスが揃いつつある薬剤を紹介した。アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(rivastigmine,galantamine),グルタミン酸作動系神経薬(NMDA作動薬,memantine),モノアミン酸化酵素B阻害薬(selegiline),ベータアミロイドに対するワクチン療法について説明した。Donepezilはすでに認可されているが,重症例に対する開発が行われており,長期投与のデータとともに紹介した。一方,周辺症状に対する治療薬開発の報告は少なく,十分な対象を備えた報告は,幻覚・妄想,焦燥などに対する非定型抗精神病薬のみである。Risperidoneおよびolanzapineのデータを紹介した。
Key words: schizophrenia, atypical antipsychotics, suicide, clozapine, awakenings

●痴呆患者の行動症候(問題行動)に対する薬物療法
堀宏治  稲田俊也  冨永格  織田辰郎  女屋光基 山崎慶  金廣一  朝岡俊泰  寺元弘  鹿島晴雄
 痴呆の周辺症状は介護困難を来す症状のみならず,脳の器質的基盤を有する症状として重要視されるようになり,行動心理学的症候(BPSD)と呼ばれるようになった。BPSDは行動症候(問題行動)と心理学的症候に分けられるが,欧米の文献では,wandering,agitationが行動症候と同義的に捉えられている。筆者は行動症候を歩数計,問題行動評価尺度を用いて定量的に興奮行動群,原型の徘徊行動群,徘徊行動群に分類したが,今回,それぞれの行動症候のタイプに応じた薬物療法として,興奮行動群にはこうした行動症候の背景にある機能的精神障害に対応したうつ,せん妄,幻覚・妄想などに対する薬剤の投与を,原型の徘徊群には抗コリンエステラーゼ阻害薬すなわち抗痴呆薬の投与を,徘徊行動群にはセロトニン系に選択的に関与する薬剤であるSSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor)あるいは定型抗精神病薬の投与を行うことを考察した。
Key words : drug therapy, dementia, BPSD

●高齢者の睡眠障害に対する薬物療法
田ヶ谷浩邦  内山真
 高齢者では1)加齢に伴う生理的変化により,睡眠が浅くなり,中途覚醒が増加し,睡眠時間が短縮すること,2)睡眠時無呼吸症候群,むずむず脚症候群などの睡眠障害や,睡眠を障害する身体疾患の有病率が増加することにより,睡眠障害が増加する。高齢者に対する睡眠薬の投与は,1)薬剤の代謝能が低下し,持ち越し作用によるもうろう状態,筋弛緩作用による転倒・骨折が出現しやすく,2)背景にある疾患を悪化させる原因となることがあるため,慎重に行う。まず,特定の睡眠障害,身体・精神疾患に基づく睡眠障害,薬剤性睡眠障害を除外する。次いで行動療法・睡眠衛生教育を行う。薬物療法を行う場合は,筋弛緩作用,抗コリン作用が弱く,代謝産物が活性をもたない薬剤を最低限の用量から慎重に投与する。この際,体内への蓄積を考慮して,同じ処方で1週間程度かけて睡眠障害を改善するようにし,早急な改善を目標としないことが重要である。
Key words : elderly, sleep disorders, pharmaceutical therapy, non―pharmaceutical therapy, normal aging