■展望
●EBM時代の薬物療法アルゴリズム ―その歴史と思想―
樋口輝彦
EBMの発展に伴い、薬物療法のガイドラインやアルゴリズムもEBMに基づくものが求められる時代になった。ひとくちにアルゴリズムと言っても、作成の目的や方法は同一ではない。本稿においては、今日の薬物療法アルゴリズムをまず俯瞰することにした。EBMのみで成り立つアルゴリズムは今のところ皆無であるが、EBM重視型のものとEBMに加えて専門家のコンセンサスを重視する立場があることを明らかにした。次にアルゴリズムの意義と有用性について論じた。本来、アルゴリズムは個々の医師が頭の中で作成しているものである。また、臨床の現場では個々のケースに応じた処方を行うのである。アルゴリズムはこれを妨げるのではないかという誤解があるが、決してそうではなく、むしろ個々の医師が築く頭の中のアルゴリズムの材料提供をするものであり、また適切な薬物療法の最低レベルを確保するものであることを強調した。
Key words: evidence-based medicine, psychopharmacology algorithms, treatment guideline,
International Psychopharmacology AlgorithmYProject(IPAP), mood disorders
■特集 精神科薬物療法のアルゴリズム―その有用性と限界
●急性期精神分裂病のアルゴリズム
伊藤千裕 岩淵健太郎 佐藤光源
精神分裂病の治療の目標は、できるだけ早期に適切な治療を始めて寛解状態に導き、再発率を低下させ、長期予後を改善することにある。その中心的な役割を担う急性期の薬物療法アルゴリズムでは、第一選択に非定型または定型抗精神病薬を選択し、難治例には最終的にclozapineを使用するとともに、維持療法にも非定型または定型抗精神病薬を推奨するという原則である。本稿では、特に精神分裂病の急性エピソードおよび急性副作用に焦点をあてた薬物療法アルゴリズムを紹介したい。
Key words: psychopharmacological algorithm, schizophrenia, acute episode, acute
side effect
●慢性期精神分裂病治療のアルゴリズム
―ソーシャルプログラムとの関係を含めて―
林田雅希
慢性期精神分裂病治療アルゴリズム、主として維持薬物療法のアルゴリズムの有用性と今後の課題について文献的に考察した。維持薬物療法は、再発予防に有用であるが、服薬継続期間の設定についての明確な科学的根拠は得られていない。また、薬物療法を中止する場合、患者の選択基準や中止方法は確立されていないため、慎重に行う必要がある。抗精神病薬の多剤併用患者の減薬・減量には、そのまま適用できないが、一考には値する。家族療法と維持薬物療法との併用は、再発率の低下や抗精神病薬の維持量の低用量化をもたらす。さらに、新しい非定型抗精神病薬は、精神分裂病の認知障害に対する有効性が示唆されており、認知行動療法にとって好都合な家族療法との併用により、患者の生活の質(QOL)向上をもたらすことが期待される。今後、本邦に適したプログラムの開発とその有用性の検証が求められる。
Key words:treatment algorithm, chronic schizophrenia, neuroleptic treatment, psychosocial
therapy
●気分障害の治療アルゴリズム
本橋伸高
気分障害の合理的薬物療法の基準を求める動きの中で、米国を中心に治療アルゴリズムが発表されている。わが国でも精神科薬物療法研究会が中心となり、大うつ病、双極性障害などの治療アルゴリズムを実証的な文献に基づいて作成した。同時に、アルゴリズムが現実の治療とかけ離れたものとならないために、アンケートによる処方の実態調査を全国約300名の精神科医に行った。この中で、うつ病治療では抗不安薬の併用が多いこと、躁病治療ではlithiumと抗精神病薬の併用が多くECTはあまり用いられないことなどが明らかとなった。今後のアルゴリズム改訂の課題としては、躁病における新しい抗精神病薬の位置付け、うつ病治療におけるSSRIやSNRIの位置付けを検討することなどがあげられる。さらには、気分障害の維持療法についてのアルゴリズムの作成も必要と考えられる。
Key words: algorithm, antidepressant, antipsychotic, bipolar disorder, ECT, major
depression
●痴呆性疾患治療のアルゴリズム
柏木雄次郎 中村 祐 保坂直昭 辻本 浩 岡田淳子 武田雅俊
痴呆性疾患治療のアルゴリズムに関しては臨床疫学的に充分な知見が集積しているとはいえず、厳密な意味でのアルゴリズムを提示することには限界があり、ある程度は経験則を踏まえて考案せざるを得ない。このことを前提として本稿では、痴呆性疾患の治療手順に沿った鑑別診断フローチャートについて検討し、治療法の選択に関しては米国精神医学会の「アルツハイマー病と老年期の痴呆」治療ガイドラインに基づいて概説した。先ず意識障害によるせん妄を鑑別し、次いで治療可能な痴呆を、さらに脳血管性痴呆を鑑別し、最後にアルツハイマー病を中心とした変性痴呆を鑑別してゆく。これらの流れに沿って慎重に診断することで、より適確な治療・予防を行うことができると考えられる。
Key words: algorithm, treatment, dementia, Alzheimer's disease, guideline
●不安障害治療のガイドラインとアルゴリズム
―Panic Disorder、OCD、PTSDに焦点を置いて―
古賀聖名子 中山和彦 和久津直美
精神分裂病や気分障害に続き、PD、OCD、PTSDなど不安障害の薬物療法においてもエビデンスとコンセンサスが統合され、さまざまなガイドラインやアルゴリズムが策定されつつある。現在、エビデンスとコンセンサス双方が重視されたもの、またコンセンサスの方が重視されたものとの2種類がある。そこでは主にSSRIsが第一選択薬となっているが、示されている有効最大投与量は日本では認められていない。また、MAOIsなど日本では発売されていない薬剤も有効とされている。このように、そのままわが国で適用させるには限界があるが、2種類のSSRIsが認可されたことから、これらの知見をとり入れ、日常の診療に生かすことは有意義であると思われる。
Key words:guideline, algorithm, Panic Disorder(PD), Obsessive Compulsive Disorder(OCD),Posttraumatic
Stress Disorder(PTSD)
●わが国で作成されたアルゴリズムの問題点
寺尾岳
精神科薬物療法研究会により1998年に「精神分裂病と気分障害の治療手順:薬物療法のアルゴリズム」が発行された。この中で、日本版アルゴリズムとして精神分裂病に関する7つのアルゴリズムと気分障害に関する6つのアルゴリズムが作成された。今回これらのアルゴリズムに関し、その根拠が適切なものか否かをsystematic
reviewの観点から検討した。その結果、アルゴリズム作成の基礎となる文献収集の方法や作成における判断根拠の検討が不十分であることや複数のrandomized
controlled trials が存在する場合に、meta-analysisを用いた定量的解析がなされていないことが判明した。したがって、日本版アルゴリズム作成にはいくつかの問題点があると考えられた。今後の改訂に際しては、このような点に留意しアルゴリズムが再構築されることが期待される。
Key words: algorithms, systematic review, randomized controlled trials, meta-analysis
■治療薬情報
●精神科診療所におけるfluvoxamineの使用経験
渡辺洋一郎 田中迪生 田中千足 正岡 哲 子安佳子 植月マミ
第一線の精神科医療現場である精神科診療所において、fluvoxamineの使用経験をまとめた。1)精神科診療所では遷延例など治療困難例を多く抱えており、その影響もあってか有効率は従来の報告より低いものであった。2)大うつ病エピソード群では@新規投与で軽症群、新規投与で罹病期間6ヵ月以内の症例群で高い有効率を示した。A他の抗うつ薬から変更した群に、悪化中止例が多く、本剤への変更には注意を要する。3)強迫性障害、パニック障害などの不安障害や、摂食障害をはじめとする、気分障害・不安障害以外の障害にも幅広く使用されていた。4)副作用発現は17.6%で吐き気が最多であった。抗コリン性、α1作用性副作用、眠気などはきわめて少なかった。
以上より、本剤は、行動毒性の少なさ、自殺企図に対する安全性などもあり、精神科外来治療に有用な薬剤といえる。しかし、無効例や悪化例も少なくなく、十分な診断がなされない安易な使用は危険で、専門的知識と経験を持った医師による使用が望ましい。
Key words:SSRI, fluvoxamine, psychiatric clinic, clinical experiences