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■特集 認知行動療法をはじめとする精神療法の使い分け─症例から考える─
●一般精神科医はどのような事例にどの認知行動療法を適用すればよいか─他の様々の精神療法との比較も踏まえて─
兼本 浩祐
 認知行動療法(cognitive behavioral therapy:CBT)を中心に様々の精神療法を一般精神科医の目線で比較することを試みた。まずはCBT と最も対照的な精神分析的精神療法を比較し,次いで第1 ・第2 世代CBT と第3 世代CBT を比較し,最後に様々の精神療法を行動療法と精神分析的精神療法を対極としてそれぞれにより近い順に並べ,その特徴を提示した。
Key words:cognitive behavioral therapy, psychoanalysis, third generation

●認知行動療法の歴史的展望
井上 和臣
 認知行動療法の過去,現在,未来を展望した。心の健康増進という視点からは,心をどう理解するかという哲学的人間観とくに認識論との関連が注目される。認知行動療法は,第1 世代の行動療法に始まり,第2 世代の認知療法の参入を経て,第3 世代(新世代),すなわち様々な呼称をもつ認知行動療法群(例:マインドフルネスに基づく認知療法,MBCT;アクセプタンス& コミットメント・セラピー,ACT;弁証法的行動療法,DBT)の時代になっている。認知療法が重視した認知は第3 世代でも重要である。ただ,認知の内容から認知との距離の置き方,脱中心化に重点が移ったことが特徴的である。第1 世代から第3 世代に至る認知行動療法の進展は,認知をめぐる理論的変遷であると同時に, 2つの治療モード(MBCT における受容と変化,DBT における妥当性確認と問題解決)を軸にひとりの患者に対する一連の治療行為を再確認する歴史でもある。
Key words:cognitive-behavioral therapy, history, the third wave, distancing/decentering, acceptance/change

●慢性痛に対する認知行動療法・その他の精神療法のエビデンス
近藤 真前  渡辺 範雄
 慢性痛に対して現時点でエビデンスが最も強い精神療法は認知行動療法(CBT)である。そのうち,対照群との比較では第2 世代CBT に比べて第3 世代CBT の効果が持続する傾向にあり,第3 世代CBT の中ではマインドフルネス瞑想に基づく介入よりもアクセプタンス&コミットメント・セラピーの効果量が大きい傾向にあるが, 3 者の優劣は明らかではない。今後のエビデンスの蓄積が望まれる。
Key words:chronic pain, cognitive behavioral therapy, mindfulness, acceptance and commitment therapy

●認知療法からの診立てと治療方針
沼田 法子  清水 栄司
 痛みは不快な感覚であるため,強い不安や恐怖,怒りなどの情動と認知を伴い,痛みの要因がもともとは器質的なものであっても,痛みが長期化すればするほど,情動的・認知的要因の占める割合が多くなってくる。慢性疼痛を有する患者にみられる痛みに対する不安や恐怖,怒り,破局的認知などの心理的要因は,患者の日常や社会生活において大きな影響を与える。慢性疼痛の治療法として,認知行動療法が用いられ,一定の効果を示している。本稿では,慢性疼痛に対する認知療法を,事例を通して紹介する。
Key words:chronic pain, cognitive behavioral therapy, pain management, stress management, case study

●行動療法(問題解決療法)からの診立てと治療方針
松岡 紘史
 行動療法を用いて,症例を理解し,介入していく場合,現在の症状がどのように生じ,なぜ継続しているか,行動分析を行う。慢性の痛みの場合は,痛みを訴える行動,外出の頻度の低下,服薬行動などの痛み行動に関する行動分析が中心となる。外出行動を増加させる際は,段階的活動が治療の選択肢の1 つとなるが,痛みへの恐怖によって外出行動の頻度が低下している場合は,エクスポージャーを中心とする治療が効果的であると考えられる。痛みを訴える行動が環境との関わりによって維持されている場合は,こうした関わりを消去の手続きを用いてなくしていく必要がある。また,過度な服薬行動がみられる場合などは,痛みなどの症状悪化に対する不安を緩和するための安全行動として服薬行動が機能している場合があり,そうした場合はエクスポージャーが治療の選択肢となる。問題解決療法の観点から慢性の痛みを理解する場合,問題解決の方向性の固定化が問題の1 つであると考えられ,こうした点を扱っていく必要性が考えられる。
Key words:behavior therapy, pain behavior, graded activity, exposure, problem-solving therapy

●アクセプタンス&コミットメント・セラピーからの診立てと治療方針
伊井 俊貴  武藤  崇
 本稿の対象はアクセプタンス&コミットメント・セラピー〔acceptance and commitment therapy:ACT(「アクト」と読む)〕である。ACT とは第三世代と呼ばれる認知・行動療法の1 つである。ACT は心理的柔軟性を高めることで,避けられない痛みは受け入れながら有意義で豊かな人生を切り開くことを目指す。一般的な医療では現在の困りごとから,疾患を特定し,治療するという流れで診立てと治療方針を決めることが多い。一方,ACT における診立てと介入方針はこの一般的な医療の流れと少し異なる。筆頭著者が意識していることは,まず患者の価値を聞き,そして価値に向かうための障害を特定し,その障害がある中で有意義で豊かな人生を切り開くために有効な方法を考える,という診立てと介入方針の流れである。本稿ではまず,ACT の概要について述べる。次に,与えられた症例に対して筆頭著者がACT を行う際にどう診立てをし,治療しているかを述べる。
Key words:acceptance and commitment therapy, cognitive behavioral therapy, pain disorder, somatic symptom disorder, value

●マインドフルネスによる慢性疼痛の診立てと介入
田中 智里  藤澤 大介
 慢性疼痛では,身体感覚としての痛みのみならず,それにまつわる様々な感情や思考により形成された苦痛という複雑な病態が形成されている。マインドフルネスは①意図的に痛みの感覚に注意を向けること(曝露),②思考や感情と距離をとって観察すること(脱中心化),③あるがままに受け止めること(アクセプタンス)の3 つの中核的な要素で特徴づけられ,これらの練習を通して痛みに振り回されずに自分らしい人生が選択できるようになることを目指す。本稿では特に慢性疼痛に対し開発されたマインドフルネスストレス低減法を取り上げ,マインドフルネスが注目されるようになった歴史やその心理学的・神経科学的機序について説明し,実臨床において用いる上での必要条件や困難事例,継続の工夫,治療者としての姿勢を紹介する。
Key words:mindfulness, mindfulness based stress reduction, mindfulness based interventions, chronic pain

●持続エクスポージャー療法からみたPTSD
金 吉晴
 PTSD の病態の理解のためには横断的な記述症状論だけではなく,症状の形成過程と治癒過程とを治療実践を通じて検討する必要がある。持続エクスポージャー療法はもっとも信頼できるエビデンスに基づいた治療というだけではなく,トラウマ体験に関する体験,知覚,感情,認知といった多様な情報を患者の発話を通じて治療者も追体験することができ,PTSD の慢性化につながる記憶の断片化,病理形成における解離症状の意義,回復過程における感情的馴化,認知再構成を通じた本来的自己像の回復などを知ることができる。PTSD 概念は賠償神経症との異同などからその疾患的実在性に疑念が持たれがちでもあったが,先行研究によれば本治療法の効果量はほぼ常に1.5を超えていることを踏まえると,臨床診断としての有用性は認められる。適切な治療的実践を通じて,トラウマ体験についての精神医学的理解が深められることが期待される。
Key words:PTSD, exposure, dissociation

●弁証法的行動療法からの診立てと治療方針
小野 和哉
 弁証法的行動療法(dialectical behavior therapy:DBT)は衝動と情動のコントロールの改善を意図した統合的精神療法の1 つで,マインドフルネス精神療法とも形容される。慢性疼痛症例に関しての治療報告や経験には乏しいが,身体症状の背後にある怒りと抑うつを標的にしてDBT 治療を行うことが考えられる。DBT による治療を個人精神療法として外来治療の中で施行する場合の簡易プログラムを概説し,その限界について付言した。
Key words:dialectical behavior therapy, mindfulness, individual psychotherapy

●対人関係療法からの診立てと治療方針
宗 未来
 対人関係療法は, うつ病のために開発された短期精神療法である。提示症例に対して,診立てや治療はどのような形になりうるのかという概要を提示した。持続性抑うつ障害としての治療適応は有しており,“役割の変化”の行き詰まりの問題と位置づけ,古い役割への別れや新たな役割の受け入れという目標を共有して,重要な他者である夫や娘,それ以外の対人関係を治療焦点として12〜16セッションの治療の大きな流れを示した。
Key words:IPT( interpersonal psychotherapy), role transition, persistent depressive disorder, chronic pain

●森田療法からの診立てと治療方針
平林 万紀彦
 わが国では国民が自覚する症状として「痛み」は最も多く,また苦痛の強いもののひとつでもある。しかし,痛み治療により患者が満足いくまで痛みを改善させることは容易でない。慢性痛は“身体の要素”と“心理的な要素”が複雑に絡み合って苦痛が増幅するものであり,痛みがこじれる際,痛みを敵視するために過敏になり苦痛が強まる悪循環が大なり小なり存在する。「患者にとってその痛みがなぜ苦しいのか」を治療者が知ること,あるいは知ろうとすることが苦痛の悪循環を断ち切るうえで役に立つ。「我慢し難い痛み」から「平気な痛み」への転換を促すうえで森田療法がどのような役割を担うのかを紹介する。
Key words:chronic pain, pain disorder, Morita-therapy, quality of life

●精神分析における,道具的側面と創発的側面
白波瀬丈一郎
 精神療法について道具的側面と創発的側面という想定を行い,それに基づいて精神分析の精神療法としての特徴を考察した。道具的側面では,精神療法は治療者や患者から独立した道具として位置づけられる。その治療は道具として規定された方法で実践される。したがって,道具としての適応や限界が生じる。一方,創発的側面では,治療者も患者も精神療法を構成するものとされる。双方が協働して治療過程全体を実りあるものにしようと努力する。そこにも適応や限界は存在するが,その中でできることは何かを考え,新たな治療的効果を生み出そうと協働的努力が行われる。
Key words:effectiveness of psychotherapy, indication, cooperation

●内観療法の立場からの診立てと治療方針
長島美稚子  吉本 博昭
 内観療法は,症状に直接ターゲットを当てた治療ではなく人格変化による症状軽減を目的とする治療法である。特に,患者の成育歴の中で,親子関係の問題が絡んでいるとしたら,内観療法による治療効果が期待できる。実際に,内観体験により親に愛されていたことを確認すると親へのわだかまりが解け,親との葛藤で悩んでいたことも和らいでくる。さらに,内観体験により,注意や認知の転換,さらに肯定的な生き方に変わり,慢性疼痛はもはや大きな問題ではなくなり,症状の軽減が起こる可能性も大きいと考えられる。
Key words:having been loved, Naikan therapy, interpersonal conflict

●慢性疼痛患者への行動活性化の診立てと方針
神人 蘭  高垣 耕企  吉野 敦雄  岡本 泰昌
 行動活性化は,うつ病に対する行動的技法として比較的古くから行われており,比較的単純で実用的な方法である。行動活性化には,1970年代にLewinsohn らが,うつ病になると正の強化を受ける機会が減少することに注目して開発した,正の強化を受ける機会を増やすように快活動質問票を用いて楽しい活動を増やすことを目的とした治療プログラムと,2000年代以降に開発された,嫌悪的状況の受動的回避が原因であるとの考えから,回避行動を減らし,気分に依存せず,自分の生活の中で価値を置く(目標となる)活動を行うことを目的とした治療プログラムの2 つがある。治療アプローチとしては,快活動を増やすタイプの治療プログラムからスタートして,効果が得られない場合には回避行動を特定して,気分に依存せず,目標となる行動を行うタイプの治療プログラムを行うといった段階的なアプローチを行うことが推奨されており,提示症例に対しても,段階的なアプローチにより効率的な治療が期待できる。
Key words:depression, behavioral activation, chronic pain

●メタ認知療法からの診立てと治療方針
田島 大暉  境 泉洋
 本稿では,疼痛性障害の症例について,Spada ら(2016)の疼痛のメタ認知モデルに基づいた診立てと治療方針について記述した。本特集の提示症例は,痛みに関連する刺激に対する注意の固着や不十分なメタ認知的気づきによって症状の悪化に寄与しているものと診立てられた。つまり,メタ認知療法の観点からは,そうした認知注意症候群(CAS)によって痛みに関する破局的思考が強められていると考えられた。メタ認知療法ではCASから距離を置いた注意,十分なメタ認知的気づきを特徴とするディタッチト・マインドフルネス(DM)への移行を重視している。そこで,DM を達成するための技法として,DM技法,注意訓練法(ATT),メタ認知的信念への取り組みを紹介した。こうした技法を用いて,CAS からDM へ移行し,痛みに関連する刺激に対する反応を変えることで,疼痛性障害の改善が期待されると考えられる。
Key words:metacognitive therapy, cognitive attentional syndrome, detached mindfulness, metacognitive beliefs, attention training technique

●コンパッション・セラピーからの診立てと治療方針
有光 興記
 コンパッション・セラピー(compassion focused therapy:CFT)は,コンパッション(compassion)という感情を自分と他者に向けることで,様々な精神症状を改善しようとする心理療法である。本稿では,慢性疼痛患者の事例にCFT のモデルを当てはめ,治療のプロセスについて解説した。事例の女性の場合は,マインドフルネスにより痛みを受容することで気分が安定すると思われるが,さらにCFT により背景にある批判的な思考パターンをコンパッションにあふれたものに置き換えることで,落ち込みや恥の感覚が減少する可能性がある。また,失うことを恐れて我慢するという行動パターンを,自他にコンパッションを持って甘えたり,主張するという行動に変化させていくことも重要だと考えられた。
Key words:compassion, compassion focused therapy, chronic pain

●精神療法においてポジティブサイコロジー手法をどのように用いるか
須賀 英道
 これまでの精神療法において,患者の持つ問題をいかに究明し解決していくか(pathogenesis)が最優先課題とされ,精神科治療の基本であった。認知行動療法(CBT)に大きくシフトしてきた現状においても,問題解決手法をおいてほかにはないともされる。こうした中で,ウェルビーイング視点を基本としたポジティブサイコロジー手法の活用が,個別精神療法にとどまらず,グループセラピーにも有効であることを示した。ここでは,個人的に経験した症例をもとに,どのようにポジティブサイコロジー手法が有用であるかに気づいたのか,どのような手順でその手法を活用したのかを示した。さらには,経験症例をもとに作成したウェルビーイング実践プログラムについて紹介するとともに,今後の方向性(健康創生論:salutogenesis)についても言及した。
Key words:positive psychology, positive psychiatry, well-being

■研究報告
●精神的ストレスにより退行が出現した2 症例─Jacksonism の視点から─
中西 伸介  山中 康裕
 「退行」について2 つの症例を検討し,「退行」という現象に対してJacksonism の視点から説明を試みた。ベースは英国の神経学者Jackson, J.H. が提唱した「神経疾患症候の二重性」の理論であるが,これは「生命体において発達の早い時期にできた下位神経は,より遅い時期にできた上位神経に抑制されており,何らかの理由で上位神経が機能しなくなったとき,抑制されていた下位神経が解放される」という論旨である。本稿では,まずこの理論を脳の神経に応用し,上位神経を脳の新しい神経ネットワーク,下位神経を脳の古い神経ネットワークと対応させた。そして退行による年齢相応の感情や思考の消失を新しい神経ネットワークの機能不全,より発達の早い時期の感情や思考の出現を古いネットワークの機能再開と解釈し, 2 つの退行症例をJacksonism の視点から検討した。その結果,「退行」という現象の出現にこのような神経ネットワークの異常が寄与している可能性が示唆された。
Key words:Jackson, J.H., Jacksonism, regression, borderline personality disorder

■臨床経験
●ベンゾジアゼピン系薬剤が奏効した悪性緊張病2 例
北元 健  中森 靖  早川 航一  齊藤 福樹  木下 利彦
 緊張病(緊張病性障害)は昏迷,カタレプシーなどの症状を特徴とし,種々の精神・身体疾患に合併することがある。我々はベンゾジアゼピン系薬剤が奏効した悪性緊張病2例を経験したので報告する。症例1 は45歳男性で統合失調症,症例2 は48歳女性でうつ病の既往があった。ともに意識障害で当院に搬送され,入院時に低Na 血症,高CK 血症を認めた。治療経過中に昏迷,カタレプシー,高熱・頻脈・高血圧などの自律神経症状が出現した。Midazolam の持続静注およびdiazepam の内服を行い,症状は改善した。高CK血症が改善傾向にあったことやカタレプシーがみられたこと,ベンゾジアゼピン系薬剤が奏効したことから, 2 症例はともに悪性緊張病の可能性があると考えた。悪性緊張病は悪性症候群との鑑別が困難なことがあり,その際はベンゾジアゼピン系薬剤の試験的な投与が効果的であると考えた。
Key words:catatonia, malignant syndrome, benzodiazepine, diazepam, catalepsy


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