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■特集 鑑別しにくい精神症状や行動障害をどう診分けるか
●「気分が変わりやすい」を見分ける─パーソナリティ障害,双極性障害─
林 直樹
 「気分が変わりやすい」という感情(気分)の不安定性は,広い範囲の精神障害で認められる症候である。近年,それに関連して境界性パーソナリティ障害(BPD)と双極性障害(BP)の関連性について多くの議論が展開されている。本稿において筆者は,両疾患の鑑別診断において重視されるべき感情(気分)の不安定性などの特徴の相違や,両者の診断合併の臨床的意義についての最近の研究知見を概観し,それに基づいて臨床現場で感情不安定への対応をどのように進めるかについて考察を行った。
Key words:emotional instability, mood swings, borderline personality disorder, bipolar disorder, differential diagnosis, comorbidity

●認知症性疾患におけるアパシー
福原 竜治
 認知症性疾患におけるアパシーについて概説した。アパシーは発動性の低下,興味関心の減少,情動の鈍化の3 つの次元で評価されるが,うつとの症状のオーバーラップがあり鑑別が重要である。本稿では,アルツハイマー型認知症,脳血管性認知症,レビー小体型認知症,前頭側頭葉変性症の四大認知症に生じるアパシーについて概説し,画像研究により示されたアパシーの神経基盤についても触れる。
Key words:apathy, Alzheimer’s disease, vascular dementia, dementia with Lewy bodies, frontotemporal lobar degeneration

●昏迷と緊張病
船山 道隆
 昏迷と緊張病は,一症候と一つの臨床単位である。統合失調症やうつ病に出現する緊張病の一症候として昏迷があるが,昏迷は緊張病のみに出現するものではなく,解離性障害等においても出現する。昏迷の中でも統合失調症やうつ病に出現する緊張病性昏迷が精神的にも身体的にも最も重症である。ベンゾジアゼピンや電気けいれん療法による精神科治療に加え,出現しやすい身体疾患の管理,身体リハビリテーションが重要である。
Key words:stupor, catatonia, schizophrenia, depression, dissociative disorder

●「ぼーっとしている」
上田 諭
 周囲からの刺激に反応が乏しい,あるいはほとんどない「ぼーっとしている」状態の鑑別では,まず意識障害を疑う。意識障害は,低活動性せん妄とてんかんによる意識減損状態を含むが,脳波検査による鑑別が必須である。脳波が正常範囲であれば,次いで昏迷が疑われる。昏迷はうつ病性,統合失調症性,解離性があり,強制開眼による眼球運動の確認や,diazepam インタビューなどを用いて鑑別を行い,治療法を考える。レビー小体型認知症(DLB)の覚醒度の変動としての嗜眠傾向や傾眠は,特徴の似ているせん妄との鑑別が必要になる。
Key words:conscious disturbance, stupor, dementia with Lewy bodies, pronounced variations of alertness

●「キレやすい」
黒田 治
 「キレやすい」とは,「突然怒り出して,見境がなくなる傾向にある」といった意味の俗語である。易怒性を「キレやすい」の類義語とみなして,文献レビューを行った。DSMで定義される多数の精神疾患の診断基準に含まれる記述語であるにもかかわらず,易怒性に関する研究はそれほど盛んではなかった。2000年前後にアメリカ合衆国で起きた双極性障害の小児例の激増の背景に易怒性の解釈をめぐる論争があったことから,近年,易怒性に関する研究が特に注目されている。
Key words:Kireru, irritability, irritable mood, bipolar disorder, disruptive mood dysregulation disorder

●「人前に出るのが怖い」
永田 利彦
 「人前に出るのが怖い」という訴えは公衆の面前でのスピーチを恐怖するスピーチ恐怖症などの社交不安障害パフォーマンス限局型, 1 対1 の対人相互関係まで障害される全般性の社交不安障害,親しい人にも遠慮する回避性パーソナリティ障害のほか,醜形恐怖症,選択性緘黙,自己愛性パーソナリティ障害までの非常に幅広い病理を有する患者からなされる可能性があり,治療者の正しい診立てと,それに基づいた治療が求められている。
Key words:generalized social anxiety disorder, performance-only, body dysmorphic disorder, selective mutism, narcissistic personality disorder

●強迫,常同,反復(強迫症状(観念・行為)と常同的・反復的運動やこだわり)─強迫性障害と前頭側頭葉変性症との鑑別─
繁信 和恵
 強迫,常同,反復行動は前頭側頭葉変性症や進行性核上性麻痺など様々な認知症で認められる。中でも最も高頻度に呈するのは前頭側頭葉変性症である。表面的に似た症状を呈す疾患に「強迫性障害」がある。強迫性障害患者でみられる症状は,自我異和的な運動行動の形をとる強迫行為で特徴づけられる。一方,脳器質性疾患でみられる常同・強迫行動では多くの場合,強迫行動に対する不合理性の自覚や自我違和感を伴わないことが特徴である。
Key words:obsessive-compulsive disorder, frontotemporal lobar degeneration, stereotypic behavior

●「眠れない」を診分ける
三島 和夫
 不眠症状は精神疾患に起因するものだけに限らず,さまざまな睡眠障害に共通して認められる。そのため鑑別診断で最も大切なことは不眠症(原発性不眠症,精神疾患に起因する不眠)以外の睡眠障害を適切に鑑別診断することである。各種睡眠障害に特徴的な臨床症状を丁寧に聴取し,睡眠日誌を記載させ,必要に応じて夜間睡眠ポリグラフ試験や反復入眠潜時試験などを併用して,確定診断と重症度の判定を行う。
Key words:insomniac symptom, quality of life, primary insomnia, chronic insomnia, The International Classification of Sleep Disorders

●認知症における問題行動
東 眞吾  数井 裕光
 認知症患者にしばしば認められる妄想,幻覚,興奮などの行動・心理症状を包括する概念としてBPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)という用語が使用されている。BPSD の発現には,脳の損傷による機能低下とその機能低下を有しながら日常生活に適応しようとする患者の行動とが関連している。それぞれのBPSD の発現機序がわかれば,その発現機序を考慮した対応法が選択できるので,BPSD を軽減させやすい。発現の機序が比較的よく考察されている症状として嫉妬妄想,徘徊と常同的周遊,人物誤認がある。本稿ではこの4 つの症状の発現機序とその機序に基づいて提案されている対応法を紹介した。また,奏功確率の高いBPSD の対応法を明らかにする目的で,我々が運営している「認知症ちえのわnet」を紹介した。
Key words:behavioral and psychological symptoms of dementia( BPSD), Alzheimer’s disease( AD), dementia with Lewy bodies( DLB), frontotemporal dementia( FTD)

●統合失調症による暴力
今井 淳司
 実証的研究によれば,統合失調症独自の暴力関連因子は TCO(Threat/Control-Override)症状を中心とした精神病症状だといえる。精神病理学的には,「妄想上の迫害者」,「みせかけの了解可能性」という概念をもとに,統合失調症における暴力発動機制に関する考察がなされている。治療反応性の高い統合失調症による暴力を適切に鑑別し治療に導入することは,我々精神科医に課せられた重要な使命だと考える。
Key words:violence, schizophrenia, risk factor, TCO symptom

●緘 黙─選択性緘黙,社交不安症,自閉スペクトラム症,うつ病,統合失調症─
大村 豊
 緘黙は選択性緘黙のほか,社交不安症,自閉スペクトラム症,うつ病,統合失調症などでもみられ,ときに鑑別に迷うことがある。家庭内外での発話量の格差,コミュニケーションに対する態度などに着目して整理を試みた。また,緘黙の背景にしばしば自閉スペクトラム症が存在するため,発達歴の評価が必要である。
Key words:selective mutism, social anxiety disorder, autism spectrum disorder, depression, schizophrenia

●成人の注意欠如多動性障害(ADHD)を中心とした「落ち着きのなさ」「多動」の鑑別
谷 将之  岩波 明
 「落ち着きのなさ」「多動」といった症状は多くの精神障害に普遍的に認められるものであり,辺縁的な症状として扱われるが,注意欠如多動性障害(ADHD)はこれらの症状が中核的な症状となる。双極性障害や境界性パーソナリティ障害のような「落ち着きのなさ」「多動」といった症状を呈しやすい精神障害は,ADHD と症状がしばしば重複し,ADHD と相互に排他的な診断とはならないものの,薬物療法を含めた治療方針については異なる部分が大きいため,その鑑別や,併存の有無を正確に判断する重要性は高い。本稿では「落ち着きのなさ」「多動」といった症状を呈する症例について,ADHD を軸として双極性障害,境界性パーソナリティ障害との鑑別を必要とした,あるいは併存が明らかになった自験例を提示し,それぞれについて診断と治療,留意すべき点などについて解説を行った。
Key words:attention deficit/hyperactivity disorder( ADHD), bipolar disorder, borderline personality disorder, differential diagnosis, comorbidity

●自 傷─自殺なのか,感情的苦痛への対処なのか,操作的行動なのか,あるいは常同行為なのか-─
松本 俊彦
 自傷,すなわち,故意に自らを傷つける行為は,様々な精神障害や病態において,様々な種類と程度でもって出現し得るという点で,精神科臨床においてきわめて普遍的な行動障害といってよい。また,その意図は,自殺を意図するものから,むしろその反対に,自殺念慮を緩和するものまで,きわめて幅広い。本稿では,多様な病態で見られる自傷について,その症候学的な特徴と,背景にある精神障害や精神保健的問題との関係について整理し,臨床場面における自傷の評価ポイントを提案した。
Key words:self-injury, suicide, non-suicidal self-injury, clinical typology, assessment

●酩 酊─病的酩酊なのか,複雑酩酊なのか,単純酩酊なのか,あるいは解離なのか─
梅 津 寛
 酩酊は急性アルコール中毒による症状のことをいい,中心となる症状は意識障害である。わが国では主にBinder, H. の分類が用いられる。単純酩酊は異常さの見られない,通常の酩酊である。複雑酩酊は量的な異常であり,状況には合致しているが人格異質的な行動が見られ,見当識は保たれるが記憶は障害される。病的酩酊は質的な異常であり,幻覚,妄想,もうろう状態,せん妄状態などの症状,了解不能な行動が見られ,見当識および記憶は障害される。解離は心因性精神障害で見られ,健忘,遁走,昏迷様症状,多重人格などの症状が見られる。
Key words:drunkenness, alcohol intoxication, alcohol crime, dissociation

●睡眠薬・抗不安薬依存の診分けかた
外間 朝諒  稲田 健
 抗不安薬・睡眠薬は臨床上汎用されているが,乱用や依存などの使用障害もしばしば問題になっている。中でもベンゾジアゼピン(benzodiazepine:Bz)系薬は,明らかな依存のほか,渇望や耐性が目立たない常用量依存を形成するため臨床の場で鑑別が必要となることがある。本稿では,Bz 系薬の常用量依存の鑑別と対応を含め抗不安薬・睡眠薬の依存について概説する。
Key words:benzodiazepine, dependence, withdrawal symptoms, carving, tolerance

●摂食障害患者にみられる食行動異常
山内 常生
 摂食障害の代表的な症状は拒食や過食であり,患者の肥満恐怖と厳密な体重管理は,自己誘発性嘔吐や極端な偏食などの強迫的なこだわりを招く。食行動異常は,日常の様々な活動を阻害し生活における大きな問題となる。患者がひとりで改善を試みても困難が多く,また誤った方法からかえって問題を悪化させることもある。治療では,患者が少しずつ健全な食生活を取り戻すように適切な生活指導を継続することが重要となる。
Key words:eating disorder, anorexia nervosa, bulimia nervosa, binge eating, abnormal eating behavior

●夜間の異常行動の鑑別診断
仙波 純一
 夜間の異常行動を訴えて精神科を受診する患者は少なくない。睡眠中の異常行動には睡眠時随伴症と呼ばれるいくつかの特徴的な行動症状が含まれる。この睡眠時随伴症にはさまざまな精神疾患や神経疾患が併存することがある。睡眠時随伴症と紛らわしい疾患や病態として,夜間のてんかん発作やパニック発作などがあり,行動の様子や覚醒時の夢見体験などが鑑別点となる。
Key words:parasomnia, differential diagnosis, nocturnal panic, nocturnal epilepsy

●物をためこむ症状を診分ける
中尾 智博  蓮澤 優
 ためこみ症状とは過剰な物の収集,それらを散らかし捨てられない状態を指す。DSM-5では新たにためこみ症(hoarding disorder)の疾患定義がなされた。ためこみ症状は脳器質疾患や認知症,統合失調症などにも二次的にみられ,鑑別を要する。さらに,従来下位分類にためこみを含んでいた強迫症や,自閉スペクトラム症,注意欠如・多動症にもためこみは多くみられる。これらの疾患はためこみ症を併存する場合も多く,鑑別診断をより丁寧に行う必要がある。
Key words:hoarding disorder, obsessive-compulsive disorder (OCD), autism spectrum disorder (ASD), attention-deficit hyperactivity disorder( ADHD), DSM-5

●強迫,常同,反復─強迫症と自閉スペクトラム症─
岡田 俊
 強迫と常同は,いずれも同一の行動あるいは思考を反復するという点では共通しているが,古典的には前者が不安を背景にした自我違和的な反復,後者はこだわりを背景にした自我親和的な反復という点で異なっていた。しかし,近年の強迫の理解は,強迫が複数のカテゴリーないしはディメンジョンがあること,また強迫症の理解も「とらわれ」や反復行動を共通特徴とするスペクトラムの中核と位置づけられ,その中には不安─衝動性の連続性があることも示唆される。そのような強迫の理解においては,常同性もこだわりや衝動性の極にある行為や思考とも考えられる。本稿では,常同を主徴とする代表的な障害である自閉スペクトラム症に焦点を当て,強迫との異同や生物学的基盤について論じた。
Key words:obsession, compulsion, stereotypy, repetition

●日常生活の中で衝動的に生じる反復行動─強迫症状とチックとの鑑別─
金生由紀子
 衝動的に生じる反復行動の中で,強迫行為は強迫観念によって生じる不安を和らげるという意図で行われる一方で,チックは意図的に行われるものではないとされる。しかし,チック,特に複雑チックは,“まさにぴったり”という感覚を求めるとか,やってはいけないと思うと余計にやってしまうという傾向を認めることがあり,強迫症状との鑑別は必ずしも容易ではない。強迫症状とチックの鑑別にあたっては,行動の性状,不安の認識,行動の変動性が参考になる。
Key words:obsessive-compulsive symptoms, compulsion, tics, just right, impulsive and compulsive behaviors

●児童期・思春期のやせ─神経性やせ症と回避・制限性食物摂取症─
中里 道子  公家 里依
 摂食障害(eating disorders:ED)は,児童期・思春期の女子に有病率が高い,体型や体重,食事のコントロールに自己価値の主な領域が占められることを特徴とする精神障害である。子どものED の中には,やせ願望や肥満恐怖が明らかでないケースも多く,DSM-5の診断基準では回避・制限性食物摂取症(avoidant/restrictive food intake disorder:ARFID)が加えられ,より早期に診断,支援を開始することが可能となった。本稿では,児童期・思春期の神経性やせ症;拒食症(anorexia nervosa:AN)とARFID の診断と鑑別,および支援に関して,子どものAN に対する認知機能改善療法を用いた支援の取り組みにも触れ,最近の知見も踏まえて紹介したい。
Key words:child and adolescent, anorexia nervosa, avoidant/restrictive food intake disorder, DSM-5, cognitive remediation therapy

●子どもにおける過度になれなれしい対人関係と対人回避─積極・奇異型の自閉スペクトラム症,ADHD,脱抑制型対人交流障害/孤立型または受動型の自閉スペクトラム症と反応性アタッチメント障害─
遠藤 太郎
 愛着障害(反応性アタッチメント障害,脱抑制型対人交流障害)は,自閉スペクトラム症や注意欠如・多動症などの神経発達症の臨床像と酷似しており,鑑別は難しい。愛着障害は,適切な養育,早期介入を行うことで,劇的に症状が改善し,症状の日内変動を認めることや,不注意の背景に解離が存在することなども鑑別の鍵となる。適切な診断は,すなわち適切な治療に繋がるため,十分なアセスメントを行う必要がある。
Key words:autism spectrum disorder, attention- deficit/hyperactivity disorder, disinhibited social engagement disorder, reactive attachment disorder

●易怒性を伴う児童や青年の診断と治療
鈴木 太
 易怒性を伴う児童や青年は,臨床家による介入を受けることが多い。本稿では,双極性障害,抑うつ障害,強迫性障害,摂食障害,素行障害,注意欠如・多動症,自閉スペクトラム症などの諸概念について論じた。児童や青年では,精神療法が主たる介入となるが,双極I 型障害,抑うつ障害,強迫性障害,注意欠如・多動症,自閉スペクトラム症などがあれば,薬物療法も選択肢となりうる。
Key words:irritabilty, bipolar disorder, disruptive mood dysregulation disorder, autism, interpersonal psychotherapy

■研究報告
●感情調節困難患者がマインドフルネス作業療法(MBOT)を実施した際の内的体験の解明
織田 靖史  京極 真  西岡 由江  宮崎 洋一
 本研究の目的は,感情調節困難患者8 名を対象に,マインドフルネス作業療法(MBOT)によって得られる内的体験を明らかにすることである。方法は,質的研究法(構造構成的質的研究法と事例─コード・マトリックス)を用いた。構造構成的質的研究法では,マインドフルネスに至る過程をモデル化した。その結果,対象者は【導入されたMBOTへの反応】,【治療的な反応】,【在り方の探索】の順に3 つのフェーズを経験していた。各フェーズでは,ポジティブとネガティブな要素の対立による危機を抱えながらも,基盤となる要素などにより克服し,最終的には《生き方の更新》に至っていた。また,事例─コード・マトリックスでは,ポジティブな要素とネガティブな要素の割合が,予後に影響を与えている可能性が示された。また,作業療法のマインドフルネス的要素がMBOT の効果に影響を与えている可能性も示唆された。
Key words:qualitative research, mindfulness based occupational therapy (MBOT), patients with emotion regulation difficulties


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