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■特集 自殺予防と精神科臨床―臨床に活かす自殺対策―Ⅰ
●自殺のリスク評価における睡眠問題の意義―心理学的剖検から見えてきた自殺予防のヒント―
小高 真美
 睡眠問題は自殺の危険因子の一つとして注目が集まっている。しかしこの領域におけるわが国の研究は限られている。本稿では,まず睡眠問題と自殺との関係性に関する国内外の先行研究を簡単に整理する。次に,自殺予防総合対策センターを中心として実施してきた,心理学的剖検の手法を用いた研究の一成果の報告として,自殺リスクの評価における睡眠問題の意義についてまとめる。
Key words:suicide, risk factor, sleep disturbance, psychological autopsy, suicide prevention

●自殺のリスク評価において何に注意すべきか―警察庁データを用いたネットワーク分析から見えてきたこと―
白鳥 裕貴  太刀川 弘和
 自殺の動機については,未遂者では家庭問題が多いにもかかわらず,既遂者では健康問題,経済問題が多く,この結果として自殺対策では健康問題と経済問題が注目されてきた。ネットワーク分析の結果,自殺既遂者においても家庭問題が重要な動機となっている可能性が示唆された。従来と同様に,経済問題について弁護士など他領域の専門家との連携を深めることが重要であると同時に,親子や夫婦間の不和など家庭問題へ着目することが,自殺予防の観点からも重要と考えられた。
Key words:completed suicide, motive, police statistics, network analysis, family problems

●自殺のリスク評価において何に注意すべきか―消防庁および地方自治体の自損行為データから見えてきたこと―
山内 貴史  奥村 泰之  白川 教人  松本 俊彦  竹島 正
 自損(自傷)行為・自殺未遂歴は自殺の強い危険因子である。本稿では,総務省消防庁および地方自治体が保有する自損行為による救急搬送データの分析結果をもとに,自殺未遂を含めた自損行為の実態ならびにその背景要因について概観した。女性の自損行為企図者の再企図の予防,ならびに致死性の高い手段を用いた男性未遂者の見守り・支援などを含め,(1)家族などのキーパーソンに対する精神疾患についての心理教育,(2)未遂者各々に対する,救急医療機関退院後の適切な支援・社会資源へのつなぎおよびモニタリング,ならびにそれを可能にする人材の育成・確保,(3)身体と精神の疾患を同時に扱うことのできる医療機関の充実,が今後のわが国の自殺予防対策における課題であると考えられた。
Key words:suicide, suicide attempts, self-harm, pre-hospital medical records, risk assessment

●向精神薬の過量服用は安全なのか―監察医務院から見えてきた自殺の実態―
福永 龍繁  谷藤 隆信  鈴木 秀人  引地和歌子
 医薬品の過量服用による自殺事例に関して,その概形ならびに服用した薬物成分の特徴を知ることを目的として,死体検案書類と剖検記録を後方視的に調査した。結果として女性,20〜30代の若年層に多いという特徴を認めた。また,剖検例より検出した薬物成分はphenobarbital,chlorpromazine,paroxetineが検出件数上位の3成分であった。致死事例より検出された薬物分析結果は精神科診療の現状を示すものであり,今後さらなる研究の必要性があると考えられた。
Key words:overdose, suicide, fatal case, forensic medicine, medical examiner

●自殺念慮のアセスメント―CASEアプローチ―
松本 俊彦
 自殺に関する実証的研究により,すでに多数の自殺の危険因子が同定されており,そのような危険因子に基づいた自殺のリスクアセスメント・ツールも存在する。しかし実際の臨床では,こうしたリスクアセスメント・ツールは聞き漏らしがないためのチェックリストとして有用であるものの,近い将来における自殺行動の予測には必ずしも有用とはいえない。むしろ切迫した自殺の危険を予測する際に最も必要なのは,患者がいま現在自殺念慮や自殺の計画を持っているのかどうかを同定することである。しかし,自殺念慮の評価は容易ではなく,患者がより強固に自殺を決意していればいるほど,その評価には様々な工夫や技法が必要となる。本稿では,自殺念慮の評価に際しての着眼点・注意点を整理するとともに,Sheaの「CASE approach」に基づく自殺念慮の評価技法を紹介する。
Key words:CASE approach, risk assessment, suicide ideation, suicide risk

●対人関係理論に基づく自殺のリスク評価
松長 麻美  北村 俊則
 これまで自殺関連行動のリスクファクターについては多くの知見が得られてきたが,自殺につながる機序については説明が不足していた。Joinerらによる自殺の対人関係理論は,これに応える包括的な自殺理論として期待できるものであり,また単に現象を説明するだけでなく,理論に基づいたアセスメントと介入を一元的に示しており,実践での有用性も有している。本稿では,本理論の概略と,本理論に基づいたアセスメントの実際について紹介する。
Key words:suicide, interpersonal theory, risk assessment

●自殺未遂者の初期介入で必要なスキル
山田 素朋子
 “生かす”を“生きる”につなげる足がかりを作ることが救命救急センターでの自殺未遂者支援の第一歩であり,その足がかりを作るまでの過程すべてが初期介入となる。初期介入には救命直後の敏感な精神状態だからこそ,院内環境や支援者の一挙手一投足すべてがいい意味でも悪い意味でも介入に影響を及ぼす。そのことを踏まえて初期介入に必要なスキルを心構えとしてのスキル,アセスメントのスキル,介入のスキルとしてまとめた。
Key words:suicide attempter, initial intervention skills, emergency department

●複合的自殺対策プログラムの自殺企図予防効果に関する地域介入研究NOCOMIT-J
大野 裕
 2005度年度から5年をかけて実施された厚生労働科学研究費補助金による大型研究事業「自殺対策のための戦略研究」のひとつである「複合的自殺対策プログラムの自殺企図予防効果に関する地域介入研究NOCOMIT-J」について紹介した。この研究は,それまで各地で行われてきた自殺対策に関わる介入の効果を科学的に検証することを目的としたものである。研究の結果,本研究で用いた複合的自殺対策プログラムは実施可能性が高く,自殺死亡率が長年にわたって高率な地域の男性群と65歳以上の高齢者群では強い予防効果が得られることが明らかになった。そ一方,人口規模の大きな都市部の自殺企図の発生率は,対照地域と比較して同等であった。こうした所見をもとに,今後の自殺対策の方向性について議論した。
Key words:NOCOMIT-J, suicide, prevention, community intervention

●自殺未遂者の再企図予防で重要なもの―ACTION-Jの成果からみえてきたもの―
平安 良雄  河西 千秋
 厚生労働省による「自殺対策のための戦略研究」における研究課題の1つとして「自殺企図の再発防止に対する複合的ケース・マネージメントの効果:多施設共同による無作為化比較試験(通称ACTION-J)」に参加する機会を得た。ACTION-Jには全国17の救命救急センターで,914名の患者がエントリーされ,300名を超える研究者が参加し,わが国の精神科における多施設共同研究としては最大規模の臨床研究となった。その結果,自殺企図後に継続したケース・マネージメントを行ったグループでは,入院中のみ通常の介入を行ったグループと比較して,介入開始から半年後の時点で約50%の自殺再企図防止効果が確認された。ACTION-Jの成果を普及させるためには,救急医学と精神医学のさらなる連携が不可欠である。また,プログラムの実施を担うケース・マネージャーの確保や育成が必要であり,診療報酬化や事業化など行政の理解や支援が重要になると考える。
Key words:suicide prevention, suicide attempter, case management

●若年者に対する自殺予防のヒント―英国と豪州における実践から―
勝又陽太郎
 本稿では,自殺のリスクの高い若年者を専門的援助につなげるための取り組みとして英国で実施されたリーチング・アウトと,豪州のヴィクトリア州で取り組まれている境界性パーソナリティ障害を抱える人に対する地域支援の実践例を紹介し,わが国における若年者の自殺予防対策のあり方や自殺予防と関連した臨床活動のあり方について考察を行った。
Key words:help seeking behavior, reaching out, BPD, spectrum

●性的マイノリティの自殺予防
日高 庸晴  古谷野淳子
 ゲイ・バイセクシュアル男性を対象にした疫学調査によれば,自殺念慮率は64%,自殺未遂率は15%と示されている。自殺未遂リスクの関連要因はいくつかあり,大卒以上の最終学歴は0.54倍,精神的ストレスは2.1倍,性的指向に関わる言葉によるいじめ被害は1.6倍,女性との性経験は1.7倍,6人以上に性的指向をカミングアウトしていれば3.2倍,インターネットを通じた男性との出会い経験は1.6倍未遂リスクを高めていることがわかっている。当該集団の特性を十分に理解した上で,新しい自殺予防のあり方を立案・実施することが急務である。
Key words:gay, bisexual, sexual minority, mental health, suicide

●自殺予防とメディア―ウェルテル効果とパパゲーノ効果―
太刀川弘和
 本稿では,メディア報道と自殺に関するエビデンスを俯瞰して,自殺行動にネガティブな影響を与える「ウェルテル効果」と,自殺抑止にポジティブな影響を与える「パパゲーノ効果」という2つの現象を説明した。また,これらの現象と関連する自殺予防活動として,メディア・ガイドラインとヘルスプロモーションを紹介した。さらに,2つの現象が生じる背景として,当事者のスティグマの視点から考察を加え,メディアを用いた自殺予防対策の課題を挙げた。
Key words:suicide prevention, media guideline, Werther effect, Papageno effect, stigma

●コミュニティにおける自殺予防因子を考える―自殺希少地域の研究から―
岡 檀
 本研究は,人の生活基盤であるコミュニティの特性に着目し,住民の精神衛生に与える影響について考察するものである。本研究では,自殺希少地域,すなわち自殺発生のきわめて少ない地域を対象に,自殺の危険を抑制する因子-自殺予防因子の探索を行い,自殺予防対策に新たな視点を得ようと試みた。I.自殺希少地域におけるフィールドスタディから得た知見,さらに,II.全国市区町村を対象としたパネルデータ解析の結果について述べる。
Key words:the area with low suicide incidence, prevention factors for suicide, communities, municipalities

●鉄道自殺の現状と予防策
松林 哲也  澤田 康幸  上田 路子
 本稿は近年の日本で重大な社会問題となっている鉄道自殺の現状とその予防策を論じる。はじめに鉄道自殺の件数の推移や発生時間の傾向などを明らかにし,さらに鉄道自殺が社会に与える影響を議論する。また,鉄道自殺の予防策として注目を集めている駅のホームにおける可動式ホーム柵の設置,そしてホームや踏切における青色灯の設置の予防効果に関するこれまでの研究成果をまとめる。
Key words:railway suicide, prevention strategies, blue lights, platform screen doors

●宗教は自殺予防に資するのか―日本人と自殺―
島薗 進  堀江 宗正
 自殺を厳しく禁止するイスラームやキリスト教の影響力が強い国では自殺率は低い。しかし,宗教の公的影響力が弱い社会では,私的信念としての宗教が自殺の誘因となる可能性がある。前半では,世界自殺レポートの自殺率データと世界価値観調査,国内の県民意識調査と都道府県別自殺率から,このことを示唆する(堀江)。後半では,国内の宗教者による取り組みを見て,「禁止」型ではない自殺予防のモデルの可能性を探る(島薗)。
Key words:suicide prevention, religion, care, Japanese society

●精神科臨床において知っておくべき自死遺族の心理とニーズ
白神 敬介  川島 大輔  川野 健治
 自死遺族は,近しい人を自殺で亡くすという経験によって,喪失から生じる強い感情ないし情緒的な苦しみを感じることがある。なかには,メンタルヘルス問題や自殺の危険性が生じる場合もある。また,遺族の悲嘆に有効なケアとなると考えられている自死遺族支援グループに対して,参加者である自死遺族と,グループの運営に携わる支援者とでは一部異なるイメージをもっており,両者の考えは必ずしも一致するわけではない。そうした自死遺族に適切な支援を提供するためには,支援者が先回りすることなく,遺族の状況やニーズを丁寧に把握することが重要である。
Key words:suicide survivors, support group, self-help group, principles of mutual aid

■研究報告
●人前での行為不安を訴える社交不安障害に対するベンゾジアゼピン系薬物およびβ遮断薬のas-needed useの治療経験
多田 幸司
 社交不安障害(social anxiety disorder : SAD)の中で,人前での発表を恐れるが他の対人場面では不安症状をほとんど訴えない症例が存在する。筆者は,主として人前での行為(人前での発表,人前で字を書く)を恐れる非全般性SAD(DSM-Ⅳ)患者33症例について臨床特徴,治療効果,経過を後方視的に調べた。治療にはベンゾジアゼピン系薬物(clonazepam, alprazolam, bromazepam)を用い,手あるいは声の振るえを伴う場合にはβ遮断薬(arotinolol)を併用した。薬物は不安状況の1時間前に投与し(as-needed use),その効果をLSAS-Jを用いて評価した。発表時の不安を訴えた31例中25名(81%)が人前で話す機会が増えたことが発症契機と考えられた。治療前後のLSAS-Jの合計点の平均値(標準偏差)は37.3(13.9)から22.9(12.8)と-14.4減少した。服薬により行為の際の不安感,緊張感,声の振るえ,手の振るえ,発汗などの症状が軽減し,予期不安も和らいだ。3年間追跡した症例においてベンゾジアゼピン系薬物の投与量は減少し,増えることはなかった。今回の研究から,人前での行為を恐れるが他の対人場面では強い不安感を訴えないSADでは,ベンゾジアゼピン系薬物(振るえを伴う例ではβ遮断薬の併用)を行為の1時間前に服用する方法の有効性が示唆された。
Key words:benzodiazepine, social anxiety disorder, performance anxiety, as-needed use

■臨床経験
●反復性短期うつ病性障害にlithiumとlamotrigine併用療法が奏効した2症例
大竹 民子  松田 明子  樋口 鎮実
 短周期にてうつ病相を頻回に繰り返す反復性短期うつ病性障害に,lithiumとlamotrigine併用療法が奏効した2症例を報告する。異なる作用機序を持つ気分安定薬の併用により病相予防効果が増強している可能性があり,長期間気分安定薬を服用することでその効果が現れる可能性があることも示唆された。どの気分安定薬の組み合わせがより効果的なのか,またどの程度の期間服用を続けることで効果が現れるのかを明らかにしていくことが,今後重要な課題だと思われる。
Key words:combination use, lithium, lamotrigine, recurrent brief depressive disorder

●慢性疼痛に対して,duloxetineを使用した2症例
竹内 大輔  小野 壽之  長谷 浩吉  和田 有司
 抗うつ薬は,これまで鎮痛補助薬として,様々な疼痛性疾患に対して使用されてきた。今回,慢性の疼痛を訴える患者に対して,duloxetineを使用し奏効した2症例を経験したので報告した。Duloxetine導入前に大うつ病の診断基準を満たした患者はいなかったが,duloxetine導入後はHAM-D得点も低下した。疼痛が改善した背景には,duloxetineが直接的に疼痛に対して作用した可能性だけでなく,心理・社会的な因子の影響や,duloxetineの持つ抗うつ作用も否定できないように思われた。
Key words:duloxetine, pain, depression


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