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■特集 軽症例に対する精神科薬物療法のあり方
●軽症うつ病の薬物療法を考える
張 賢徳
 精神科薬物療法に対する批判が昨今のマスメディアの論調であり,軽症うつ病への抗うつ薬投与に対する否定的な意見が幅を利かせている。抗うつ薬投与を最優先に考えるうつ病治療は不適切なのだろうか?日本うつ病学会のガイドラインを含め,世界の主な治療ガイドラインによると,中等症以上のうつ病に対する第一選択治療は抗うつ薬で一致しているが,軽症うつ病については,「抗うつ薬のリスク・ベネフィット比が乏しい」(NICEガイドライン)とされ,第一選択治療のコンセンサスが十分に得られていない。しかし,抗うつ薬の効果が心理療法に劣るとも書かれていない。そもそも,治療方針を重症度別に考えるという視点に問題が内在している。軽症うつ病の中には,中等症以上のうつ病よりも,正常な抑うつ反応が入り込んでいる割合が高いと考えられ,これも抗うつ薬の治療効果を曖昧にさせる要因である。患者ごとに評価を行い,治療方針を考えるべきだ。日本の保険診療の現状を考えると,抗うつ薬を第一に考える治療は悪い選択ではない。
Key words:mild depression, treatment guidelines, antidepressants

●軽症うつ病に対する薬物療法の位置づけ―治療ガイドラインから見えるもの,見えないもの―
冨田 真幸
 うつ病に対する社会的関心の高まりとともに,医療機関を受診するケースの多様化が進んでいる。その中でも軽症うつ病は,背景にさまざまな因子をもつケースが多く,従来のような休養と薬物療法中心の治療では十分な効果が得られなくなっている。昨今の治療ガイドラインにおいても,薬物療法の役割は限定的であり,その他の治療法を検討することが重要であるとされている。一方,治療ガイドラインの対象とならないような,より軽度のうつ状態の治療法については未知の部分も多い。治療ガイドラインに示された基本的な方針をわきまえつつ,個々のケースに対してはその行間を読んで,柔軟な対応をする姿勢が臨床医に求められている。
Key words:depression, pharmacotherapy, antidepressant, treatment guidelines

●軽症うつ病に対する精神科薬物療法
原井 宏明  橋本 加代
 軽症うつ病に薬物療法を行うべきかどうかという問いは30年以上前から続いている議論である。答えがないまま患者やクリニック,精神科医,エビデンス,抗うつ薬の数が増えた。認知行動療法など精神療法も増えた。一方で,うつ病についての知識や治療手段が増えれば増えるほど議論の出口が遠くなっていくように見える。われわれ精神科医は問いの建て方を間違えてしまったようだ。この論文は最初にDSM以前,30年前の精神科医はどうしていたかについて触れる。次に表題の問いについて,DSM以降の精神科医が以前からの精神科医に尋ねる形で本論が始まる。答えを,1)個人的オピニオンに基づいて,2)エビデンスに基づいて,3)クリニック経営に基づいて,の3種類で用意した。
Key words:depression, pharmacotherapy, cognitive behavior therapy, evidence based medicine, placebo response

●軽症双極性障害に対する治療のあり方
河村 代志也
 双極Ⅱ型障害,気分循環性障害,および,双極性(bipolarity)を伴ううつ病という潜在性双極性障害を,ここでは軽症双極性障害とし,それぞれの症例を提示して薬物療法など治療のあり方について解説した。双極性障害は併発症(comorbidity)を伴いやすく,正しい診断を受けにくく,不適切な薬物療法を得やすく,このため気分の不安定化を招き,躁転や急速交代型化や自殺のリスクを高めて,多剤併用や過鎮静を起こす薬剤の投与につながりうる。これが薬原性に病態を修飾し,さらに双極性障害の診断を困難にした。この悪循環を回避するには,日頃からbipolarityの徴候に留意して双極性障害を正しく診断し,適切で必要十分な単独療法〜少種類併用療法を目指すことが肝要である。最後に,患者が軽症ゆえに推奨的な薬物療法を求めない場合や,抗うつ薬単独療法を要する場合の妥協的な薬物療法,患者の生活の質への配慮について言及した。
Key words:bipolar disorder, bipolarity, depression, mild severity, mood disorder

●全般性不安障害の軽症例に対する精神科薬物療法
土田 英人
 全般性不安障害(GAD)は,DSM-Ⅲにおいて初めて登場したが,DSM-5に至る現在もなおその概念・診断基準ともに不明瞭で曖昧な部分が残っている。GADの重症度は,DSM-5において各精神疾患個別に用意された重症度評価尺度を用いることで,より客観的に「GADの軽症例である」と診断することが可能になった。しかし,これらの患者すべてが精神科的専門治療を必要とするわけではなく,自然寛解する場合や,プライマリーケア受診により治癒している場合も多い。精神科を受診してきた患者に対してわれわれは,まずはストレス対処への助言,生活指導や環境調整といった非薬物療法から行い,薬物の処方は患者からの希望により対症的に開始することが多いと思われる。その際はcost-effectivenessを考慮してSSRIやSNRIではなく,ベンゾジアゼピン系抗不安薬を,副作用等説明した上で必要最小限使用することが実質的であると考える。
Key words:mild generalized anxiety disorder, psychopharmacotherapy, DSM-5, cost-effectiveness, benzodiazepine

●軽症のパニック障害に対する精神科薬物療法のあり方
二宮友梨子  三宅 誕実  宮本 聖也
 パニック障害(PD)は突発的かつ反復性のパニック発作(PA)の出現を特徴とする不安障害の一つであり,日常診療で遭遇する機会は多い。国内外の治療ガイドラインでは,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が薬物療法の第一選択薬として位置づけられている。しかし,PDの患者層は多彩であり,必ずしも継続的なSSRIの投与を必要とせず,ベンゾジアゼピンの頓用処方だけで長期的に通常の社会生活が維持できる軽症例も数多く存在する。本稿では,「PAの頻度が少なく,生活機能低下が軽度またはほとんどないPD」を軽症例と定義し,その治療のあり方について薬物療法を中心にまとめた。初診時の的確な診断と丁寧な問診や説明が重要であり,薬物療法を施行するにあたっては,その目的や効果,副作用などの説明に加えて,十分な患者教育と一般的な支持療法や簡単な認知行動療法的精神療法の併用が推奨される。
Key words:panic disorder, panic attack, selective serotonin reuptake inhibitor, benzodiazepine, mild case

●「あがり症」の薬物療法
永田 利彦
 選択的セロトニン再取り込み阻害薬による,社交不安障害(social anxiety disorder : SAD)治療への適応が認められてから7年以上経ち,精神科医だけではなく一般の人々の間にも,SADという名称が知られるようになった。その結果,本来は薬物療法のエビデンスの乏しい「あがり症」やパフォーマンス恐怖症への効果も期待されるようになった。これまでのエビデンスの大部分は全般性のSADに対するものであり,これまでの研究結果から類推すると「あがり症」への薬物療法はプラセボ効果の意味合いが強い。さらに,「治療者の期待が大きいほど予後は良くない」というSAD特有の治療上の問題があり,単純に軽症例であるから治療も簡単であるとは言い難い。プラセボ効果を期待するにしても,SADの病理を十分に理解しつつ,誠実に対応していくことが求められている。
Key words:social anxiety disorder, performance-only, public speaking fear, psychopharmacology

●軽症強迫性障害に対する精神科薬物療法
宍倉 久里江
 軽症強迫性障害の患者に対して薬物療法を施行する際には,曝露反応妨害法を中心とした認知行動療法のセッションプログラムを併用することが米国では推奨されている。しかしわが国における一般的な精神科外来において,米国で行われているようなプログラムを実施することは容易ではないのが現状である。筆者も軽症強迫性障害患者を一般外来で治療する際には薬物療法を主体とした治療を行うことが多い。しかし,1回1回の診察のたびに,認知行動療法のセッションプログラムを行う際と同様の心理教育を少しずつ行うように心がけている。心理教育を行うことにより,強迫症状の悪化を促進するような思考行動習慣が少しずつ弱まっていき,薬物療法の効果も現れやすくなることが期待される。軽症強迫性障害の患者を主に薬物療法を用いて治療する場合でも,認知行動療法のセッションプログラムを導入する際と同様に心理教育を行うことが有用であると思われる。
Key words:obsessive-compulsive disorder (OCD), selective serotonin reuptake inhibitors (SSRI), cognitive-behavioral therapy (CBT), exposure and response prevention therapy (ERP), psychoeducation

●不眠と睡眠障害
田ヶ谷浩邦  袴田 優子  村山 憲男
 精神科医は睡眠に関する訴えについて「軽症」あるいは「重要ではない症状」と認識しがちである。精神障害に付随する睡眠の問題は,幻覚,妄想,躁状態,うつ状態,知能低下,問題行動などと比較して治療の優先順位は低くなり,治療のメインターゲットとはならない。このため,催眠作用や鎮静作用がある向精神薬を追加することで対処されることが多い。睡眠障害に関する問診や検査を十分に行わずに,患者の訴えのままに薬剤を追加してしまう場合が多いが,これは無意味であるだけでなく,睡眠障害(特に閉塞性睡眠時無呼吸症候群)の悪化,せん妄やもうろう状態,転倒,骨折など様々な問題を引き起こす。精神科の敷居が低くなり,身体疾患や睡眠障害の鑑別が行われていない患者が精神科を受診するようになった。睡眠障害とその治療についての知識を持ち,問診・検査により患者の睡眠の問題を把握し,大まかな睡眠障害の鑑別ができることが精神科医に求められる。
Key words:obstructive sleep apnea syndrome (OSAS), restless legs syndrome (RLS), insomnia, hypnotics

●軽症統合失調症の薬物療法
武本 一美
 軽症統合失調症の薬物療法について,検討した。まず,軽症統合失調症を,症状の軽いもの,特に陰性症状の軽いものと規定した。軽症統合失調症の薬物療法は,エビデンスに基づき,各種ガイドラインを参考にして行うべきであるが,軽症ゆえに特別に注意を要する以下のような点も見出された。1)初回エピソードや急性期では,薬物療法の効果と副作用について,よく話し合うことが重要である。2)迅速に薬物療法を始めるべきであるが,アドヒアランスを高めることも重要で,後者のためには薬物療法を強要した形にならないようにする必要がある。3)薬剤選択には,効果とともに副作用のプロフィールが重要である。副作用を最小化し,副作用が起きた場合にも適切に対応することが,アドヒアランスを高めることになる。4)用量は最少用量で効果的な場合が多く,性急な増量は必ずしも必要ではない。5)回復期,安定期には,薬剤の減量や中止が問題になるが,そのための確かな基準は,まだ見出されていない。
Key words:pharmacotherapy, schizophrenia, mild symptoms, clinical guidelines, adherence

●精神病発症危険状態への薬物療法について
根本 隆洋  水野 雅文
 精神病発症危険状態(ARMS)は予防医学的観点において画期的で重要な概念であると思われる。しかしその特性ゆえに介入のあり方については様々な議論があり,抗精神病薬の投与の是非は特に難題であるといえる。発症予防効果という点からは,服薬中における発症の遅延効果にとどまるようで,結局いつまで予防的投与を続ければよいのかというジレンマにはまりこんでしまう。現時点では,発症予防を目的とした積極的な抗精神病薬の投与に対するコンセンサスは得られていないと考えられる。一方で,ARMSの微弱な精神病症状への対症療法としての効果は期待できるものの,その適応は例外的な場合に限り,まずは認知行動療法などの非薬物療法により軽減を試みることが原則となるであろう。科学的不確実性やリスクに常に留意しながら疾患早期段階の診療に臨むことが必要である。
Key words:at-risk mental state, early intervention, pharmacotherapy, prodrome, schizophrenia

●発作頻度がごく少ないか,社会的影響の小さなてんかん発作
兼本 浩祐  田所ゆかり  大島 智弘
 初回発作を中心に治療をいつどのように始めるべきかを概説した。さらに症例を通して,てんかん異常波のみを示す場合,若年ミオクロニーてんかんにおけるミオクロニー発作のみの場合,焦点性てんかんにおいて前兆のみを示す場合を検討し,睡眠時のみに発作が起こる場合も併せ,投薬をいつから始めればよいのか,あるいは医療化に踏み込むべき時点はいつなのかを検討した。
Key words:epileptic seizure, aura, Rolandic seizure, juvenile myoclonic epilepsy

●軽症のアルコール依存に対する薬物療法
吉村 淳  樋口 進
 アルコールの問題が進行する前に,精神科を直接に受診することは少ない。しかしうつ症状や不安,不眠への誤った自己対処として,アルコールを利用していることがあり注意を要する。軽症例への対応として,まずはアルコールの及ぼす悪影響について説明し,禁酒や節酒を指導する。薬物療法として一時的に抗酒薬を処方することはあるが,使用には慎重さが求められる。今後は安全性の高いacamprosateが広範に用いられる可能性がある。ただし,acamprosateは本来的には断酒のための治療薬であり,断酒を目的としない軽症例に対する使用には検討が必要である。
Key words:alcohol dependence, mild case, pharmacotherapy, disulfiram, acamprosate

●精神疾患に併存することの多い過敏性腸症候群とは
松島 英介
 過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome : IBS)の有病率は比較的高く,患者の生活の質(quality of life : QOL)を低下させ,社会生活への影響も大きい。しかし,患者自身に病気であるという自覚がなく,医療機関を受診しないことが多い。この受診を促進する要因としては,腹痛の程度の強さ,抑うつや不安の併存などが挙げられている。したがって,医療機関を受診するIBS患者は,不安や抑うつを感じている割合が高い。IBSはまた,様々な要因が関与して発症ないし増悪するが,なかでも心理社会的な要因の役割が大きい。そればかりか,IBSには不安や抑うつのスペクトラムの精神疾患が併存することも多い。そのため,IBSの診断・治療には患者一担当医の良好な信頼関係のもとに精神科的アプローチが必要となることが多く,精神療法とともに選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor : SSRI)を中心とした抗うつ薬が有効なことが多い。IBSが難治性の場合は,とくにこうした観点が大切になる。
Key words:irritable bowel syndrome (IBS), quality of life (QOL), psychiatric disorders, selective serotonin reuptake inhibitor (SSRI)

●更年期障害に対する精神科薬物療法
山田 和男
 更年期障害は,閉経期前後に出現する一群の精神症状や身体化症状をさす。更年期うつ病との鑑別が必須である。更年期障害に対しては,ベンゾジアゼピン系薬剤,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI),ホルモン補充療法(HRT),漢方薬などによる治療を行う。更年期障害の諸症状を漢方医学的に考えるさいには,“瘀血”,“気うつ”,“気逆”という漢方医学的概念を用いるとよいことが多い。加味逍遙散,女神散,桂枝茯苓丸,当帰芍薬散,桃核承気湯,黄連解毒湯,三黄瀉心湯,柴胡加竜骨牡蛎湯,半夏厚朴湯,香蘇散などが頻用される。HRTの効果は比較的高いものの,向精神薬や漢方薬による治療の効果は,一部に著効例は認めるもののそれほど高くはない。更年期障害の治療終結時期を決定するさいには,各々の薬剤の長期投与による問題点を参考にすべきである。ベンゾジアゼピン系薬剤やHRTの長期投与は,安全性の面で若干の問題を含む。
Key words:benzodiazepine, hormone replacement therapy (HRT), kampo, menopause, selective serotonin reuptake inhibitor (SSRI)

●緊張型頭痛に対する心身医学療法
臼井 幸治  端詰 勝敬  藤田 欣也
 頭痛はきわめて頻度の高い身体疾患であり,その中でも緊張型頭痛が最も一般的な頭痛である。緊張型頭痛は慢性頭痛の中で最も頻度が高く,日本人の約23.3%が1年以内に罹患,またそのうちの約3人に1人が生活に支障を感じていると言われている。1988年発表の頭痛の国際分類において,頭痛は心理社会的要因との関連が指摘されており緊張型頭痛を引き起こす因子として心理社会的ストレス,不安,うつなどが明記されている。緊張型頭痛患者はまじめで几帳面で緊張しやすい人に多く,精神的緊張やストレスが頭痛として現れやすい性格と言われている。またVDT(visual display terminals)作業など職業により頭頸部の筋肉が緊張するなどの生活様式や,不安や抑うつなど気分の状態に影響されるため心理社会的要因の関与を考慮に入れたうえで薬物療法をしていきたい。また近年,薬剤乱用頭痛も問題になっており,十分注意しながら使用していく。
Key words:tension type headache, medication, medication overuse headache, psychosomatic medicine

■研究報告
●プライマリケアにおけるうつ病診療の実態―「Collaborative Care(協同的ケア)」を実施するための予備調査―
安田 貴昭  五十嵐友里  堀川 直史
 精神科とプライマリケアが連携して治療にあたる方法として「Collaborative Care(協同的ケア)」がある。協同的ケアは,プライマリケア医が診療の主体になり,精神科医はその支援を行うというもので,近年の画期的なシステムである。わが国では協同的ケアの実施報告はなく,実施のための予備的資料を得る目的で本調査を行った。その結果,地域のプライマリケア医の約1/4にうつ病診療への動機づけがあり,協同的ケア実施の基盤となる医療環境があることがわかった。また,プライマリケア医には,うつ病の診断や抗うつ薬の使用についての心配や迷いがあることが示されたが,これらが協同的ケアによって軽減されることも期待される。
Key words:primary care, Collaborative Care, depression, diagnosis, treatment


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