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■特集―摂食障害治療に取り組むⅡ
●治療総論―摂食障害の治療について考える―
西園マーハ文
 精神医学領域においても,治療効果のエビデンスが重視されるようになっている。しかし,神経性無食欲症の治療においては,ランダム化比較試験など高いエビデンスによる効果が示された治療はほとんどない。英国のNICEガイドラインにおいても,アメリカ精神医学会によるガイドラインにおいても,「専門家の推奨」レベルの治療を中心に治療方法が提示されている。神経性大食症については,薬物療法や認知行動療法には高いエビデンスが示されているが,海外のガイドラインは,長期の薬物療法には懐疑的である。日本には,認知行動療法などの専門的な心理的治療法の治療者が少ないという問題があるが,それ以外にも,診療時間の短さなど,基本的な治療設定の中で改善が望まれる点も多い。摂食障害は受診率も治療満足度も低い疾患である。栄養補給時の心理的ケア,社会復帰の促進など多面的な援助を充実させることが必要だと思われる。
Key words:anorexia nervosa, bulimia nervosa, randomized controlled trial, treatment guidelines, treatment ethics

●摂食障害における重篤な身体合併症―病態と対応―
齋藤慎之介  佐藤 守  加藤 敏
 摂食障害は死亡率が高く,特に神経性無食欲症は,精神疾患の中で最も高い死亡率を呈する。摂食障害の突然死の原因として,QT間隔の異常,たこつぼ型心筋症,Refeeding症候群,急性胃拡張,低血糖が重要である。神経性無食欲症における細菌感染症は,発熱反応が低下し,感染症状の出現も乏しいため,診断が難しく重篤化しやすい。早期に全血算測定と細菌培養を行うことが推奨される。患者の治療への抵抗が強い場合や,精神・行動上の問題に対する一貫した対応が必要な場合は,たとえ重篤な身体合併症を伴い精神科病棟で扱うにはリスクが高い状況であっても,精神科病棟で扱わざるを得ない。精神科病棟での摂食障害の身体合併症管理は,リスクを伴う一方,精神科医が主治医として一貫して主体的に身体合併症治療に関与することで,1)複数科医師が関与することで細切れになりがちな治療をまとめること,2)医原性身体合併症を予防すること,3)身体的処置に精神療法的意味を込めることが可能となると考えられる。
Key words:eating disorders, physical complications, sudden death, medical psychiatry

●摂食障害の予防・初期対応
岡本 百合
 摂食障害は,思春期の重要な時期に罹患し慢性に経過し,個人の身体的・精神的損失に加え,社会的・経済的にも大きな損失となる。そのため,早期介入や予防的介入が必要となる。初期対応においては,学校保健における養護教諭の役割が重要である。保護者や担任,医療機関との連携のマネジメントも求められる。予防については,1)早期発見:摂食障害罹患者を早期に発見し,早期治療を行う,2)発症予防:摂食障害発症のハイリスク者に対して心理教育的介入や摂食態度の異常と関連する心理的因子に対する介入を行う,という2点が考えられる。早期発見に関しては,スクリーニング法の問題がある。BMIとEAT両方を指標にしてもスクリーニングとしては十分ではない。また近年,神経性大食症(BN)や特定不能の摂食障害(EDNOS)の割合が増加しており,そういった点からもハイリスク者のスクリーニング法を再検討する必要がある。予防的介入については,ハイリスクグループへの介入と,広く学校ベースで,養護教諭が行えるような介入とを検討していく必要がある。
Key words:eating disorder, screening, prevention, primary intervention

●外来における神経性大食症への認知行動療法とその応用
中里 道子
 神経性大食症に対する認知行動療法(cognitive behavioral therapy : CBT)は,過食や排出行動などの食行動の問題が維持される過程について,症状維持に関与する非適応的な考え方,感情,行動,生理機能と環境因子の相互作用を分析し,より適応的な方向に変化を促す,期間限定で構造化された,共同作業による心理療法である。個人CBTの他,集団CBT,ガイドに基づくセルフヘルプCBTにおいても,無作為割り付け比較対照試験に基づく臨床研究により優れた効果が検証されてきた。食行動の問題を維持する要因に患者自身が気づき,行動や認知の変化を促すために,ABCアプローチ法に基づく食事記録表,問題解決法,認知再構成法等を用い,セッションによりもたらされた変化を維持するために再発防止を行う。本稿では,外来診療でも簡便に用いることの可能な,ガイドに基づくセルフヘルプCBTを中心に,神経性大食症に対する実践に基づくCBTについて紹介したい
Key words:eating disorders, bulimia nervosa, bulimic disorders, cognitive behavioral therapy, guided self―help CBT

●神経性無食欲症に対する行動制限を用いた入院治療
瀧井 正人
 中核的な神経性無食欲症に対する,行動制限を用いた入院治療『行動制限を用いた認知行動療法』について述べた。「行動制限」は,治療開始時に,行動範囲,外部との通信,入浴・シャワー,娯楽などを大幅に制限し,体重が増加する毎に制限を徐々に解除していく枠組みである。目標体重に達した後は,食事の自由摂取,間食訓練,外食訓練,外泊訓練という課題を与え,それに取り組む中で,患者は退院後の現実生活への準備を行っていく。「行動制限」は食行動や体重を改善させるためのオペラント的な枠組みでもあるが,摂食障害患者の「全般的・徹底的回避」を遮断することにより,本来の心理的問題の表出が促されるということも,大きな利点の一つである。患者の認知のゆがみや対人関係の問題の修正のみならず,心理的な成長を促す上でも有用である。
Key words:anorexia nervosa, eating disorder, inpatient therapy, behavioral limitation, behavioral cognitive therapy

●摂食障害に対する薬物療法の考え方
友竹 正人
 摂食障害の治療では,身体管理と食事指導,心理社会的介入,薬物療法が併用されている。他の精神疾患と異なり,摂食障害は薬物療法の効果が大きく期待できないケースが多いため,治療が難しい疾患の一つとなっている。これまで,神経性大食症やむちゃ食い障害に対する抗うつ薬の有効性が報告されているが,短期間のエビデンスしかなく,長期的な効果については不明である。一方,神経性無食欲症についてはエビデンスに乏しい状態である。しかし,実際の臨床では,摂食障害の病型を問わず,主に合併精神症状に対して何らかの薬物が投与されていることが多く,その効果によっては心理社会的介入が行いやすくなるなど,治療経過に良い影響を及ぼすこともある。低体重の患者への薬物投与は副作用のリスクを考慮すると慎重に行われるべきであるが,自閉症スペクトラム障害をベースに持つケースなどでは,薬物が著効することもあるため,早い段階で投与を検討すべきと考えられる。
Key words:eating disorder, pharmacotherapy

●摂食障害に対し,さまざまな心理的治療をどう選択するか
野間 俊一
 摂食障害に対していくつもの心理療法が提唱されているが,患者によって,また病気の段階によって,治療法を適切に選択する必要がある。まず,摂食障害の中核病理を「自己愛性」と「嗜癖性」ととらえ,心理療法はこれら二側面への有効性によって選択される。また,摂食障害全体を「中核群」「反応群」「パーソナリティ障害群」に分け,さらに「初期型」と「長期型」に分類することにより,病態を整理する。認知行動療法(CBT)と対人関係療法(IPT)は,神経性過食症とむちゃ食い障害への有効性が実証されており,家族療法(FBT),洞察的心理療法,表現療法・作業療法も実際の臨床場面で試みられている。治療では,初期の中核群であればまずCBTを試み,長期型ではIPTを,若年の神経性食欲不振症ではFBTを施行する。一般診療では,各心理療法のエッセンスをうまく組み合わせ,患者が無理なく長く治療を継続できることが重要になる。
Key words:eating disorders, psychotherapy, cognitive hehavioral therapy, interpersonal psychotherapy, family―based therapy

●摂食障害の社会参加
武田 綾  鈴木 健二
 長期化し慢性化した摂食障害者には,社会生活の適応に困難が伴う場合が多い。その理由としては身体的精神的併存症を抱えていることや,若年発症による社会経験の乏しさに加えて,疾患そのものが持つ現実逃避の問題が挙げられる。したがって彼女らの社会適応の訓練として,地域でのリハビリテーションシステムの疾患教育を中心としたプログラムを通じ,現実逃避の根底にある万能感と病的な自己愛を理解させることも重要である。同じ疾患を抱える者同士の対人関係の中でそれらを学びながら,一方では日常生活をこなし様々な社会的活動を行うことは疾患を抱えながらも自己効力感を獲得するために効果があると考えられる。
Key words:eating disorders, rehabilitation, support system, chronicity

●入院施設のない精神科の外来における摂食障害の治療
水島 広子
 入院施設のない精神科外来で摂食障害を治療する際には,課題となることと,利点として活かせることがある。生活ストレスと大きな関連のある摂食障害の治療は本来外来で行うことが妥当であり,それを明確にすること自体が治療促進的である。身体的危機下では他院における入院治療が必要となるが,その状況を,一時的な危機管理と位置づけそこでのネガティブな体験も含めてトータルにケアする態度をとるのか,「投げ出し」と受け止められかねない態度で扱うのかによっても治療の質が決まる。また,外来治療の継続のためには,動機づけの維持,脱落の防止が必要であり,そのために意識を集中することが結果として良好な治療関係の構築にもつながる。動機づけの維持,脱落防止,周囲の巻き込みなどを考えた上でも外来治療に適しているエビデンス・ベイストな治療法としての対人関係療法(IPT)について,その概要も述べた。
Key words:eating disorder, interpersonal psychotherapy (IPT), outpatient, psychiatric clinic

●精神科病院における摂食障害の治療
林 公輔  西園マーハ文
 摂食障害の治療に関して,精神科病院ができることは何か。日本の状況を考えた場合に,神経性大食症の短期入院治療を行うことが,精神科病院の特徴を活かした効果的な方法であり,その後の外来治療にも役立つと筆者らは考えている。単科精神科病院である群馬病院では,guided self―helpの考え方に基づいた,過食症短期入院プログラムを実践している。患者自身が症状をコントロールしようとする試みを,治療スタッフが援助するのである。また,このプログラムは,多職種による援助という,これまでに精神科病院が行ってきたことを活かしたものでもある。入院前後で,過食症状の軽減だけでなく,心理面での改善も観察されている。摂食障害の治療の場が少ない現在,一般的な精神科病院で,広く実践可能なプログラムの開発は重要だと考えられる。
Key words:bulimia nervosa, psychiatric hospital, inpatient, guided self―help, multidisciplinary support

●内科・小児科に入院中の摂食障害患者へのリエゾン精神科医の支援
髙宮 ●男(●は青遍に爭)  上月 遙  石川 慎一  大谷 恭平  磯部 昌憲
 摂食障害患者が内科病棟,小児病棟に入院した場合,リエゾン精神科医の関与が必要なことがある。チームで治療にあたるのが理想であるが,システムは各病院で異なっており,現実には,可能な範囲での支援にならざるを得ない。ここでは,リエゾン精神科医の摂食障害治療における役割を短期と長期に分けた。長期に関しては,間接的関与,直接的関与,チーム医療の一員としての関与と階層化して述べ,我々の実践しているリエゾンチーム医療の概要を示した。精神科リエゾンチームの活動が診療報酬上認められ,摂食障害治療においてもリエゾンチームの関与が期待される。
Key words:eating disorder, inpatient, liaison psychiatrist, multidisciplinary psychosocial support, collaboration

●児童思春期の摂食障害に対する心理教育クリニカルパス
星野 美幸  佐藤美紀子  阿部 隆明
 神経性無食欲症の日本での増加,低年齢化が指摘されている。その治療は,身体管理に加え,精神療法,行動療法,薬物療法など,様々な手法を織り交ぜながら進められるが,心理教育的なアプローチも不可欠な要素である。当科ではこれをクリニカルパス(clinical pathway,以下CP)の形で実践する取り組みを続けている。その具体的なプログラムは,当科外来に通院中,あるいは入院中の患者2~4名に対し,連続した5日間で,身体検査,心理検査,患者と家族それぞれへの心理教育セッション,患者と家族への栄養指導などを行うものである。ここでは実際の症例を挙げて,CPが特に発症初期の患者でより効果があること,また一般にも治療の効率化,標準化,疾患の外在化,家族からの治療支援,治療関係の構築など,様々な点で有用であることを示した。心理教育CPは,摂食障害における画期的かつ発展的な治療法として,更なる開発,検討を進めていく必要があると思われる。
Key words:eating disorders, anorexia nervosa, psychoeducation, clinical pathway, adolescence

■研究報告
●地域在住高齢者における財布動作と認知機能の関連―いい老後(1,165)テスト―
仙波 梨沙  上城 憲司  田平 隆行  西田 征治  納戸美佐子  中村 貴志
 本研究の目的は,手段的日常生活活動(IADL)の中でも特に買い物動作に着目し,独自に作成した財布動作検査と認知機能の関連性を明らかにするものである。対象は,介護予防事業に参加した地域在住高齢者122名とした。財布動作検査は,あらかじめ記憶した1,165円と123円を連続で財布の中から取り出し,その時間を測定するものである。正しい金額を取り出せた成功群と取り出せなかった不成功群を比較した結果,Mini―Mental State Examination(MMSE)と財布動作時間に有意差が認められ,不成功群は認知機能の低下と動作時間の遅延が認められた。また,MMSE下位項目の比較では,不成功群の計算課題が有意な低下を示した。本研究の財布動作検査は,IADLの要素を持った認知機能検査としてMMSEよりも短時間で聴取でき,生活場面でも検査することが可能である点において有用性が高いと考えた。
Key words:preventive care, instrumental activities of daily living, mild cognitive impairment

●一中学校で集団発生し,遷延化した過換気症候群
城野 匡  小川 雄右  勝屋 朗子  本田 和揮  一美奈緒子  弟子丸元紀  池田 学
 集団での過換気症候群が学校などの凝集した集団でみられることが,しばしば報告されている。今回,我々は,中学校の部活動中の過換気を契機に,集団での過換気がおこり,また,生徒の一部のグループが,その後過換気だけでなく無反応・頭痛・嘔気などの転換・解離症状を呈し,集団での過換気症候群の遷延化を示した事例を経験した。遷延化については,発端は運動部の練習中の過換気であったが,その後は個別の驚愕反応と関係反応が影響していた。集団での過換気に対しては,集団への対応だけでなく,集団と個別の関係,また,個人の背景などの十分な検討の必要性が示唆された。
Key words:mass hysteria, hyperventilation syndrome, convulsion disorder, dissociation disorder, prolongmemt

■総説
●社交不安障害における近年の知見―本邦の報告を中心に―
森山 泰  秋山 知子  今坂 康志  村松 太郎  加藤元一郎  三村 將
 社交不安障害に関する様々なトピックと過去の知見のうち重要なものに注目した。具体的には病名,否認,併存症,治療,対人恐怖との関連,重症対人恐怖など従来の境界例についてである。社交不安障害は疾患としてよりも状態像として捉える方が適切な場合もある。一方で社交不安障害と診断し対人関係への暴露といった行動療法的アプローチを行ったり,統合失調症様の訴えをする患者に従来の境界例的概念を念頭において問診を行うことは,臨床上有効であると筆者らは考える。
Key words:social anxiety disorder, taijin―kyofusho, asthenic delusion, co―morbidity


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