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■特集 摂食障害治療に取り組むⅠ
●摂食障害の変遷
切池 信夫
 摂食障害は,1689年にMortonが記載した消耗病から始まり,その約200年後にGullが命名したanorexia nervosaが世界的に汎用されている。診断基準について,1980年に米国の精神医学会がDSM―Ⅲの診断基準を提唱し,その中でanorexia nervosaとbulimiaの診断基準も新たに設けた。そして1992年にはWHOがICD―10の診断基準に摂食障害を含めた。その後DSM―Ⅲは改変を重ね,現在DSM―5に向けて改訂作業が進んでいる。そこで本稿では,本特集の序論的位置づけでもあり,まず摂食障害の歴史的変遷,診断基準の変遷,世界における摂食障害の有病率,社会文化との関係などについて概説した。
Key words:historical transition, eating disorders, diagnostic criteria, epidemiology, sociocultural factors

●摂食障害の対象関係論的理解
高野 晶
 摂食障害の治療には操作的診断のみでは不十分で,病的な行動の背景となる病理の理解を含んだ類型の観点が必要である。精神分析の視点はその方向付けを提供しており,どの治療的アプローチをとる場合でも参照の意義があると考えられ,対象関係論的見地を紹介した。摂食障害をパーソナリティの病理ととらえると,自己愛パーソナリティの病理をもった群が中核的であり,治療抵抗性も高い。筆者はこの患者群の治療に関し,厳密な治療設定を念頭に置くことが必要であると述べた。なぜなら,彼らが不安を行動によって排泄するのを抑止するために,そしてパーソナリティの健康な部分を見失わずに,彼らが内的作業に持ち堪えることを支持するためにはそのような設定が欠かせないからである。
Key words:eating disorder, object relations theory, narcissistic organization

●摂食障害の小児症例の特徴と治療上の注意
地嵜 和子
 小児科では15歳以下で発症・受診した患児を診ており,その多くは,神経性食欲不振症である。日本小児心身医学会の調査では,2005年1年間に全国で約1,000人が一般病院小児科を受診しており,決して稀な疾患ではなくなってきている。そのうち約10%は二次性徴が始まっていない前思春期発症例であると推測されている。小児は環境の影響を受けやすく,発症のきっかけには学校や家庭でのストレスが多く,嘔吐や誤嚥がきっかけになることもある。特に前思春期発症や発達障害を合併している例ではやせ願望や肥満恐怖を訴えない場合があるため,診断を慎重におこなう必要がある。治療目標は,年齢相応の身長ののびや体重の維持,二次性徴の発来などの身体的発育と心理的発達を獲得することである。治療には,(1)身体的治療,(2)それぞれの年齢や理解度に応じた心理的治療,(3)家族支援,(4)学校との連携,を並行しておこなうことが有効である。
Key words:anorexia nervosa, childhood, developmental support, growth

●摂食障害の30代以降発症例の特徴と治療
田村 奈穂  石川 俊男
 近年摂食障害(ED)患者の高齢化が指摘され,実際の診療場面でも中高年ED患者が増加している。その内訳としては遷延化例も多いが,30代以降発症の症例も少なくない。中高年のEDの特徴としては,入院加療を必要としやすく,骨折しやすい傾向にある。就労できず子どももいない傾向にあり,親が高齢であるためソーシャルワークに工夫が必要である。特に遷延化例や高齢の症例では,治療の目標設定が困難であることがある。思春期発症例の発症契機は「ダイエット」「学校での出来事」であることが多いが,高齢発症例の発症契機はライフイベント,例えば「パートナーや家族関係の変化(喪失体験など)」「自身の病気・医療関係」が多い傾向にある。高齢発症例に特徴的な治療法があるというよりは,基本的な摂食障害治療が重要である。ただし,目標の立て方や社会的資源の活用の仕方などに工夫が必要であり,加齢に伴い身体的なケアをより多く要することにも注意が必要である。
Key words:middle―aged eating disorders, late―onset, cases of prolonged, trigger of the onset

●摂食障害の長期予後・死亡と自殺・摂食障害からの回復
和田 良久
 摂食障害は主に思春期に発症し,長い経過をたどる。経過の途中で診断が変化したり,他の精神科疾患の合併がみられたりすることも多く,長期経過は複雑である。長期予後の報告はこれまで数多くあるが,回復の基準や評価方法が統一されていないことから結論に幅がある。5年以上の経過で半数以上が回復あるいは改善するも,10~20%は慢性化する。死亡率,自殺率は一般人口よりも高く,さらに神経性無食欲症が神経性大食症よりも高い傾向にある。摂食障害の回復は,身体的回復が先行し,精神症状は遅れて回復する。回復のプロセスとしては病気が自己のアイデンティティとなる状態から,疾患を認識し変化を受容していく「和解の過程」が指摘されている。治療者は患者が治療意欲を持ち続け,病気を回避することなく回復に取り組んでいけるように根気強く関わっていく必要がある。
Key words:anorexia nervosa, bulimia nervosa, outcome, mortality, recovery

●併存症診断(comorbidity)を摂食障害治療に役立てる
永田 利彦
 操作的診断基準が登場して1人の患者に複数の診断を併存症(comorbidity)としてつけることが可能になった。症候学的類似性から気分スペクトラム障害,強迫スペクトラム障害,嗜癖モデル,心的外傷などのモデルが提唱されたが,多様な病態を1つの併存症のスペクトラムとして理解するのは困難であった。一方で摂食障害の病態の広がりに従って,その個々の症例の理解に併存症の把握は重要となっている。特に摂食障害に先行して発症する併存症は,優先して治療することが必要なものがある。その1つは,全般性の社交不安障害で,幼少時から恐がりの気質を持ち,社交不安障害を発症した後に,摂食障害を発症することがほとんどで,優先して治療することで摂食障害も改善する。また,種々の衝動行為が相互交換的に出現する多衝動性も,摂食障害発症以前から自殺未遂,自傷を行っており,摂食障害ではなく衝動性を治療することが重要である。
Key words:comorbidity, generalized social anxiety disorder, multi―impulsivity, borderline personality disorder

●過食症と薬物・アルコール依存症
鈴木 健二
 過食症の中の過食・排出型において,頻回に過食と排出行為(おもに自己誘発嘔吐)を繰り返しているタイプは,コントロール喪失と過食への渇望感の強さなどにより,アディクションタイプと言える。過食症のアディクションタイプはアルコール依存症や薬物依存症などの他のアディクションが併存しやすい。その根拠は脳内報酬系の関与と考えられている。過食症とアルコール・薬物依存症の併存例は,まずは精神的,身体的なダメージが大きいアルコールと薬物依存の治療が先行されるべきである。しかし,アルコール・薬物依存症の治療と摂食障害の治療を並行して行う必要があり,アルコール・薬物依存症の専門病院では治療困難が付きまとう。転帰調査においても,併存例は入院治療終了後(退院時)から5年後の追跡で25%が死亡しており,転帰不良であった。
Key words:bulimia nervosa purging type, addiction, comorbid, alcoholism, drug dependence

●摂食障害と発達障害
黒崎 充勇
 摂食障害の病因は,社会的,心理的,生物学的要因の複雑な相互作用によるとされている。1990年代までの摂食障害の精神病理に関する臨床研究では,摂食障害と境界性や強迫性などのパーソナリティ障害との関連について注目されてきた。近年になり広汎性発達障害を持つ青年期,成人期の病態が注目されており,特に青年期以降に併存障害が顕在化する高機能広汎性発達障害についての報告が増えている。それに伴い広汎性発達障害を背景に持ち,摂食障害を併存障害として発症する症例報告も散見される。臨床場面で出会う摂食障害患者の中に,その背景に軽度高機能広汎性発達障害を有する一群がある。われわれはまずその視点を持ちその表現型の背景にある病理を把握することが求められる。治療的アプローチとしては,広汎性発達障害の併存障害としての摂食障害への介入のみならず,併存障害発現状況を検討し,患者の保護的環境の喪失やこだわりの世界の傷つきを修復することを目指すことが大切と思われる。
Key words:pervasive developmental disorders (PDD), comorbid psychiatric disorders associated with PDD, layered―clothes syndrome, outbreak situation

●摂食障害と衝動制御の障害―万引きの問題を中心に―
高木洲一郎
 摂食障害,ことに過食症では過剰服薬,アルコール依存,買物依存,性的逸脱,リストカット,自殺企図などさまざまな問題行動を伴うことも少なくない。したがって治療に際してはこれらの問題行動についての理解は欠かせない。また万引きの問題は重要で,治療上避けて通れない。患者数の増加とともに裁判例も目立つようになり,治療者は司法に説明する努力が求められる。万引きの対象は食品が圧倒的に多く,摂食障害との関連が明らかな例がほとんどで,摂食障害による独特の心性と結びついており特殊である。一部には食品だけでなく高価な品物を盗むものもいる。万引きを繰り返す例も少なくなく,治療者をもっとも悩ませる問題である。問題行動に目が向きがちであるが,その背景にある本人の心理状態を家族や周囲が正しく理解し,適切な対応の方法を学ぶなど,二次予防,三次予防に努めることが問題行動の軽減に有効であることを強調したい。
Key words:eating disorders, shoplifting, forensic psychiatry, family therapy, prevention

●摂食障害の生物学的理解
小牧 元
 摂食障害は神経性食欲不振症(AN)と神経性過食症(BN)に大きく分類されるが,これはあくまでもその時点での診断基準である。両者の移行,ならびにオーバーラップが少なからず存在している。適切な治療を行うためには,それらに共通した発症機序,あるいはその慢性化の機序を十分理解しておく必要がある。摂食障害は,単に生物的に規定されたものではないが,生育環境あるいは現在の社会環境を含む心理社会的要因のみに規定されたものでもない。それらの要因が複雑に相互に影響し合って,病態を形成している。したがって,摂食障害は“生物―心理―社会モデル”として理解することが不可欠である。本稿では,現在までの遺伝子研究,脳機能画像研究,あるいは動物実験などの結果から,同モデルを生物学的に概観し,本障害発症ならびに慢性化の機序にどのように関与しているかを考察する。本稿が,摂食障害の正しい病態理解とより良い治療に役立てば幸いである。
Key words:eating disorder, anorexia nervosa, gene, functional imaging, biomarker

●むちゃ食い障害
野崎 剛弘  澤本 良子  須藤 信行
 これまで,むちゃ食い障害は,特定不能の摂食障害の一部分と考えられていた。しかし,近年の精力的な研究の成果を踏まえて,近い将来発行されるDSM―5では,神経性食欲不振症,神経性過食症と並んで,第3の単独疾患として登場する。むちゃ食い障害は肥満患者に多くみられることから,摂食障害と肥満が重なり合う位置づけにある。本邦ではむちゃ食い障害についての研究はきわめて少ないため,本稿では,この20年間の海外の研究を中心に,むちゃ食い障害の疫学,症状,精神病理,肥満との関連,治療等についてレビューする。
Key words:binge eating disorder, obesity, cognitive behavioral therapy, DSM―5

●糖尿病と摂食障害
雨宮 直子  瀧井 正人
 糖尿病(とくに,1型糖尿病)に摂食障害を併発した例では,過食やinsulin omissionなどのために著しい血糖コントロールの悪化を招く。血糖コントロールの悪化は,合併症の発症・進展につながるため,早急かつ適切な対応が必要である。しかし,糖尿病に併発した摂食障害について,いまだに確立した治療法はない。本稿では,これまでの海外での報告について紹介する。また,九州大学病院心療内科は,糖尿病に併発した摂食障害を本格的に治療している世界的にも数少ない施設であると思われるが,当科で行っている治療法についても本稿で紹介する。
Key words:eating disorder, type 1 diabetes, psychotherapy

●摂食障害における対人関係
山下 達久
 摂食障害において,対人関係の問題がその発症や症状形成,病気の維持や回復などに大きな影響を与える。神経性食欲不振症患者の病前は,あまり自己主張をすることがなく手のかからない子として,母親から認識されている。摂食障害の発症に,対人関係における葛藤,失敗,失望,傷つきなどが影響を与える。発症後,患者が体重や食事に関する自己コントロールに没頭するにつれ,対人関係は狭小化してくる。摂食障害が長期化し低体重が持続すると,患者は退行し母親との融合的な関係に陥り,母親からの分離個体化がさらに困難となる。既婚例では,食行動異常や低体重が続く場合,夫婦の関係は母子関係の置き換えもしくは延長でしかない。治療では,まず治療者が本人の困難に関心を向け,抱えている問題をきちんと取り扱うことで,対象として認識されるようになることを目指し,徐々に防衛されていた対人関係での葛藤が治療関係の中で再演されるのを取り扱っていく。
Key words:eating disorder, interpersonal relationship, object relation, mother―child conflict

●摂食障害患者の妊娠・出産,育児
須田 史朗
 わが国では1970年代以降,摂食障害の患者数が増加し続けている。妊孕世代女性の栄養状態は悪化しており,妊産婦のエネルギー摂取量も低下している。その結果として低出生体重児の出生率,産科的合併症の出現率が増加し続けている。摂食障害患者の妊娠においては特に低出生体重,産科的合併症が生じるリスクが高い。これらは生涯にわたって持続する健康状態への有害事象を生じさせる可能性があり,留意が必要である。摂食障害の患者から生まれた児は摂食困難に陥りやすい。また,摂食障害では産後うつ病が生じるリスクも高い。これらは児の心理発達,身体面の発達に悪影響を与える可能性が指摘されているが,適切な医学的介入により予後の改善が期待できる。わが国では,産科―精神科の連携分野における人的資源の投入が十分と言える状況にないため,今後の発展が期待される。
Key words:eating disorders, anorexia nervosa, bulimia nervosa, maternal malnutrition, maternal depression, child development

■研究報告
●統合失調症の自殺企図の臨床的特徴
加藤 晃司  木本啓太郎  木本 幸佑  高橋 有記  山田 桂吾  前原 瑞樹  赤間 史明  佐藤 麗子  松本 英夫
 目的:本研究の目的は,救命救急センターに入院した自殺企図患者の中で統合失調症と診断された者の臨床的特徴を調査することである。方法:2010年4月から2010年9月の期間に自殺企図で当院救命救急センターに入院となった184名の患者(連続サンプル)を対象として,統合失調症の自殺企図の臨床的な特徴について後方視的に調査を行った。診断はMini―International Neuropsychiatric Interviewを使用した。結果:本研究においては,184名の自殺企図患者の中で統合失調症は25名(13.6%)であった。男性(P=0.018),未婚(P=0.017),無職(P=0.021),精神科既往(P=0.010),家族の精神科既往(P<0.001)は有意に多かった。入院期間に関しては,ICU入院期間(u=1313.000,z=-2.768,P=0.006),全入院期間はともに有意に統合失調症群で長かった(u=1236.000,z=-3.080,P=0.002)。心理・社会的要因では不明が統合失調症群で有意に多かった(P<0.001)。結論:統合失調症の自殺企図は重篤な手段を用いるため自殺既遂のリスクが高い可能性があり,その後の治療を慎重に継続する必要がある。今後は統合失調症の自殺企図の臨床的特徴をさらに明確にし,その上で統合失調症の自殺再企図防止のための介入研究を行う必要がある。
Key words:schizophrenia, suicide attempts, characteristics, risk factor, emergency room

■臨床経験
●パーキンソン病患者のせん妄に対してaripiprazoleが奏効した1症例
木本啓太郎  加藤 晃司  木本 幸佑  佐藤 麗子  山田 桂吾  前原 瑞樹  赤間 史明  齋藤 舞  荒木勇一郎  高橋 有記  市村 篤  松本 英夫
 パーキンソン病(PD)の患者は高齢者に多く,levodopaで治療を受けているPD患者の5~25%にせん妄を認めたと報告されている。PD患者の精神症状の多くは薬剤性である場合が多いため,抗パーキンソン病薬を減量すれば精神症状は改善すると考えられるが,一方でPDの筋固縮は悪化する可能性があるというジレンマに陥ってしまう。そのため,PD患者のせん妄の管理や治療はその他の疾患よりも困難である。PDの治療中に出現する幻覚,妄想などの精神症状に対する抗精神病薬の有効性については報告されているが,本邦においてPD患者のせん妄に対する抗精神病薬の有効性については報告されていない。今回我々は,救命救急センター入院中のPD患者に出現したせん妄に対しari-piprazoleを投与したところパーキンソン症状の増悪なく,せん妄が改善し有効性が示唆された。
Key words:aripiprazole, delirium, atypical antipsychotics, parkinson disease, liaison psychiatry

■資料
●ひきこもりケースに対するグループ支援について―精神保健福祉センターにおけるグループ支援の成果より―
榊原 聡  近藤 直司
 「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」作成に向け,精神保健福祉センターのひきこもりケースを含むグループワークの実際と転帰を調査した。週2日以上のグループワークを実施中または過去に実施していたセンターのうち,調査に同意が得られた7ヵ所を調査対象とした。7ヵ所のうち,利用者の過半数が就労・就学に至るなど,良好な転帰を示した4ヵ所のグループには,(1)自施設の個別相談を経たメンバーで構成し,継続性を重視する,(2)社会参加を目的として1年以内の期限とメンバー入替のない閉じたグループを設定し,関係作りに配慮しつつ就労に関する学習プログラムを中心に構成する,(3)さまざまな精神医学的問題をもつ人たち対象の大規模デイケアにおいて心理療法的視点を重視しつつ多彩なプログラムを運営し,幅広いニーズや目的に対応する,といった特徴がみられた。
Key words:social withdrawal, group work, day treatment, practice, outcome


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