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■特集 精神疾患の典型例を学ぶ
●典型例とは
古茶 大樹
 精神障害の多くは疾患単位ではなく,類型概念である。疾患単位における「典型例」と類型概念におけるそれとでは意義が違う。われわれにとって「典型例」は,概念化した類型を臨床像のイメージとしてしっかりと定着させる役割を担っている。精神医学における疾患単位と類型概念の違い,両者の「典型例」の意味の違い,診断基準と操作的診断,理念型としての類型概念の意義と有用性などについて論じた。
Key words:disease entity, type, ideal type, typical case

●メランコリー親和型うつ病の典型例
津田 均
 「メランコリー親和型うつ病」を示すという課題は,Typus melancholicus(TM)を性格指標とする人のうつ病を示す課題かとも思われたが,むしろ,「メランコリー」の特徴を持つ平均的な単極性うつ病相を呈する症例を示す課題と考えた。まず,TMに対する評価の歴史を回顧し,同時に,几帳面,他者のための存在,罪責性などを標識として取り上げると,むしろ神経症性,ヒステリー性の抑うつの方を拾い上げることになる可能性があることを指摘した。次に症例を呈示し,その理解に,発病の際の「断絶(Hiatus)」,身体に現れる「生気的抑うつ」,主観的時間体験,目的志向性緊張の維持,性格の「真正さ」と潜在する「依存性」といった精神病理学的概念が有効であることを示した。最後に,最近言われる「新型(現代型)うつ病」対「従来型(伝統的)うつ病」という対比が,これまでの「内因性」対「非内因性」という概念にとって代わられるかという問題に触れた。
Key words:melancholia, Typus melancholicus, syntonic personality, endogenous features, new-type depression

●軽症うつ病の典型例
堀川 直史
 軽症うつ病は多義的である。そのなかで,笠原は「軽症の目安」を「第三者にわからない程度」の病状であると規定している。軽いとみえる病状は,症状そのものが弱いことによって,または患者が症状や苦痛を強く表現しないことによって生じる。後者の場合,安易に病状を軽いとみると,対応が不適切になり,患者の苦痛をさらに強めることになる。このような場合の病状の評価,患者と家族に対する対応の方法などを述べた。
Key words:mild depression, diagnosis, treatment, symptoms, distress

●退行期メランコリーの典型例
古野 毅彦  古茶 大樹
 退行期メランコリーはKraepelinが彼の教科書第5版で退行期精神病の中にメランコリーMelancholieとして提唱した概念が始まりである。Kraepelinは①退行期に発症する②制止を欠き不安・焦燥が前景③妄想を伴う④病相は反復するのではなく慢性的経過を取りやすい⑤治癒せず欠陥状態に移行する例が少なくない,などの特徴を挙げていた。われわれは退行期メランコリーを症候学的に再検討し,否定的自己価値感情の高まり,原不安の露呈,自閉思考,病識欠如,希死念慮などの症候を抽出した。患者にこの病態が特定されたなら自殺の危険性を常に念頭に置き治療に当たることが大切である。
Key words:involutional melancholia, Kraepelin, depression, suicide, ECT

●妄想性うつ病の典型例
山家 邦章
 妄想性うつ病は,うつ病に妄想や幻覚等の精神病症状を伴うもので,うつ病の重症型であると捉えられている。薬物療法としてはSSRIや非定型抗精神病薬が使用されることが多く,電気痙攣療法(ECT)も効果がみられる。今回,不安・焦燥感とともに罪責妄想を呈し,paroxetineとrisperidoneを併用させ,さらに修正型ETC(mECT)を施行して,症状改善に至った症例を経験した。臨床経過とその治療反応性において,妄想性うつ病の典型例と思われる。
Key words:delusional depression, three major delusion, selective serotonin reuptake inhibitors, atypical antipsychotic, electric convulsive treatment

●焦燥うつ病の典型例
西多 昌規  加藤 敏
 焦燥うつ病(agitated depression)とは,抑うつの気分失調に精神運動性の焦燥が混入した内因性うつ病である。Kraepelinは焦燥うつ病を躁とうつとの混合状態として捉えていたが,診断分類としては動揺している状態であり,操作診断が主流の現代において,焦燥うつ病の診断上の有用性,妥当性ははっきりしていない。本稿では,焦燥うつ病の病像を呈した典型的な1例を通して,「焦燥うつ病」の歴史を遡行し,古典的な焦燥うつ病の概念を再確認する。焦燥うつ病の歴史と診断の概念を,伝統的な精神病理学と現代の実証研究から解説し,DSMの最近の動きにも触れる。焦燥うつ病の病像を認識し,双極スペクトラム概念と比較することによって,診断が精緻になり,適切な治療に結びつく可能性が大きくなる。さらに古典例の現代への応用として,「職場結合性うつ病」なども紹介する。焦燥うつ病の概念は,気分障害の生物学的研究の方向性や仮説構築にも,大きな影響を与えていくと考えられる。
Key words:agitated depression, major depressive disorder, bipolar disorder, diagnosis, treatment

●躁うつ病の典型例
市橋 秀夫
 躁うつ病の典型例を提示し,考察を述べた。症例は若年で発症し,再発を繰り返して現在初老の域に達した男性である。躁的気分とうつ的気分は正常気分の範囲に留まる限り,種族維持的合目的性を持つシステムであり,行動の促進と抑制,未来への楽観と悲観,可能性と慎重さなどに関与する。気分調整制御の失調が躁うつ病の病理であると考察した。さらに身体距離図式の見地からも考察を加えた。
Key words:typical bipolar mood disorder, case report, psychopathology

●統合失調症(破瓜型)の典型例
小林 聡幸
 Heckerは破瓜病を思春期の精神発達に深く関わった疾病で,思春期に発症し,さまざまな状態型をとって,すみやかに終末期精神荒廃に至る疾患とし,その病像において「特有の馬鹿げた感じ」を強調した。これがKraepelinにおいて早発性痴呆の一亜型の破瓜型とされ,Bleulerの統合失調症群の破瓜型に継承された。彼らは破瓜型を統合失調症の中核に置くと考えていた節があるが,破瓜型は,妄想型・緊張型との間で緩やかに移行する類型でしかなく,Schneiderにおいては単純型と同一視されている。
Key words:schizophrenia, hebephrenia, puberty, schizophrenia simplex

●統合失調症(緊張型)の典型例
山内 繁  金沢 徹文  久保洋一郎  木下 真也  康 純  米田 博
 いわゆる緊張型統合失調症の典型的な2例を提示する。カタレプシー,昏迷,無動・多動,自動症,反響言語などを主症状とした緊張型統合失調症とはKahlbaumが緊張病として提示した症候群に端を発し,その後Kraepelin,E. Bleulerが統合失調症を一疾患形態として概念形成していく流れの中で,下位分類として位置させた歴史的経緯がある。現代では典型的な症例を目にする機会はそれほどなく,この一連の症状が1つの疾患なのか,疾患横断的に出現する症状なのかは議論のあるところである。今日われわれは一連の症状を目にした場合,電気けいれん療法などの特異的に反応性が高いとされる治療オプションを考慮すべきかもしれない。
Key words:catatony, catatonic schizophrenia, electroconvulsive therapy, Kahlbaum

●統合失調症(妄想型)の典型例
松本 卓也  加藤 敏
 妄想型統合失調症は,統合失調症のなかでも妄想や幻覚が顕著であり,解体型や緊張型の特徴が目立たないものとされているが,その精神病理学的な側面は忘れ去られがちである。本稿では,約20年間の長期にわたって観察している妄想型の1症例を提示し,妄想型の概念と病態をふりかえることを試みた。加藤が「非意味の力」と呼び,Lacanが「女性-への-推進」と呼んだ,患者に無媒介に到来する圧倒的な力の存在が妄想型に特徴的であることを指摘した。また,妄想型には,経過においても,症状そのものにおいても,疾患そのものに内在する強力な論理が認められる。この圧倒的な力と強靭な論理の両者が出会うダイナミックな運動こそが,妄想型を他の病態と区別する固有の特徴の1つであると思われる。この点で,統合失調症の病態がいかに変化しようとも,妄想型はその理解に対して大きなヒントをくれるものであると思われた。
Key words:schizophrenia, delusion, psychopathology

●統合失調症(単純型)の典型例
仙波 純一  神山 園子
 単純型とは,明らかな陽性症状や著しい陰性症状が出現したことがないが,徐々に社会機能が低下する統合失調症の亜型をいう。本論文では単純型の典型例を紹介し,統合失調型障害やパーソナリティ障害との鑑別点を指摘した。脳画像研究からは前頭葉の萎縮や血流量低下が示され,前頭葉機能の低下が示唆されている。単純型は現在歴史的な概念となっているが,わが国では単純型は統合失調症の原型として精神病理学的な興味をひかれた経緯がある。治療としては少量の抗精神病薬と強力な生活指導を含む精神科リハビリテーションや地域介入と考えられる。
Key words:simple schizophrenia, subtype

●パラノイアの典型例
市川 かおり  天野 直二
 パラノイアはギリシア時代から用いられてきた概念であるが,19世紀になってより限定的に使われるようになった。しかし今日ではその存在についての議論が少なくなってきているのも事実である。実際,それのみで診断される症例は稀である。本稿では,パラノイアの症例を通して操作的診断基準に分類されない病態について若干の考察をする。
Key words:paranoia, delusion, psychiatric expert testimony, crime

●非定型精神病の典型例
大塚 公一郎
 わが国の精神医学の伝統的概念である非定型精神病は,DSMなどの操作的診断体系には採用されていない。しかし,広義の意識障害を背景とした情動-精神運動障害を中核とした多形性の病像を呈する,周期性または相性の経過をとる急性の錯乱病像反復型など,その典型例を念頭に置きつつ診断に用いれば,現在でも,経過,予後の予測,薬物療法の維持の判断,再発予防,患者,家族への心理教育などに一定の有用性を持つ臨床単位であると考えられた。
Key words:atypical psychosis, symptom, polymorphic, acute psychotic disorder, confusion

●精神病後抑うつの典型例
小林 聡幸
 精神病後抑うつは,統合失調症急性期からの回復に引き続いて,抑うつ気分,あるいは重篤な社会的ひきこもりの病相を示すものである。英語圏では,精神病後抑うつを経ることでよい回復が得られるとする議論も過去にはあったが,最近では残遺期の大うつ病エピソードと捉えられ,治療困難,予後不良の症候群とみなす論調である。寛解後疲弊病相(永田),寛解時低迷状態(加藤)という理解では,無理をせずゆっくりとこの状態からの離脱を待つという態度が推奨される。
Key words:schizophrenia, postpsychotic depression, postpsychotic exhausted phase, hypophase

●セネストパチーの典型例
宮岡 等  宮地 英雄  宮岡 佳子
 Dupreらの報告をもとにセネストパチーの典型例について検討した。症状特徴として「正常な状態であれば意識されず,異常となって初めて意識される感覚」,「その感覚は苦痛で異様な感じ」があり,単なる症状の記述ではなく,新たな症候群あるいは疾患単位を抽出するために呈示されたと推測される。治療は薬物療法の限界を考慮しながら実施しなければならない。
Key words:cenesthopathy, hypochondriasis, schizophrenia, depression, pharmacotherapy

●パニック障害の典型例
前嶋 仁  新井 平伊
 パニック障害は1980年にDSM-Ⅲで採用された比較的新しい診断分類であり,その診断基準は比較的明確で,治療法も薬物治療や認知行動療法などに対するエビデンスが多い。その一方でパニック障害は,他の不安障害やうつ病の病像を伴い診断が困難となることもある。パニック障害の特徴は,理由なく発現するパニック発作と頻発するパニック発作に対する不安・恐怖であり,その典型的な病像を確実にイメージすることが重要になると思われる。
Key words:panic disorder, panic attack, agoraphobia, comorbidity

●強迫性障害の典型例
松永 寿人  三戸 宏典  山西 恭輔  林田 和久
 強迫性障害(obsessive-compulsive disorder : OCD)患者の典型的な臨床像を,症例や治療とともに示した。この中では,強迫観念と行為の併存に加え,病的不安,抵抗と制御困難,洞察,回避,続発するうつ病,あるいは抑うつ状態などを特徴として挙げた。これらの症状の多く,さらにOCDの標準的治療としてSSRIや認知行動療法(CBT)を用いることは,他の不安障害と共通である。しかしDSM-5の草稿では,OCDを不安障害から分離する方向性が示され,今後,強迫を巡る病像,そして治療法の多様化が予測される。
Key words:obsessive-compulsive disorder (OCD), anxiety disorders, DSM-5, ICD-11, obsessive-compulsive and related disorders

●解離の典型例と歴史的症例-外傷と暗示をめぐって-
鈴木 國文
 解離を呈した「典型例」1例を自験例より挙げた。自ら来院し,2年ほどの内に治癒した症例で,治癒に至る契機についても略述した。一方,Janetが19世紀末に観察,治療した症例から,催眠・暗示により他人格が出現し,自らの外傷体験について語るという特異な経過を示した症例を引用した。このJanetの症例と自験例を歴史の中に位置づけ,「解離」という現象と暗示との関係,また外傷的事柄の意味について,簡単な考察を加えた。
Key words:dissociation, suggestion, trauma, typical case

●転換性障害の典型例
兼本 浩祐  星野 有美
 失声症,感覚脱失,運動麻痺,失立失歩,心因性盲,心因性聾など中核的な転換性障害を,他の身体表現性障害および身体症状を主訴とする様々の病態から区分して論じた。さらに転換性障害と解離性障害の病態的な近縁性を指摘した上で,解離性障害が並存する転換性障害を転換性障害の中核群からは分けて考えることを提唱した。失声症と斜頸が主な症状であるケースを通して,転換性障害の中核群とは何かを考えた。
Key words:conversion disorder, aphonia, dissociative disorder, somatoform disorder, psychogenic non-epileptic seizure

●社交不安障害と対人恐怖症-対人恐怖症の「典型例」を通して-
村上 靖彦
 対人恐怖症は日本独自の精神疾患概念であり,文化拘束症候群とされるのが一般的であるが,これには疾患そのものの文化拘束性だけでなく,治療者の側の文化拘束性が関与している可能性がある。ここでは症例を通してそのことに触れたが,操作的診断学における社交恐怖(ICD-10)・社交不安障害(DSM-Ⅳ)と対人恐怖症の間には内容にズレがあるだけでなく,疾患を捉える(治療観も含めた)視点において大きな違いがある点を指摘すると同時に,操作的診断学の「臨床への適用」についての問題点に触れた。
Key words:Taijin Kyofusho, social phobia, social anxiety disorder, delusional disorder, body dysmorphic disorder

■研究報告
●児童思春期の治療抵抗性統合失調症患者に対するclozapine治療について-治療が奏効した思春期の1例から-
廣田 智也  矢田 勇慈  来住 由樹
 思春期発症の統合失調症は,薬物治療への反応が乏しいことが多く,また自我が脆弱であり,再燃を繰り返すなどしばしば治療に難渋し,治療抵抗性の基準を満たすものも多いと考える。2009年4月にclozapineが日本で承認され,国内での使用は600例を超えたが,思春期症例に対する使用は数例にとどまっている。思春期症例に対しては,ガイドライン上での明記がないことや,無顆粒球症などの重篤な副作用を懸念することから使用を躊躇する主治医が多いと考える。今回我々は,16歳の治療抵抗性統合失調症の思春期症例の初回入院治療中にclozapineを使用することで,カプグラ妄想や解体した思考などの著明な改善を得ることができ,約1年間の入院治療を経て外来治療に移行することができた。本症例をもとに,思春期症例に対するclozapineの有効性と安全性,また使用のタイミングについて考察した。
Key words:child and adolescent, treatment-resistant schizophrenia, clozapine


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