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■特集 成人の精神科臨床から見えてくる発達障害
●併存障害を防ぎ得た自閉症スペクトラム成人例の臨床的特徴
本田 秀夫
 近年,一般の精神科臨床で遭遇することの多い自閉症スペクトラム(AS)の症例の多くは,AS以外の精神病理が併存した状態にある。これらの複雑化した病態を理解するために,併存障害を防ぎ得たASの成人例の臨床的特徴を知っておくことは意義がある。本稿では,幼児期からフォローアップされて併存障害を防ぎ得たASの成人例を紹介し,AS固有の症状と非固有の症状を整理するとともに,ASの中に「非障害自閉症スペクトラム(ASWD)」と呼ぶべき群が存在することを示した。さらに,ASWDを理解することによって得られる示唆について考察した。
Key words:autism spectrum, follow―up, comorbidity, early detection, preventive psychiatry

●「主たる精神医学的問題がADHDの特徴だけをもつ成人」の生きづらさ
田中 康雄
 本論では,主たる生活の課題のために,治療を求めて受診された方のなかから,実はADHDの特徴が生きづらさを作り出していたと思われる成人との出会いをもとに「主たる精神医学的問題がADHDの特徴だけをもつ成人」について,当事者であるADHDのある人の人生を成人期から遡って検討した。事例から,主たる精神医学的問題がADHDの特徴だけをもつ成人の人生は,それこそ多岐にわたり,上手に社会適応している方もいれば,必死に日々を生き抜いている方も存在することを明らかにした。結果として,「日常の生活の困難さを一緒に悩み,すこしでもよい方向へと向ける努力に基づく行為」と「発達支援」を定義し,「生活の困難さ」をいかに共有するかが大きな課題であると主張し,発達障害をもって生きる姿には発達の障害はないと考え,経過としての発達という時間軸に生活の困難さが浮上するときに支援が作動すると理解したい。発達障害が生活障害へと姿を変え,臨床家は,単純に要請に誠実に答えるという姿勢こそが求められる。
Key words:developmental disorder, AD/HD, living disorder, disappointed in life

●統合失調症様症状を示す自閉症スペクトラムの成人例
安藤 久美子  野田 隆政
 本稿では,自閉症スペクトラム障害を基盤として,そこにさまざまな統合失調症様症状が重畳した成人の二事例を取り上げて紹介した。いずれの症例も,精神病症状が出現する背景には自閉症スペクトラム障害による特性が大きく関与しており,社会的状況における他者との関係構築の失敗や,偏った認知による強迫的な思考がその契機となっていることがわかった。また,いずれの臨床的症候も統合失調症のそれときわめて類似していたが,ストレス状況に依存して症状が出現していることから鑑別が可能であった。これまで自閉性障害と統合失調症は,病因論的には全く異なり,重複しないものとされてきた。しかし,近年は多角的な視点から多くの共通点も見出されており,再びその関係に大きな注目が集まっている。また,いずれの障害もスペクトラム概念が提唱されていることから考えると,今後はそれぞれの障害を区分するだけではなく,その接点についても見直していくことが治療的観点からみても有用であると思われた。
Key words:autism, schizophrenia, spectrum, psychotic symptom, comorbidity

●自閉症スペクトラムの成人例におけるマインド・リーディングの困難と「妄想」形成
齋藤 治  齋藤 順子  臺 弘
 精神科クリニックを訪れる自閉症スペクトラムの成人例の臨床から,その多くに,他者の評価がいつも気になり,それに過敏に反応し,被害的・猜疑的になりやすく,時には攻撃的になる傾向を認めた。彼らは,社会に暮らす‘生活者’として,対人関係の不自由に自己の‘「心の理論」の障害’を見出し,克服しようと努力しながらも,失敗を重ねて苦悩する。その訂正の難しさを,彼らは自ら“関係念慮”や“妄想”と呼ぶことがある。他方,「心の理論」に関わる脳機構として注目されるミラー・ニューロンシステムの発見は,自他認識に関する脳科学の発展を促すものであり,やがてはその障害の神経科学的解明に道を開くものと期待される。
Key words:autism spectrum, theory of mind, mirror neuron system, developmental disconnection, momentary consciousness

●うつ症状を示す自閉症スペクトラムの成人例
柏 淳
 精神科外来では,うつ症状を呈する患者を診察する機会はきわめて多い。その際,大うつ病エピソードの診断とともに重要なのが他の精神疾患の鑑別であるが,なかでも自閉症スペクトラムの成人例は治療者が慣れておらず診断に困難を伴うことが多い一方で,疾病からくる特徴的な認知構造のため社会での不適応度が強く,その鑑別診断は現代精神科医療における重要事項である。本稿では具体的な症例を挙げることにより,うつ症状を呈する自閉症スペクトラム成人例の実際の臨床場面での診断・治療のプロセスを概説した。とくに実際の生活場面・職業場面で見受けられる種々の困難さを,自閉症スペクトラム診断の参考にすると同時に治療(心理教育)の足がかりとすることの重要性について,統合失調症における生活臨床の考え方との比較分析にポイントを置いて論述した。
Key words:autistic spectrum disorder, pervasive developmental disorder, depression, seikatsurinsho, psychoeducational intervention

●双極性障害の特徴を示す自閉症スペクトラム障害の青年と成人例
棟居 俊夫
 自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorders : ASD)は有病率の高い疾患であり,症状が軽度であると気づかれにくい。ASD者がさまざまな精神症状を訴えて受診した場合,背景のASDが見逃されることがある。双極性障害(bipolar disorder : BD)と大うつ病性障害(major depressive disorder : MDD)は主要な気分障害だが,うつ病相はMDDと同等でなく,軽躁病相はとらえにくい病相なので,診断に際してMDDよりもBDを優先して評価する必要がある。情動的な興奮を示すASD者の一部はBDを併存していると考えられる。初診時にBDと診断された青年や成人の中に,背景にASDを有している例がある。BDの社会性の障害について多数の研究があるが,ASDの社会性の障害との異同について検討する必要があると考える。
Key words:autism spectrum disorder, bipolar disorder, comorbidity

●「不安」症状を示す自閉症スペクトラムの成人例
小田切 啓
 自閉症スペクトラムの成人例における「不安」の特徴について,本稿の前半では,筆者の臨床経験から得られた知見をもとに,「不安」症状にまつわる5つの文脈という視点で論述した。その文脈とは,(1)周囲の「不安」,(2)連続性の「不安」,(3)暗黙の要求に応えられない「不安」,(4)極端な行動や言動から見える「不安」,(5)先回りの「不安」,の連関する5項目である。また,本稿の後半では,5文脈を意識した臨床の実際として,いわゆる境界例である醜形恐怖の自験例を紹介し,発達的視座から不安の精神病理を考察した。これら5文脈を複眼的に意識しながら不安症状の臨床に携ることは,時に自閉症スペクトラムの存在に気付かせ,症例の理解を深めることに繋がると考えられた。
Key words:autistic spectrum, anxiety, adult, context, dysmorphophobia

●成人の自閉症スペクトラムにおける解離
柴山 雅俊
 解離性障害と診断される成人の中に自閉症スペクトラム障害(ASD)の特徴を併せ持つ一群,つまり解離型ASDがいることは知られている。ASDの患者は,融合と没入の世界から人間社会へと歩み出す中で感覚の洪水の中に立ち尽くす。その際,感覚,身体感覚,感情,思考など諸システムを切り離す。これは適応のための手段であるが,その一方で解離の病理を引き寄せる。つまり空間的変容や時間的変容などの解離症状が出現する。解離型ASDでは離隔が前景にあり,「拡散する私」や仮面のキャラクターが特徴的にみられる。さらに空想傾向を発展させたり,幻覚などの精神症状を呈したりする。解離性障害は虐待などの心的外傷によって「居場所のなさ」を訴えるが,ASDも同様に発達面での要因から「居場所のなさ」を訴える。「居場所のなさ」はASDが解離症状を出現させる基盤となっているとともに,それに注目することは治療的にも重要な視点である。
Key words:dissociative disorders, autism spectrum disorder, Adulthood, pervasive developmental disorders, depersonalization

●依存を形成している発達障害の成人例
朝倉 新
 依存症を併発している発達障害の成人例2例を呈示し,依存症をもつ患者に対し,発達障害の併存を確認し,診断治療に役立てていく意義を考察した。さらに,回復プログラムを設定する際の工夫を述べた。近年,成人を扱う一般精神科の臨床において,基盤にある発達障害特性を理解したうえで,治療をすすめるべきケースが増えてきている。この傾向は,依存症関連障害の臨床についても例外ではない。診断に関しては,可能な限り幼少時の情報を収集すると同時に各種心理検査を施行し,発達の特性の有無を判断する。もし特性が存在するのであれば,その内容や程度などを評価する。このような手続きを経て,患者の特性(ひととなり)を理解したうえで,そのひと独自の回復プログラムを組み立てていく。このような患者の特性に沿ったきめ細やかな対応が,発達障害特性の有無にかかわらず,依存症治療には必要である。
Key words:substance addiction, AD/HD, pervasive developmental disorder, pathological gambling, outpatient

●摂食障害の特徴を示す自閉症スペクトラム障害
原田 謙
 摂食障害(ED)の特徴を示す自閉症スペクトラム障害(ASD)について概説する。ASDの痩身や偏食は広く知られているが,近年注目を集めているのはEDの併存である。近年の報告では成人EDの約2割にASDが認められるとされる。こうした症例の特徴は,低い自己評価,母子関係の問題といったEDの病理がASD特性をめぐって生じており,食や体重へのこだわりが奇異などの非定型的病像を示すことである。当然ながら,対人的相互作用の質的障害などのASD特性が認められる。治療は,適切なASD診断がまず重要である。その上で,本人と親にASDの説明と指導を行う。親子関係には焦点を当て過ぎない方が良い。退院の目標や入院期間など見通しを明確にして理解を得る。認知行動療法の設定は明確に,運用は柔軟に行う。さらに,SST的アプローチによる対人関係の改善,環境調整などによる全般的な適応向上,抑うつ・不安の軽減を図ることが望ましい。
Key words:anorexia nervosa, autism spectrum disorders, eating disorder, pervasive developmental disorder

●ストレス関連障害の特徴を示す自閉症スペクトラムの成人例
遠藤 太郎  染矢 俊幸
 自閉症スペクトラム,特に精神遅滞を伴わない高機能群では,乳幼児期に適切な診断や支援を受けることなく成人し,社会に出てから様々なストレス因に反応し二次的に抑うつや不安を呈する事例が多々見られる。ストレス関連障害とは,外的なストレスに起因して日常生活や職業・学業的機能に著しい支障をきたす疾患群であり,適応障害や心的外傷後ストレス障害などのトラウマ関連障害を含む。自閉症スペクトラムは,生物学的にストレス脆弱性を有しており,生来の社会性の障害によりソーシャルスキルが著しく低く,また否定的な自動思考を認めやすいことから,ストレスに反応して適応障害をきたしやすい。心的外傷後ストレス障害などのトラウマ関連障害についての報告は少ないが,わが国ではタイムスリップ現象として自閉症スペクトラム症例の独特の記憶想起が報告されている。本稿ではストレス関連障害を呈した自閉症スペクトラム症例を提示し,ストレスやトラウマを契機に不適応に至る背景についての考察を行いたい。
Key words:stress―related disorders, autism spectrum disorders, adjustment disorder, trauma

●パーソナリティ障害の特徴を示す自閉症スペクトラムの成人例―自己愛性パーソナリティ障害,境界性パーソナリティ障害を中心に―
片山 知哉
 本稿は,パーソナリティ障害と自閉症スペクトラムとの関係を主題として探究するものである。一般的に言って障害概念は,一次障害,二次障害,反応そして併存障害という四つの要素を同定し,それらの関係を構造論的に捉えると整理しやすい。またこうした整理は,鑑別診断においては前提とされる。だが,残念なことに現代精神医学においては,パーソナリティ障害も自閉症スペクトラムも,このような障害構造論的把握が未熟な水準に留まっており,その結果として両者の関係や鑑別を議論することが難しい。このため本稿では,紙幅の都合上アスペルガー症候群および境界性/自己愛性パーソナリティ障害に限って,その障害概念を暫定的に規定した上で,両者の関係および鑑別において念頭に置くべき事柄を議論した。しかしながら,本稿の為し得たことは実に限定されたものであり,パーソナリティ障害についてさらなる研究が必要であることは明らかである。
Key words:autistic spectrum, Asperger syndrome, borderline personality disorder, narcissistic personality disorder, secondary impairments

●自閉症スペクトラム障害の特性が認められた82歳の女性症例
萩原 徹也  荻原 朋美  田中  章  杉山 暢宏  鷲塚 伸介  天野 直二
 自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorder : ASD)は高齢者においても一定の比率で存在すると考えられるが,幼少時の発達過程を踏まえた診断が困難なこともあり,臨床現場では未だほとんど注目されておらず,発達障害者の老年期に関する知見は乏しい。82歳時に初めてASDを疑われた女性症例を呈示し,高齢者の発達障害をめぐる諸問題について考察した。本症例においては汎不安状態が長期間遷延していたが,診断の確定は困難であり,家人より詳細かつ的確な情報が得られたことによりその特性の把握が可能になったという経緯があった。言動や訴えからは発達障害の特性に加えて老年期心性も窺われ,両者が混在するような形で表現されることもあった。ケースワークに難渋した事例であったが,発達障害を念頭に環境調整することで情動的な安定が得られた。ASDの高齢者に必要な介入は他の年齢層とは大きく異なっていると思われるが,特性を考慮することで適切な環境調整ができる可能性があることを指摘した。
Key words:autism spectrum disorder, developmental disorder, mentality of the elderly, diagnosis

■研究報告
●復職準備性評価シート(Psychiatric Rework Readiness Scale)の評価者間信頼性,内的整合性,予測妥当性の検討
酒井 佳永  秋山 剛  土屋 政雄  堀井 清香  富永 真己  田中 克俊  西山 寿子  住吉 健一  河村代志也  鈴木 淳平  西山 寿子  住吉 健一
 精神疾患による休職者は,休職期間の長期化や復職後の再休職など,職場再適応に困難が生じる例が多い。そこで我々は,休職者が復職できる状態にあること,また復職後に再発しない状態であることの評価を目的に,23項目からなる復職準備性評価シートを作成し,信頼性と妥当性の検討を行った。Cronbachのα係数は0.82であり,十分な内的整合性が示された。また独立した2人の評価者が各項目を評価したところ,重み付きκ係数は0.65から1.00であり,十分な評価者間信頼性が示された。さらに29人を対象とした前向き調査では,復職直前に評価した復職準備性評価シートの得点が復職後に再休職するまでの勤務継続期間を有意に予測していた(ハザード比=0.92, 95%CI : 0.85~0.99)。これらの結果から,復職準備性評価シートは十分な内的整合性,評価者間信頼性,および一定の予測妥当性を有する尺度であることが明らかにされた。
Key words:return to work, scale development, depression, inter―rater reliability, internal consistency, predictive validity

■臨床経験
●Clonazepamにより幻視が消失したレビー小体型認知症の1例―幻覚妄想におけるレム睡眠行動障害の関与についての考察―
北沢麻衣子  藤城 弘樹  井関 栄三  一宮 洋介  新井 平伊
 レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies : DLB)は,高齢期に発症する頻度の高い変性性認知症であり,幻視を高頻度に伴うことが特徴とされる。しかし,DLBの幻視発現に関しては,その生物学的機序は明らかとなっていない。今回我々は,幻視とレム睡眠行動障害を伴い,clonazepamの投与により幻視が改善したDLBの1例を経験した。Clonazepamの投与により,DLBの幻覚妄想が改善した症例は,我々の知る限り報告されておらず,幻覚妄想の発現におけるレム睡眠行動障害の関与について,文献的考察を加え報告した。
Key words:dementia with Lewy bodies, visual hallucination, REM sleep behavior disorder, clonazepam

●ひきこもりと精神症状のため統合失調症が疑われた急性散在性脳脊髄炎の1例
齋藤 陽道  小林 聡幸  岡崎 翼  加藤 敏
 急性散在性脳脊髄炎(ADEM)は頻度は低いながら初発時に精神症状を呈する可能性のある神経疾患のため,精神科医は鑑別診断として知っておく必要がある。本稿では,ひきこもりと精神症状のため統合失調症が疑われ,精神科病棟で治療されたADEMの1例を報告する。症例は約30年間,自宅でひきこもっていた50歳台前半の男性で,初診時には発熱と尿閉とともに,幻覚・妄想様の症状を認めたため内科で統合失調症が疑われた。精神科に転科となったが,神経学的異常,画像所見からADEMと診断された。ステロイドパルス療法により精神神経症状は消失した。本例の興味深い点は,まずADEMとして初発症状が稀な組み合わせだったことであり,また30年間ひきこもりの男性にADEMが生ずるという稀な経過をたどったことである。いずれもADEMの診断に到達する障碍となった。いったんADEMを疑えば,神経学的異常所見によって診断へと結びつくと考えられる。
Key words:acute disseminated encephalomyelitis, schizophrenia, social withdrawal, neurological examination

●積極的な育児支援により回復した遷延する産褥うつ病2例の経験
藤本 明  藤原 雅樹  三木 知子  高橋真由美
 2例の遷延した産褥うつ病を経験した。症状の遷延の根底に育児問題があるように思われたので,その解決のために一時的な育児免除を,地域の社会資源の活用や家族の協力体制の整備と組み合わせて行うという積極的な育児支援を導入した。この積極的な育児支援の導入でも即効的な効果はなかったが,薬物療法との組み合わせで2例とも寛解に至った。産褥うつ病における育児支援の重要性が再確認された経験となった。なお,この2例では解離症状やパニック症状という,うつ病の症状としては非定型な症状が加わっていたが,これはうつ病の症状として理解できると考えられた。
Key words:postpartum depression, a suspension in the caring baby, childcare support


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