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■特集 神経感染症のトピックス

●神経感染症 最近の話題 とくに神経ウイルス感染症について
高須俊明
 最近5年間のウイルス性脳炎に関するレビューから本特集に取り上げられていない話題を拾った。単純ヘルペス脳炎関連ではリアルタイムPCR,Mollaret髄膜炎,Bell麻痺,日本脳炎関連では発生地域の拡大,ポリオ様急性麻痺例の発見,弱毒生ワクチンの中国での開発,西ナイルウイルス関連ではルーマニア,米国ニューヨーク市での重症脳炎の勃発,エンテロウイルス関連ではエンテロウイルス71型による重症脳炎の台湾での流行,パラミクソウイルス関連では新種Nipahウイルスによる重症脳炎のマレーシアでの発生などがある。麻疹ウイルス関連では中枢神経細胞への感染におけるレセプター(C46,SLAM),宿主免疫能,および宿主神経系の成熟度の関与,感染後に起こる免疫反応の一般的抑制が挙げられる。他にウイルス向神経性と細胞選択的脆弱性の理解の現状を取り上げた。
key words: Real time PCR, West Nile virus encephalitis, Enterovirus 71 encephalitis, Nipah virus encephalitis, SLAM

●HIV脳症
岸田修二
 HIV脳症はHIV-1の中枢神経感染により引き起こされた行動,運動および認知機能障害を特徴とする疾患である。HIV脳症に対応する病理所見はHIV脳炎である。HIV脳症の発症メカニズムは脳内単核球系食細胞(マクロファージ/ミクログリア)での増殖性ウイルス感染とそれに伴う様々な細胞間での神経免疫応答が及ぼす結果としての神経障害と考えられる。現在有効であるとされるHAARTによる認知機能改善や脳症の発症抑制効果は一過性である可能性がある。HAARTの影響下でHIV患者の延命により今後HIV脳症の発症率および罹患率が増加し,これまでとは異なった緩徐進行性脳症へと変化する懸念がある。この臨床および病態解明と神経細胞障害メカニズムをふまえた方策が今後重要である。
key words: HIV-1, HIV-associated encephalitis, HIV-associated encephalopathy, antiretroviral therapy

●HTLV-I脊髄症(HAM)
納光弘
 HTLV-I associated myelopathy(HAM)はヒト・レトロウイルスHTLV-Iにより起こる脊髄疾患である。患者数は本邦の約1,500例を含め世界全体で3,000〜5,000人と推定されている。男女比は約1:2.3と女性に多い。主な症状は,歩行障害,排尿障害,感覚障害で,これらのいずれも初発症状となりうる。HAMでは活性化CD4陽性T細胞が増加しており,このこととも関連して炎症細胞の中枢神経への移行が促進していると考えられる。HAM患者の末梢血では,健常キャリアに比べ約10倍ほど高いプロウイルス量を示し,HAM発症にはプロウイルス量増加が大きく関与していると考えられている。治療に関しては,副腎皮質ホルモン療法,インターフェロンα療法などがあるが,根治療法はいまだできていない。AIDSで有効性が確認されているウイルスそのものに対する治療薬のAZTと3TCもウイルス量を下げながらの有効性が期待されている。
key words: HTLV-I, HAM, HTLV-I associated myelopathy

●亜急性硬化性全脳炎に対する新たな治療法の開発
細矢光亮
 亜急性硬化性全脳炎(SSPE)は,麻疹ウイルス変異株,いわゆるSSPEウイルスによる中枢神経系のスローウイルス感染症である。SSPEに対し,これまでinosiplexやinterferon(IFN)などが試みられているが,その効果は確実ではない。我々は,SSPEウイルスの増殖を抑制する抗ウイルス剤はSSPEに対する新たな治療薬に成りうると考え,組織培養および動物モデルにおいて薬剤の抗ウイルス効果を検討した。その結果,核酸系抗ウイルス剤であるribavirinに優れた効果があることを見出した。本剤は,既にRSウイルスによる下気道感染症,ラッサ熱,C型肝炎に対し使用されている薬剤である。そこで,inosiplexやIFNの投与では臨床症状の進行が抑えられなかった2例のSSPE患者においてribavirin療法を試み,本療法の有効性を確認した。
key words: subacute sclerosing panencephalitis (SSPE), ribavirin, intraventricular administration

●進行性多巣性白質脳症
近井佳奈子 永井英明 長嶋和郎
 PMLが文献上に紹介されてからほぼ四半世紀ほど過ぎ,原因ウイルスもJCVと判明したが免疫不全疾患の増加に伴い患者数も増え,根本的な治療法がなく,社会的問題となってきている。JCVは小児期から経口ルートで幅広くヒトに感染が生じると考えられている。JCVはヒト脳で髄鞘を保持しているオリゴデンドログリアに選択的に感染し,病気を惹起する。ウイルス受容体はシアル酸を持つ糖蛋白・糖脂質であり種々の細胞に発現している。細胞特異性を規定する因子は核内の転写因子複合体と考えられ,その構成要素の1つとしてCstFが同定された。In vitroではJCV agnoproteinを対象としたsiRNAがウイルス抑制に効果があることが判明した。HIV感染者のPMLではHAART療法により脳症の進行が阻止される場合もあるが,多くは後遺症が残り,脳障害の回復には髄鞘再生を対象とした再生医療が期待される。
key words: PML, JCV, oligodendroglia, transcriptional factors, agnoprotein, siRNA

●非ヘルペス性急性辺縁系脳炎
庄司紘史 平井良 三浦夕美子 綾部光芳
 非ヘルペス性急性辺縁系脳炎(ALE)は両側海馬・扁桃体などに MRI異常を示し,ウイルス学的にherpes simplex virus(HSV)-1,-2感染が否定される急性脳炎であるが,病態,髄液サイトカイン値の変動などについて言及した。約50例の報告が集積されているが,一方,肝移植,骨髄移植などに伴ったHHV-6の再活性化による急性辺縁系脳炎,難治性側頭葉てんかんを呈する非傍腫瘍性辺縁系脳炎(PLE)などの類縁疾患群が報告されてきた。両側海馬領域に限局したMRI像を呈し肺小細胞癌の合併が判明したヘルペス脳炎例を提示し,ALE,ヘルペス脳炎,PLEなどのスペクトルムに関し考察を加えた。
key words: acute limbic encephalitis, herpes simplex encephalitis, paraneoplastic limbic encephalitis

●Cryptococcus neoformans var. gattii髄膜脳炎
常深泰司 水澤英洋
 C.neoformansは酵母の一種で多数の菌種が存在するが,病原性を有するのはC. neoformans variety neoformansとC. neoformans var. gattiiの2種だけである。この2種とも中枢神経系を好んで感染する。我々が通常目にするのはC. neoformans variety neoformans感染症で,これは世界中でAIDSを始めとする免疫抑制状態の患者に発生するのに対し,C. neoformans var. gattii感染症は熱帯,亜熱帯地方に発生し,比較的健常人に多く,緩徐進行性の経過をとり難治性である特徴がある。近年,このC. neoformans var.gattiiによる髄膜脳炎が,本邦を始めこれまで発生しなかった地域での報告が相次ぎ,注目を集めている。
key words: Cryptococcus neoformans var. gattii, meningoencephalitis, koala, capsule

●インフルエンザ脳症
森島恒雄
 インフルエンザ脳症は,5歳以下の小児に多発する重篤な疾患で,致命率は30%に達する。発症のメカニズムは不明な点が多いが,サイトカインのバランスの崩れ,および血管内皮細胞の障害が認められ,全身の諸臓器で急速なアポトーシスが進行することが判明した。今後,国際疫学共同研究およびSNPsを含むゲノムプロジェクトの進行により病態の解明を急ぎ,予防法・治療法の確立を目指したい。
key words: influenza, encephalopathy, cytokine, apoptosis


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