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■特集 統合失調症 一 新たな治療法の開発 一

●統合失調症 病名変更と新しい医療の展開
佐藤光源
 日本精神神経学会は1937年から使用してきた精神分裂病という病名を2002年8月から統合失調症に変更した。変更した主な理由は,病名とともにschizophreniaの疾患概念,診断基準,治療法,予後を現在のものに刷新して,精神分裂病という病名に焼き付いたスティグマを解消するためである。四半世紀前を境に新旧を比較しながら変更理由を整理し,新病名である統合失調症の疾患概念と現在の包括的治療計画について,試案を紹介した。Schizophreniaの適切な理解とその疾患をもった人の社会参加を阻むスティグマ(second illness)解消を視野に入れた治療をこれから推進していく必要がある。
key words:schizophrenia, togo-shiccho-sho, seishin-bunretsu-byo, stigma, re-name

●統合失調症の合理的薬物選択アルゴリズムの開発
藤丸浩輔 今村明 林田雅希 中根允文
 1990年代より,薬剤選択についてのガイドラインやアルゴリズムが検討されるようになり,また根拠に基づく医療(evidence-based medicine:EBM)の概念も徐々に浸透してきた。日本では,1995年に日本版アルゴリズムの作成が企画されて,1998年4月に精神科薬物療法研究会から「精神分裂病と気分障害の治療手順一薬物療法のアルゴリズム一」が刊行された。本稿ではこの日本版アルゴリズムを中心として,海外で作成されたアルゴリズムも含めて紹介した。現在公開されているアルゴリズムは検討の余地があり,EBMの考え方に基づき,常に最新にして最良の根拠を反映させておく必要があるため,定期的な見直しが必須である。また,アルゴリズムを活用するにあたって,間違って使用してしまうこと(misuse)や,治療決定が誤った方向に導かれてしまうこと(mislead)に十分な注意を払うことが大切である。
key words: schizophrenia, psychopharmacological algorithm, evidence-based medicine (EBM), randomized controlled trial (RCT), meta-analysis

●新規抗精神病薬の開発の歴史と今後の動向
石郷岡純
 抗精神病薬の開発,とくにその非定型化の歴史を薬理学的なコンセプトに基づいて述べた。定型抗精神病薬と呼ばれる薬物群も,有効で副作用のない抗精神病薬をという,今日で言う非定型性の追求の中から生まれてきたものであり,高親和性・選択的ドーパミンD2受容体完全アンタゴニストがそのコンセプトであった。1990年代から加速した非定型化の動向は,選択性の放棄とさらなる追求という,手法上は対照的な2つの潮流を生み出し,抗精神病作用の起源を巡るホットな論争を巻き起こしている。前者はD2受容体完全アンタゴニスト作用に他の受容体への作用を付加する手法であり,後者にはD2受容体低親和性アンタゴニストとD2受容体部分アゴニストが含まれる。D2受容体に親和性をもたない薬物群は,開発への挑戦が続けられているが実現性は未知である。
key words: antipsychotics, atypicality, clinical development, D2 antagonism

●動物モデルを用いた抗精神病薬の開発
榎本健史 野田幸裕 鍋島俊隆
 統合失調症の主要な仮説にはドパミン過剰仮説,グルタミン酸低下仮説,神経発達障害仮説がある。それぞれの仮説に基づき,病態動物モデルが作製されている。すなわち,(1)ドパミン過剰仮説に基づいて覚醒剤を投与された動物モデル。(2)グルタミン酸低下仮説に基づいてphencyclidineを投与された動物モデル。(3)神経発達障害仮説に基づいて新生仔期に腹側海馬を破壊された動物モデルがある。これらの薬理的・外科的な作製方法に加え,最近では遺伝子改変技術を利用した動物モデルの作製が試みられている。これらの動物モデルを用いた研究が,統合失調症の病態解明,新規治療薬の開発につながると考えられる。
key words: schizophrenia, animal models, antipsychotics

●受容体遺伝子多型と抗精神病薬の薬効予測
山之内芳雄 岩田仲生 尾崎紀夫
 薬物反応の個人差を遺伝要因から検討する薬理遺伝学の中でも,薬力学的薬理遺伝学,すなわち受容体をはじめとする薬物の標的分子の遺伝子多型と薬物反応との関連が着目されている。本稿では,抗精神病薬の標的である脳内神経伝達物質の受容体やトランスポーターなどの遺伝子多型と,clozapineをはじめとする各種抗精神病薬の臨床効果との関連に関する研究を概観した。また遺伝子多型と薬物効果との生物学的機序を明らかにするため,これら遺伝子多型が遺伝子産物に及ぼす機能的変化を検討した研究についても紹介した。その上で,現在の抗精神病薬における薬力学的薬理遺伝学研究の特性や問題点について触れ,その解決となるべく今後の展望についても概説した。
key words: schizophrenia, antipsychotic, pharmacodynamics, neurotransmitter receptor, pharmacogenetics

●脳イメージングによる抗精神病薬の薬効予測
織田健司 大久保善朗 高野晶寛 須原哲也
 抗精神病薬は統合失調症の治療において重要であるにもかかわらず,薬理効果が最大で副作用の出現が最小にとどめられる用量について,統一した見解が出されていない。Positron Emission Tomography(PET)による脳イメージング研究に,65%のドーパミンD2受容体占有が治療効果発揮に必要で,72%を超えるとプロラクチンレベル上昇の可能性が,78%を超えると錐体外路症状出現の可能性が高くなるという報告がある。また,副作用の出現が少ないとされる非定型抗精神病薬でさえも,高用量では副作用が治療効果を上回るとも指摘されており,低用量の抗精神病薬の使用で治療効果が充分であることが提案された。副作用出現を抑えることにより,服薬コンプライアンスが遵守され,より良好な予後が期待できる。これらのことから,脳イメージングを指標とした抗精神病薬の最適な用量の選択は重要であると考える。
key words: schizophrenia, PET, D2 receptor, 5-HT2 receptor, antipsychotic

●抗精神病薬の副作用としての肥満対策
秀野武彦
 非定型抗精神病薬が統合失調症に対する薬物療法の中心となり,錐体外路症状や遅発性ジスキネジアなどに代わって,肥満や耐糖能異常が重大な副作用として注目されるようになった。特に,肥満は高率にみられる中核的な副作用であり,生活習慣病発生リスクや死亡率の増大,コンプライアンスの低下などに大きく影響するといわれている。このような肥満発生には,serotonin(5-HT2A/2C)やhistamine(H)などのモノアミンをはじめ,多くの生物学的マーカーや,それを規定する受容体遺伝子の発現などの関連が考えられている。しかし,これらの要因が抗精神病薬による肥満に及ぼす影響に関して確立された所見は得られていない。一方,抗精神病薬による肥満には,抗精神病薬投与開始時の体重や年齢をはじめ,いくつかの要因が関連していることが明らかとなり,薬物療法についても検討されるようになった。本論文では,抗精神病薬による肥満の状況,各薬剤が肥満に及ぼす影響の程度,生物マーカーを含めた肥満予見因子などについて概説し,肥満対策について簡単に述べた。今後は体重増加への配慮を加味した合理的な薬物療法を行なうことが重要である。
key words: atypical antipsychotics, weight gain, pharmacogenetics, management

●統合失調症の予防は可能か
小椋力 平松謙一 福治康秀
 予防の定義,概念,予防モデルについて述べ,統合失調症の発症予防(一次予防)に関連した高危険児研究の結果,発症危険因子と防御因子,発症予防に関する具体的な対策の可能性について述べた。著者らが当大学で実施している予防活動の試みを紹介した。  統合失調症の発症予防は可能と思う。発症危険因子を減弱させ,防御因子を強化することであろう。そのためにはまず,統合失調症に罹患した患者の妊娠出産・育児等を支援することで,生まれてくる高危険者の発症を予防することであり,これは受け入れられやすく,実施しやすい。発症予防の検証は疫学的調査を待たねばならない。  現在の予防活動の中心は,早期発見・早期治療(二次予防)であり,中でも顕在発症し精神病症状が出現してからいかに早く治療を開始するかである(DUPの短縮)。もっとも重要なことは「予防」に関心を持つことであろう。
key words: schizophrenia, prevention, early intervention

■原著論文

●三次元磁気共鳴画像データを用いた脳サイズの計測: 第2報 統合失調症患者と健常者との比較
萩野宏文 高橋努 鈴木道雄 森光一 山下委希子 黒川賢造 野原茂 四衢崇 中村主計 倉知正佳 瀬戸光
 高解像度三次元磁気共鳴画像(3D-MRI)データを用い,統合失調症患者62例(男性/女性=35/27例,平均年齢=26.1歳)を対象として生体脳のサイズを計測し,第1報で報告した健常者65例(男性/女性=36/29例,平均年齢=23.7歳)の結果と比較した。統合失調症患者の男女両群内の比較においては,男性では,右半球の長径および後頭頭頂葉長径が左側のそれらより有意に小さく,右半球の横径,海馬長径および側頭葉長径が左半球のそれぞれの値より有意に長かった。女性では,右半球の前頭前野長径,前頭葉長径および側頭葉長径が左半球のそれぞれの値より有意に長く,右後頭頭頂葉長径が左側より有意に小さかった。統合失調症患者群と健常者群との比較では,女性統合失調症の左前頭前野長径は健常者より有意に小さく,統合失調症患者の脳形態的非対称性の異常が多部位に認められた。また,健常者および統合失調症患者の群内における脳形態的非対称性の男女の違いも明らかとなった。
key words: MRI, brain size, sex difference, cerebral asymmetry, schizophrenia

■ニューロサイエンスの仮説

●消化管運動のペースメーカー細胞説
鳥橋茂子
 消化管の平滑筋は律動的な自動運動能を持ち,これと同調する膜電位の変動(緩徐波;slow wave)を示す。そのslow waveの発生源がペースメーカーである。形態学的にCajalが腸管の神経叢の近傍に記載した特異な細胞(カハールの介在細胞;interstitial cells of Cajal=ICC)がペースメーカー細胞であると示唆されてきた。そしてICCがc-Kitレセプターを発現していることが証明されて以来,この説を支持する結果が多く発表されている。マウスにおいてICCと外縦走筋は共にc-Kitを発現する前駆細胞から胎性後期に分化し,ICCの正常な分化がslow waveの出現に不可欠である。現在ICCにおけるリズム発生機構を中心に研究が進められている。ICCの細胞内カルシウムは周期的に変動し,ERやミトコンドリア,カベオレに分布するチャンネルなどがこのリズム発生機構に関わると考えられている。
key words: pacemaker, c-kit, slow wave, intestine

■神経精神疾患治療のEBM

●中枢神経系原発悪性リンパ腫の治療
池本秀康 有田憲生
 近年における中枢神経系原発悪性リンパ腫(primary central nervous system lymphoma:PCNSL)の増加率には目を見張るものがある。しかし現状では本疾患に対する最善の治療法は確立されていない。過去の多くの文献解析により,基本的な治療法の方向性は固まりつつある。現時点でコンセンサスが得られている事実を整理すると,良好な予後を規定する因子としては,年齢が60歳以下,high-dose methotrexate(HDMTX)を含んだ全身化学療法後に放射線療法を追加することである。ただし,HDMTX治療抵抗例や再発例に対するsalvage療法,放射線照射の至適量の決定,高齢者において特に注意すべき遅発性神経合併症である白質脳症対策等,未だ解決されていない問題が山積みである。これらの問題解決には,大規模なprospective randomized studyの結果が待たれるところである。そこで本稿では,文献的にPCNSLに対するエビデンスのある治療結果を整理し,現在の問題点および今後の展望について解説する。
key words: PCNSL, high-dose methotrexate, irradiation, leukoencephalopathy, EBM


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