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■特集 脳活動を見る一一神経回路網の機能動態一一

●マルチニューロン記録とその意義
小松英彦
 脳内の複数のニューロンの活動を同時に記録し解析するマルチニューロン記録の意義を,ニューロン間の結合の検出,刺激や行動などの情報表現,外部の人工装置を駆動する脳一機械インターフェースへの応用という三つの側面から要約する。ニューロン間の結合の研究への応用は長い歴史をもち着実な成果が上がっている。情報表現の研究は,脳機能の理解に革命的な進展をもたらす可能性を秘めている。脳一機械インターフェースへの応用はまだ揺籃期にあるが,急速に技術開発が進んでおり,医療的な応用が行われれば神経難病の患者に大きな救済になる可能性がある。今後の脳研究とその医療への応用において,マルチニューロン記録は重要な実験方法となるものと思われる。
key words: multi-neuron, synchronization, temporal coding, cerebral cortex

●マルチニューロン活動を記録するために
櫻井芳雄
 マルチニューロン活動の記録は,情報処理を担う神経回路網の動態を解明する上で必須である。しかし,相互作用しながら働く緻密な神経回路網の実態を無視するかのような,シングルニューロン活動の記録と課題関連ニューロン探しに終始する研究はいまだに多い。たしかに,シングルニューロン活動の記録からマルチニューロン活動の記録へ進むには,いくつもの障害があり,解決すべき技術的問題も多い。本稿では,それらさまざまな障害,すなわち,データ解釈の難かしさ,論文の出しにくさ,研究者の多大な労力,などの問題と,実験上の具体的な技術的問題について整理する。さらに,ラットにもサルにも応用できる,汎用性を持ったマルチニューロン活動記録法を紹介する。
key words: multi-neuron, single-neuron, neuronal networks, rat, monkey

●下側頭葉皮質における視覚情報表現様式
田村弘 金子秀和
 腹側視覚経路の最終段階に位置する下側頭葉皮質は,物体の形を視覚的に認識するための中枢であると考えられている。よって,なんらかの形式で,眼前にある物体の形に関する視覚情報が下側頭葉皮質神経細胞の活動に存在していると考えられる。下側頭葉皮質における視覚情報表現様式に関して,アルファベット仮説とアスキーコード仮説の二つの仮説が提案されている。本稿では,これらの仮説をマルチニューロン記録を用いた研究をもとに議論する。
key words: object recognition, area TE, V1, visual cortex, multiple-unit recording

●マルチ電極アレイを用いた視交叉上核のリズム発振機構解析
本間さと 中村渉 白川哲夫 本間研一
 中枢神経における複雑な情報処理は,特定の細胞が特定の位置に配置され,これらの間に整然とした神経ネットワークが形成されることにより可能となる。複雑な神経回路網の機能動態を直視し,時間空間的解析を行うのは,神経科学者の夢である。光学測定技術や蛍光・生物発光レポータ技術の急速の進展により,その夢が現実に近づきつつある。マルチ電極アレイ法は,培養ディッシュ上に多数の微小電極を張り巡らせ,その上に神経細胞を器官培養あるいは分散培養することにより,神経活動の多点,二次元,長期連続解析を可能とした技術である。本稿では,マルチ電極アレイを用いた,生物時計の機能解析に関する我々の最近の研究結果を中心に,この技術について述べたい。
key words: multi-electrode array, suprachiasmatic nucleus, circadian rhythm, extracellular recording

●プリズム適応に関わる神経情報処理機構
蔵田潔
 目標点への到達運動のプリズム適応は,運動学習を研究する上での極めて有用なモデルであるが,この適応には大脳皮質運動前野腹側部が重要な役割を果たしていることがムシモル注入による可逆的傷害実験から明らかにされている。このことは,運動前野腹側部内の神経ネットワークにおける信号伝達の変化あるいは同期発火がプリズム適応に寄与していることを示唆すると考えられる。この仮説を検討するため,プリズム適応の前後を通じて単一ニューロン活動の多点同時記録を行ってきた。これらの現象(特にスパイク後促通)がどのようにして生じうるかについての最新の考え方をまとめるとともに,運動学習におけるこれら現象の機能的意義を,特に視覚空間から運動空間への座標変換という観点から論じる。
key words: prism, adaptation, neuron, circuits, cortex

●独立成分分析を応用したマルチニューロン活動の解析
高橋晋 安西祐一郎 櫻井芳雄
 マルチニューロン活動を解析する際,ニューロン間の相互作用を的確に検出することは重要である。しかし,近接した複数ニューロンの活動を正確に分離すること,および,それらの活動間に見られる相関を完全な同期も含め検出することには,多くの問題があった。本稿では,発火の同時性により生じるスパイク波形のオーバーラップや,波形の変動に影響されない正確なSpike Sorting法として,独立成分分析とk-meansクラスタリングを組み合わせた手法を紹介する。そして,スパイク波形と発火頻度などにより,錐体細胞と介在細胞を区別することで可能となった,錐体細胞間,および,錐体細胞と介在細胞間の発火タイミングの相互作用に関する解析例を示す。
key words: spike sorting, independent component analysis, multi-unit recording

●超高速光イメージングが明らかにする運動野における神経集団活動の動的変化
飯島敏 筧慎治 広瀬秀顕
 脳神経細胞集団の動態をいかに捉え,どこまで解析できるかが今後の高次脳機能研究展開の成否を左右するといっても良いかもしれない。現在,種々の手法を用いてその取り組みが精力的になされている。方法はおおむね2群に分かれる。すなわち神経の膜電位や膜電流変化など神経活動そのものを捉える方法と,神経活動に伴う脳内の代謝性シグナルを計測するものである。前者は1次,後者は2次シグナルである。短時間のうちに時間的,空間的に大きく変動する神経活動のダイナミクスを捉え,解析するには1次シグナル計測が主体となる。我々はそのような計測法の1つ,膜電位感受性色素を用いた神経活動の超高速イメージング法,を用いて運動野における神経活動の動態を追った。同法はIn vivo実験においてこれまで,麻酔下で視覚刺激などに受動的に反応する脳の活動を計測するなどにもっぱら用いられてきたが,我々は遅延見本合わせ運動課題中のサルの脳の自発的活動の計測・解析に挑んだ。
key words: optical imaging, voltage-sensitive dye, primary motor cortex

●バルプロ酸ナトリウム(Depakene®)の抗躁効果
外山恵三
 2002年9月,バルプロ酸ナトリウム(sodium valproate:Depakene®)における躁病および躁うつ病の躁状態の適応が承認され,日本においても気分安定薬である3つの薬剤(valproate,lithium,carbamazepine)がすべて使用できるようになった。今回の申請・承認は国内で臨床試験を実施することなくすすめられた。また,その承認根拠は海外で実施された比較試験をはじめとする,国内外の様々なエビデンスから成り立っている。バルプロ酸は欧米の双極性障害に対する各種ガイドラインやアルゴリズムにおいて,急性躁状態の治療に対して第一選択薬として評価されているが,日本においてはこれまで適応外で使用されていたため,その評価は欧米に比べ十分になされていないのが現状である。今後,欧米のように第一選択薬として使用されるか否かは国内の使用経験蓄積と医療現場からの評価が必要であり,得られた情報を有効に活用し適正使用されることが望まれる。
key words: valproate, depakene, mania, bipolar disorder


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