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■特集 脳と認知リハビリテーション

●脳と認知リハビリテーション一その概観と最近の進歩一
加藤元一郎
 認知リハビリテーションは,脳卒中や頭部外傷後の脳損傷例に認められる亜急性期から慢性期の認知障害に対して用いられ,これを訓練により軽快に導こうとするものである。この際重要なことは,訓練はどのような回復メカニズムの援助をしようとするのか?訓練の戦略はどのようなメカニズムをターゲットとして立てられるべきなのか?を考慮することである。障害された神経系の機能の回復メカニズムには,再建と再組織化という2つの方法がある。再建は,Hebb則に基づいた学習すなわち神経回路の再結合,Dischisisの解除,さらには競合性抑制の解除により達成されると考えられる。機能の再建をめざす訓練法の中心は,刺激法である。方法としては,損傷された神経回路をボトムアップに刺激する方法とトップダウン的な刺激法があり,注意機能の関与が非常に重要である。再組織化では,障害された機能が全く同様な形で取り戻されるのではなく,その機能は別な操作方法へと置き換えられる(この意味で機能の代償である)。再組織化法は,特に健忘例に適用されることが多い。再建や再組織化を促進する訓練以外には,障害された領域内の残存能力の効率的活用による訓練,学習法の改善による認知訓練,障害の回避や迂回(バイパス)などがある。
 このような最近の研究は,視床下核は以前に考えられていたよりも広範な入力を受け,視床下核からの興奮性出力がその受容核である大脳基底核諸核の活動調節に重要な役割を果たすことを示唆している。
key words: cognitive rehabilitation, reestablishment, reorganization, learning

●方向性注意障害のメカニズムとリハビリテーション
石合 純夫
 方向性注意とは,外界と個体との関係の中で,意識を適切な対象に集中し,また必要に応じて移動していく過程の総体と考えられる。一側の大脳半球に損傷を受けると,対側空間への方向性注意障害が起こり「半側空間無視」と呼ばれる。半側空間無視は,右半球の脳血管障害では約4割の患者にみられるのに対し,左半球損傷では稀であり,起こっても慢性期まで残ることは少ない。右半球の方向性注意の神経機構は,身体に対する左右両空間に注意を向けられるが,左半球は主に右空間への注意機能しか持たないと考えられる。半側空間無視は,食事,歩行,移動をはじめとして,リハビリテーションや日常生活を幅広く阻害する。そのため右半球損傷患者では,病巣部位にかかわらず,BIT行動性無視検査などによる無視症状の正確な評価が重要である。リハビリテーションでは,代償的方略の獲得が主要な役割を果たす。また,全般的注意の向上や言語性能力の有効利用など,非空間的要因も無視症状の改善に寄与し得る。一般的にリハビリテーション効果の汎化は難しく,幅広い日常生活場面を想定した訓練が重要である。なお,新しい試みとして,プリズム眼鏡による順応訓練が,汎化を伴う方法として注目されている。
key words: directed attention, unilateral spatial neglect, Behavioural inattention test (BIT), mechanism, rehabilitation

●言語障害の回復と治療
遠藤 邦彦
 左半球損傷の感覚失語19例の症状と病巣の分析から脳内の言語情報処理機構のモデルを作成した。このようなモデルは,脳損傷例の言語障害の認知リハビリテーションを行う際の基盤になると考えられる。言語音の認知が障害された症例はWernicke領野と縁上回下部に損傷があった。言語音の認知が保たれ意味の認知が障害された症例は第一側頭回の前部と第二側頭回の広範な領域が損傷されていた。Wernicke領野や縁上回下部は言語音に関する情報処理を,第二側頭回は語彙に関する情報処理を,第三側頭回は意味に関する情報処理を行っている可能性が示された。脳損傷で生じる言語障害の臨床で重要なのは言語障害をタイプ分けすることではなく,情報処理系のどこに障害があるかを分析することである。認知心理学の言語情報処理の図式に基づいて症状を分析できるか否かが,脳損傷で生じる言語障害の認知リハビリテーションの成否を決める。
key words: aphasia, dysarthria, rehabilitation, recovery, treatment

●脳機能からみた記憶障害のリハビリテーション
三村 將
 脳機能の観点からみた記憶障害のリハビリテーションについて概説した。記憶障害のリハビリテーションは大きく直接的アプローチと間接的アプローチに二分することができる。障害された機能自体の直接的な刺激・賦活により記憶の改善を試みる直接的アプローチとして,経頭蓋磁気刺激と迷走神経刺激という2つの物理的介入を挙げた。記憶障害のリハビリテーションにおいては,ほとんどの場合,障害された機能自体の回復に限界があるため,保たれている健常な機能で代償したり,外部からの補助手段などを導入する間接的アプローチが主体となる。この間接的アプローチに属する方法として,知覚的介入,心理的介入,工学的介入など,比較的最近の話題を中心に取り上げた。また,近年のPETと機能的MRIによる脳機能画像研究が記憶のリハビリテーションにもたらしたインパクトに触れ,記憶のリハビリテーションからみた記憶の回復と脳機能の再編に関する最近の知見を述べた。
key words: memory impairment, rehabilitation, brain function, intervention, functional neuroimaging

●行為・遂行機能障害の認知リハビリテーション一前頭側頭型痴呆の作業療法を通して一
繁信 和恵  酉川 志保  池田  学
 遂行機能とは,目的を持った一連の活動を行うのに必要な機能である。近年頭部外傷や脳血管障害などによる前頭葉損傷例の多くに,何らかの遂行機能の障害がみられることが指摘されている。そしてこれらの前頭葉損傷例の遂行機能障害に対しては,Craine(1982)の症例を皮切りに現在まで数多くの認知リハビリテーションが試みられ,有効性を報告しているものも多い。一方,脳の前方部に病変を有し,進行性の脳変性疾患である前頭側頭型痴呆(FTD)は,遂行機能障害をはじめとする多彩な前頭葉症状を呈するが,これらの遂行機能を含む前頭葉症状についてのリハビリテーションの報告はほとんどない。FTD患者への遂行機能のリハビリテーションでは,行動の開始や維持に特有の前頭葉症状を逆に利用すること,また残存機能をより活かすことのできる環境設定を注意深く行うことが重要と考えられる。
key words: Fronto-Temporal Dementia, care, rehabilitation, excecutive function

●視覚失認と認知リハビリテーション
武田 克彦
 視覚失認は,視力などの一次感覚が保たれているのに視覚的に呈示された例えば物品がわからない。しかし言語や他の感覚モダリティで呈示されればその物品が何であるかわかるものである。Lissauerの考えではこの視覚失認には2つある。すなわち,1)その対象物をひとまとまりの表象として把握できない障害と,2)表象としては把握されているのに,それが過去において蓄えられている経験と結びつかない障害である。しかしこの単純な2分法には批判もあり,ここではFarahの考え,Humphreysの考えなども述べた。視覚失認を示したある患者の認知過程の障害のパターンを訓練によって克服しようとした試みについても紹介した。
key words: visual agnosia, apperceptive agnosia, associative agnosia, integrative agnosia

●情動障害の治療およびリハビリテーション
先崎 章  加藤元一郎
 脳損傷者において情動の問題をとりあげる場合,(1)情動の不安定性やそれに基づく行動障害や,(2)情動を適切に表出することができないこと(情動の表出・表現の障害),(3)他人の情動的な信号を理解することができないこと(情動の認知・受容・理解の障害),(4)情動が行動や意思決定の際に適切な関与をしないこと(情動による行動の制御・促進の障害),が議論される。本稿では,前半で(A)〜(D)について主に脳局所部位との関連を中心に薬物治療も交えて解説し,後半で心理的アプローチについて,特に,一般的な認知・行動療法を脳損傷者に応用する場合の注意点と,昨今日本で話題となっている治療的コミュニティを利用した包括的アプローチについて,わかりやすく解説した。
key words: limbic system, emotional dysfunction, cognitive rehabilitation, stroke, traumatic brain injury

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