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■特集 妊娠・出産・授乳の精神医学的問題
●精神疾患の遺伝カウンセリング
安藤 記子  岩満 優美
 統合失調症,双極性障害,自閉症といった精神疾患は多因子遺伝病であり,複数の遺伝要因と複数の環境要因が影響して発症する。多因子遺伝病の遺伝カウンセリングでは,遺伝的リスクの情報提供には「経験的再発率」が利用されるが,家族歴・病歴などの情報を加味し,その家系へと「個性化」された経験的再発率をクライエントに提供する。精神疾患の遺伝カウンセリングにおける情報提供は複雑であるが,病因を理解することは病気への適応や病気のリスクへの適応をよくするために重要な要素であり,複雑な情報を提供されるクライエントの反応を慎重にアセスメントしながら遺伝カウンセリングを行うことが望まれる。また,遺伝カウンセリングでは,遺伝や疾患に関する情報提供とともに,「遺伝」という問題を抱えたクライエントへの心理的支援も重要である。
Key words:genetic counseling, multifactorial inheritance, empirical recurrence risk

●妊娠中の向精神薬療法の継続と中止─気分障害と不安障害─
田中 生雅  塩入 俊樹
 妊娠適齢期は,気分障害や不安障害に陥る可能性の高い時期である。妊娠中に気分障害や不安障害が発症した場合に薬物療法を「行うか否か」,またすでに治療中の女性では「継続か中止か」という選択は,治療者にとっても,患者本人や家族にとっても難しい選択であり,薬物の使用による胎児・新生児への影響等のリスクと再発予防による母体の精神的安定等のベネフィットを十分説明し,双方が考慮を重ねた上で患者の自己決定権に基づいて判断されるべきものである。本稿では,薬物療法を継続あるいは中止した際のリスクとベネフィットについて,なるべく新しい所見を中心に記載した。「総合的で適切な判断をどのように導いていけばよいのか」という難題に明確な答えを出すことは難しいが,本稿が読者の日常臨床での一助となれば,幸いである。
Key words:teratogenicity, floppy infants, lithium, anticonvulsants, SSRI

●妊娠中の向精神薬療法の継続と中止─統合失調症─
西澤 治  近藤 毅
 統合失調症女性患者においては,妊娠中に薬剤の胎児への影響を危惧しての服薬の自己中断により精神病症状の悪化をみる例が少なくない。しかしながら,これまでの報告をみる限り抗精神病薬の有する催奇性の危険度は決して高くはない。一方,統合失調症の妊娠・出産は産科的にはハイリスクであり,精神状態の悪化とそれに伴う抗精神病薬の増量は加速的に妊娠〜産褥期の合併症リスクを高める可能性がある。このため,挙児可能な統合失調症女性に対しては,抗精神病薬服用中止に伴う母体側および新生児の合併症リスクが,服用による催奇性リスクを上回る現実を伝え,妊娠前より最小有効量に向けた薬物調整を行ったうえで妊娠中の維持療法を継続することが賢明である。なお,代謝面に影響のある非定型抗精神病薬が妊娠中に投与される場合には,妊娠糖尿病の惹起や高体重新生児の出生に伴う分娩時の母体および児の合併症リスクに注意すべきである。
Key words:schizophrenia, pregnancy, antipsychotic drug, psychotic relapse, teratogenicity

●妊娠中絶によるうつ病・不安性障害(中絶後症候群)
中村 曜子  高山  剛  加藤  敏
 わが国における妊娠中絶者数は毎年20万件以上にものぼる。それにもかかわらず,妊娠中絶に至った女性の精神障害についての報告・検討はほとんどされていない。それは一つには妊娠中絶は公には語られにくい事象であるからかもしれない。しかし,中絶後症候群(post abortion syndrome)という概念があるように,喪の作業が滞るとトラウマとして大きな痕跡を残す可能性が考えられる。われわれが経験した妊娠中絶に至った30代の女性は,妊娠中絶後も不安発作が減少せずに遷延した。自らの判断によって亡きものへと葬ったことに対する罪悪感が一種のトラウマとして形成されていたが,供養どころか中絶は一刻も早く忘れ去りたい,まさに水に流したい不快な存在や出来事でしかなかった。ところが地蔵を建てる話を契機に,喪の作業が開始され,トラウマが徐々に癒されて生きていくための新たな目標を打ち立てることができた。本例は,中絶をすることが女性にとりいかに大きなトラウマになるのかを教えてくれる点で参考になると思われる。それに加え,中絶後も治療の手が必要になる場合があることへの一つの視座になると思われる。
Key words:elective abortion, depression, anxiety, post abortion syndrome, mourning work

●精神疾患患者の出産─周産期における対応─
赤穂 理絵
 精神疾患患者の妊娠を無事に継続し母子ともに安全な出産をとげるために,精神科医は母体の精神症状の安定を保つことと,胎児・新生児への薬物治療の影響を最小限にとどめることに努めなければならない。具体的には向精神薬の催奇形性の問題,周産期の精神症状ケア,分娩管理,新生児管理(胎児毒性,離脱症候群),母乳栄養の問題,そして育児支援の問題について,産科と連携して取り組む必要がある。本文ではいわゆる周産期(妊娠後期から分娩を経て出産直後まで)を取り上げ,周産期に特徴的な母体の変化,分娩管理,周産期の服薬が児に与える影響についてまとめた。また各々の精神疾患(統合失調症,うつ病,双極性障害,不安障害,てんかん)における分娩前後の対応を取り上げ,産科との連携のあり方を考察した。
Key words:pregnancy, parturition, psychiatric illness, liaison psychiatry

●親の精神障害が児の早期発達に及ぼす影響
金子 一史  本城 秀次
 乳児は,誕生直後から養育者と積極的に関わっており,養育者が精神障害を患っている場合,乳児の早期発達に様々な影響を与えることが報告されている。抑うつ的な母親は,乳児との相互作用において,肯定的な働きかけが少なかったり,過度に侵入的な働きかけが多い。抑うつ的な母親を持つ乳児は,母親との相互作用において,視線をそらす傾向が高く,肯定的な感情表出が少ない。統合失調症の母親は,うつ病の母親と比較すると,より母子相互作用が障害されやすい。妊娠期においては,妊娠中の母親のストレスが,出生児の発達に影響を与えるという,胎児プログラミング仮説が注目されている。妊婦から胎児へのストレス伝達の経路として,ストレスホルモンが胎盤を通過する経路と,妊婦のストレスが子宮内の動脈血流量を変化させる経路が想定されている。養育者が精神障害を患っている場合,母子相互作用にも注目することなどにより,乳児の成長発達を視野に入れた治療的介入が望まれる。
Key words:postnatal depression, mother─infant interaction, schizophrenia, fetal programming hypothesis, prenatal stress

●産褥期のうつ状態の早期発見と対応
宮岡 佳子
 産褥期のうつ状態は産褥期うつ病が代表的疾患である。鑑別診断として,産褥精神病,神経症性障害,既存の精神障害の悪化ないし再発,身体因性うつ病,マタニティブルーズがある。マタニティブルーズは出産直後に起きる一過性の軽度のうつ状態であり,出現頻度は高い。産褥期うつ病の最も大きい発症危険要因は,うつ病の既往と妊娠うつ病である。妊娠うつ病は出産までにはほぼ寛解するといわれる。早期発見の観点からは,産後の疲れや不眠を産後のせいと考えて,うつ病の発見が遅れることがある。産褥期うつ病のスクリーニングとしてエディンバラ産後うつ病自己調査票(EPDS)が有用である。治療は薬物療法,精神療法,環境調整で通常のうつ病と同様であるが,環境調整がとりわけ重要である。育児の負担から症状が悪化しないような対応が必要である。夫や親に協力を要請する,子どもを保育園に預けることを勧めたりするなど,患者をサポートする姿勢が大切である。
Key words:postnatal depression, maternity blues, antenatal depression, management

●向精神薬服用中の母乳栄養の問題点
玉井 浩
 授乳婦への薬物投与に関する適切な情報が求められているにもかかわらず,日本には授乳中の母親への薬物投与について統一されたガイドラインはない。現場の医師の判断や,母親の自己判断にまかされているのが現状と言える。そのため母親は自己判断で断乳や,逆に服薬を中断して自分自身の治療に支障をきたす場合もある。まず,医療関係者は薬物の母乳への移行に関する基本的知識を持ち,母体側のリスク・ベネフィット,児側のリスク・ベネフィットを考える必要がある。向精神薬についても児への影響が不明で懸念のある薬剤として挙げられているものがある。その他,免疫抑制剤,抗がん剤など乳児に顕著な影響の出る薬剤もあるため,妊婦・授乳婦薬物療法専門薬剤師制度の普及なども求められている。
Key words:breast─feeding, antipsychotics, benzodiazepine, exposure index, relative infant dose

●妊娠・出産・授乳期における子どもへの虐待とその対応
加茂登志子
 わが国では児童虐待相談対応件数は増加の一途をたどっており,主たる虐待者は依然実母が多い。また,身体的虐待のみならずネグレクトや心理的虐待にも十分に目を向けていく必要が指摘されている。子ども虐待による死亡事例では0歳が約4割を占めており,妊娠・出産・授乳期の子ども虐待対策は喫緊の課題となっていることがわかる。望まない妊娠・出産を予防すること,この時期に切れ目のない支援を行うことが予防対策として望まれる。若年世代への避妊の知識の普及や足を運びやすい相談窓口を確保すること,妊婦への配偶者間暴力(DV)に留意すること,切れ目のない支援を産後うつ病のフォローアップと並行して行うことなどが重要なポイントとして挙げられる。子ども虐待を防止していくには,虐待という現象を,子ども虐待,DV,高齢者虐待といったカテゴリーで分断させ過ぎずに世代を含めた大きな視点で俯瞰し,これを医療にも施策にも反映させていくことと,さらに,加害親世代の精神健康の向上と全体的な底上げが同時並行で必須であり,特に生殖期間にある女性,中でも若い女性の精神健康保健に目を向けることが重要である。
Key words:child abuse, intimate partner violence, chain reaction, parent─child interaction

●妊産褥婦のメンタルヘルスに関する社会資源,サービス・システム
岡野 禎治  國分真佐代
 周産期は,多職種の医療保健の専門家によって妊産褥婦の精神疾患の早期発見および介入が容易にできる時期に相当する。今日,妊産褥婦,ひいては家族のメンタルヘルスの増進と予防のために,既存の社会資源を有効に活用して,適正な地域サービスを提供することが重要な課題となっている。そこで,妊産褥婦のメンタルヘルスに関した国内外の社会資源の現状を概括し,さらに先進国における周産期メンタルヘルスの地域におけるサービス・システムを踏まえて,日本の今後の取り組みについても展望した。
Key words:maternal mental health, perinatal psychiatry, strategy, health services

■研究報告
●内臓や殺人場面といったグロテスクな描写に興味を示すアスペルガー症候群の男子例に対する非言語的治療
宮崎 健祐  武井  明  目良 和彦  佐藤  譲   原岡 陽一
 アスペルガー症候群の男子例(初診時18歳)に対する非言語的治療による経過を報告した。患者は幼少期から著しい興味の偏りを認め,中学校時代からは内臓や殺人場面といったグロテスクな描写をインターネットや書籍で見ることに没頭していた。高校入学後に不登校を呈し,家族の眼前で切腹しようとする行為を繰り返したため,入院治療が開始された。入院後,言語的関わりでは治療が膠着状態に陥ったため,主治医とともに行うキャッチボールを中心にした「遊び」による非言語的治療を導入しながら,薬物療法も併用した。患者はこの「遊び」を通して,受容されることを体験し安心感を得るなかで,主治医という生身の“人”に対する興味を徐々に示すようになった。その結果,主治医との言葉を介したコミュニケーションが不十分ではあるが成立するようになり,興味の偏りも前面に現れなくなり,家族との生活が可能になった。本症例の治療経験から,問題行動を伴うアスペルガー症候群に対して,「遊び」を取り入れた非言語的治療も有効な治療法のひとつであると考えられた。
Key words:Asperger’s syndrome, non─verbal psychotherapy, play therapy, therapeutic relationship

●重度認知症患者デイケアにおける利用中止者の調査と今後の課題
上城 憲司  白石 浩  堀川 晃義  小松 洋平  荻原 喜茂
 認知症デイケアの利用中止者を短期利用中止群(1年未満で中止)・長期利用中止群(1年以上で中止)に分け,その特徴や中止理由を検討した。短期利用中止群の特徴としては,長期利用中止群に比べMMSEの得点が低い(p<0.05),作業療法協会版「認知症アセスメント」のタイプ分類では,重度タイプが多い(p<0.01),「認知症アセスメント」の下位項目では,「不安感がある」,「徘徊」,「まとわりついたり,同じ質問を何度も繰り返す」,「作られた話」の得点が有意に高い(p<0.05)などが明らかになった。また,デイケアの中止理由では,短期利用中止群に,症状悪化を伴わない家族の介護疲れ(短期群24%・長期群2%),デイケア参加拒否(短期群13%・長期群0%)の割合が高く,長期利用中止群のそれとは明らかな違いが認められた。デイケアにおいては,今回得られた指標をもとに,導入初期よりタイプに応じた個別的プログラムや家族支援が重要と思われる。
Key words:dementia, daycare, dementia assessment

■臨床経験
●Fluvoxamineへのaripiprazole augmentation療法と曝露反応妨害法の併用が著効した重症強迫性障害の1例
興津 裕美  長谷川大輔  坂元 薫  石郷岡 純
 重症強迫性障害の患者に,fluvoxamineへのaripiprazoleによるaugumentation療法と曝露反応妨害法の併用が著効した症例を経験した。入院治療にて,薬物療法と曝露反応妨害法の併用を試みたが,aripiprazoleによるaugumentation療法を開始するまでは曝露反応妨害法も軌道に乗らず,治療に困窮していた症例である。強迫性障害の治療としては,薬物療法と行動療法の併用が有用であり,薬物療法では選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やSSRIへの第二世代抗精神病薬(SGA)によるaugumentationが主流となっている。SSRI治療抵抗性の強迫性障害患者に対しSGAによるaugmentationが有効性を示すことから,強迫性障害の病態には,5─HT系のみだけでなくドパミン系などの神経伝達物質が関与すると考えられるようになってきている。Aripiprazoleは,D2受容体部分アゴニストという作用機序を特徴とするSGAであり,5─HT1A受容体部分アゴニスト,5─HT2A受容体アンタゴニストとしての作用も有する。本症例は,SSRIへのaripiprazole によるaugumentationが著効した報告であり,今後,aripiprazoleが強迫性障害の有力な治療選択肢となる可能性が示唆された。
Key words:obsessive─compulsive disorder, fluvoxamine, aripiprazole, augmentation, Exposure and Response Prevention

●周期性緊張病の病相予防にlithium carbonateが奏効した2症例─緊張病の病態とその治療の観点から─
今中 章弘  辻 誠一  渡辺 隆之  世木田 幹  柴崎 千代  箱守 英雄  高見 浩  大森 信忠
 周期性緊張病(periodic catatonia)は,月経周期に関係なく一定の間歇期を挟んで周期性の昏迷あるいは興奮を示し,その中間期には精神症状を全く呈さない非定型的な精神病像を呈する疾患とされるが,DSM─Wに代表される操作的診断基準が普及する昨今,その疾病概念は埋没してしまっている感がある。また,緊張病症状が前景に立つため,緊張型統合失調症と診断され,治療に難渋するケースも多いのではないかと思われる。我々は抗精神病薬やベンゾジアゼピン系薬剤の併用にて治療が行われていたにもかかわらず,一時的な病状の改善のみで長期間に及び周期的な緊張病症状の再燃を繰り返してきた2症例に対して,lithium carbonateを投与したところ病相再燃の予防に有用であったので報告する。緊張病病相を繰り返し,抗精神病薬もしくはベンゾジアゼピン系薬剤の併用のみで治療がうまく奏効しない場合には,本疾患を念頭に置き,lithium carbonateの投与が有効な症例が存在することを認識しておく必要があると考えた。
Key words:periodic catatonia, schizophrenia, lithium carbonate


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