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■特集 神経伝達物質のトランスポーター

●グルタミン酸トランスポーターと神経細胞死
田中 光一
 グルタミン酸は中枢神経系において両刃の剣であり,主要な興奮性神経伝達物質として知られているが,興奮毒性という概念で表されるように,過剰なグルタミン酸は神経細胞障害作用を示す。細胞外グルタミン酸濃度上昇による神経細胞死は,虚血,てんかん,外傷などの急性神経疾患のみならず,筋萎縮性側索硬化症,脊髄小脳変性症,アルツハイマー病,ハンチントン病などの慢性神経変性疾患における神経変性の共通の機序の1つである。グルタミン酸トランスポーターは,細胞外グルタミン酸濃度の制御を担う最も重要な機能分子であり,その機能異常は,様々な神経疾患で見られる神経細胞死に深く関与していることが明らかになった。今後,グルタミン酸トランスポーターを標的にし,細胞外グルタミン酸濃度制御により神経細胞を保護する新しいタイプの神経細胞保護薬の開発が期待される。
key words: glutamate, transporter, excitotoxicity, cell death, glial cell

●グルタミン酸作動性ニューロンの正体
高森 茂雄
 グルタミン酸は生体内の全ての細胞に普遍的に存在するアミノ酸であるが,哺乳類中枢神経系においては興奮性神経伝達物質として働く。グルタミン酸を放出するニューロン(グルタミン酸作動性ニューロン)の存在は,電気生理学的手法や生化学的手法を用いた研究により古くから知られており,シナプス間隙に放出されたグルタミン酸がどのように受け手のニューロンを興奮させるのか,また放出されたグルタミン酸がどのようにシナプス間隙から消失するのかに関しては,この10数年の間に複数のグルタミン酸受容体や形質膜に存在するグルタミン酸トランスポーターの遺伝子群の同定により,その詳細な分子機構が明らかになってきた。一方で,なぜグルタミン酸作動性ニューロンだけがグルタミン酸を放出しうるのか,分子レベルでのメカニズムは明らかにされていなかった。最近のシナプス小胞膜上のグルタミン酸トランスポーター「小胞性グルタミン酸トランスポーター」の同定により,グルタミン酸作動性ニューロンの分子レベルでの実体が明らかになった。
key words: glutamate, glutamatergic neuron, VGLUT(vesicular glutamate transporter), synaptic vesicle, phosphate transporter

●GABAトランスポーターと細胞内シグナリング
斎藤 尚亮
 GABAトランスポーターは12回膜貫通型神経伝達物質トランスポーターファミリーの中で最も早くその一次構造が決定された。その後の研究により,GABAトランスポーターには多くのサブタイプが存在し,独自の機能を有している可能性が示唆されてきた。また,GABAトランスポーターはてんかんの治療薬の標的としても注目されてきたが,未だに,その機能を充分に調節し得る薬物が開発されているとは言い難い。本稿ではGABAトランスポーターのリン酸化による制御機構に関する最近の研究成果から,新しい薬物標的としてのGABAトランスポーターの制御機構について考察した。
key words: protein kinase, GABA transporter, syntaxin, tyrosine phosphorylation, uptake

●カテコールアミントランスポーターの発現調節機構とその修飾
北山 滋雄
 脳のカテコールアミン神経系はドーパミン,ノルエピネフリン,エピネフリンをそれぞれ神経伝達物質とし,運動,情動などに係わる多様な機能を営んでいる。これら神経伝達物質が遊離された後再取り込みを行いそれぞれの神経伝達を速やかに終結させる役割を担うのが神経終末細胞膜に存在するそれぞれに固有のトランスポーターである。したがってこれらトランスポーター機能の変化はシナプス伝達制御の変調を来たし,種々の疾患,例えばうつ病やcocaineなどの薬物依存と密接に関連する。トランスポーターの発現は恒常的になされているのではなく,様々な過程を通じて複雑に調整されている。こうした調節機構が明らかになるにつれ,制御されたその発現の生理的意味,その破綻による病理像が今後明らかにされるだろう。
key words: catecholamine transporter, dopamine, norepinephrine (noradrenaline), epinephrine(adrenaline), regulated expression

●セロトニントランスポーターの遺伝子多型と神経精神薬理学
木内 祐二
 神経終末でセロトニン再取り込みを担うヒトセロトニントランスポーター(5-HTT)の遺伝子には2種類の遺伝子多型がある。転写調節部位にある5-HTTLPR多型には転写活性が高いl型と低いs型があり,神経質傾向や危害回避傾向が強い人でs型alleleの発現頻度が高いことが報告されている。感情障害,特に双極性障害患者でs型の頻度が高いという報告があり,アルコール依存症などの幾つかの精神神経疾患でも相関が示されている。l型とs型の発現頻度には著明な人種差があり,日本人にはl型alleleが少ない。第2イントロン内にあるVNTR多型(9,10または12回繰り返し)でも感情障害との相関が報告されている。しかし,このような5-HTT遺伝子の多型と性格傾向や精神疾患との相関は必ずしも追試で再確認できていない。今後は5-HTTを標的分子とするSSRIの有効性と遺伝子多型の関連性についての検討が待たれる。
key words: serotonin transporter, polymorphism, 5-HTTLPR, VNTR, psychiatric disorders

●多選択性中性アミノ酸トランスポーターLAT1の中枢神経における役割
金井 好克
 中性アミノ酸トランスポーターLAT1(L-type amino acid transporter 1)は,1回膜貫通型補助因子 4F2hc(4F2 抗原重鎖;CD98)とヘテロ二量体を形成することにより,古典的System Lの特性を示すアミノ酸輸送活性を発揮する。LAT1は,モノアミン神経伝達物質生合成の前駆物質となる芳香族アミノ酸を含めた大型の中性アミノ酸,およびL-DOPA,α-methyldopa,抗痙攣薬gabapentin等のアミノ酸構造を持つ薬物を輸送するとともに,抗腫瘍薬melphalanや甲状腺ホルモンなども受け入れる広い基質選択性を示す。中枢神経においては,LAT1は,4F2hcとともに血液・脳関門を構成する脳毛細血管内皮細胞の血管腔側および脳側の細胞膜に存在し,血液・脳関門のアミノ酸およびアミノ酸類似薬物の透過経路を構成する。加えてLAT1は,増殖能を持つ神経幹細胞様の細胞への発現がみられ,神経組織外での癌胎児性抗原としての発現と呼応し,興味深い。
key words: amino acid, transporter, monoamine, drug transport, blood-brain-barrier

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