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■特集 知の神経回路モデル

●問題解決の脳アーキテクチャ
大 森 隆 司、小 川 昭 利
 脳における問題解決の過程は、一般的には思考とよばれるメンタルな行動である。従来より思考はシンボル処理と言われてきたが、脳におけるシンボル処理とは何かということについてはまだ解明されていない。本稿は、発達心理学の知見から出発して状況依存の手続き適用モデルを考え、脳におけるシンボル処理についてはその手続きを構成する機能部品を探索する過程であるとの仮説を提唱する。そしてその仮説が情報処理として可能であることを検証するため、ナビゲーションの学習手続きを獲得するシステムの計算機シミュレーションを行った。その結果、同一の脳アーキテクチャ・環境のもとでも、機能部品の異なるシステムは異なる行動を獲得することが示され、知能の発達過程を機能部品の獲得過程であると考えるモデルの妥当性が検証された。
key words : problem solving, symbolic processing, brain architecture, navigation,procedure search

●ダイナミックな相互作用による創発としての洞察「「機能レベルモデルからの示唆「「
鈴 木 宏 昭
 本論文では、まず認知科学における思考研究を支えるコアモデルが、コンピュータプログラムに基づくものから、脳に着想を得たものへと変遷した経緯について論じる。次に、洞察を単純な機構のダイナミックな相互作用から生じる創発的事象として捉える制約の動的緩和理論についての紹介を行う。この理論は、問題解決の基本的なコンポーネントを表現する対象、関係、ゴールの制約と、その緩和のメカニズムからなっている。この理論に従えば、洞察における初期の固着は制約が協調した結果引き起こされるが、問題解決過程における失敗からはじめの2つの制約が緩和され洞察が確率的に生じる、となる。次に、緩和過程について、この理論の予測を実証する実験の結果を報告する。最後に、思考の脳科学的研究における機能レベルモデルの役割と意義について論じる。
key words : insight, thinking, problem-solving, constraint, relaxation

●言語機能の神経回路モデル
櫻 井 靖 久
 言語機能の神経回路網について概説した。Wernicke-Lichtheimの図式とそれを引き継いだGeschwindの継時処理モデルは、神経学の分野ではよく知られたモデルである。認知心理学的モデルとして、脳損傷例から出発した二重回路モデルとコンピュータ科学から生まれた並列分散処理モデルがある。いずれも一長一短がある。Mesulamは古典的な神経学的モデルに並列分散処理の考えをとりいれた独自のモデルを提唱している。ワーキング・メモリーは言語機能を支える神経基盤として重要である。機能画像研究は言語活動に関与する脳の領域を明らかにしたが、包括的な機能回路モデルはまだない。筆者らは日本語の漢字・仮名の読みのPET研究から、新たな(重みづけられた)二重回路モデルを提唱している。
key words : dual-route model, parallel distributed processing, working memory, kanji, weighted dual-route hypothesis

●運動スキルの計算論的モデル
宇 野 洋 二
 ヒトは適切な運動の教示を受け、訓練を繰り返すことによって、様々な運動タスクに習熟し、極めて滑らかで巧妙な動きができる。水泳や自転車乗りなどの例を出すまでもなく、一旦獲得された運動技能(スキル:skill)は容易に消えることがない。多くのスキルは生涯身についている。注目すべきことは、成長とともに身体の動特性が大きく変化するにもかかわらず、子供のときに覚えた運動スキルが大人になっても保存されることである。このことは、ある運動スキルに対して、運動軌道や力のパターンがそのままの形で脳内に記憶されるのではないことを示唆している。本稿では、計算理論の立場からヒト腕の運動をとりあげて、運動タスクを実行するためにはどんな計算が必要なのか、その基本原理は何かを論じる。特に、生体が本来持っている運動の規範(最適化原理)に着目し、運動スキルの神経計算システムが備えるべき機能と表現を考察する。
key words : skill, performance, motor task, computational model, optimal trajectory

●内部モデルに基づく運動の学習と制御
伊 藤 宏 司
 私たちは環境との相互作用の中で多様な運動パターンを自ら学習し、生成する機能を持っている。本稿では、このような運動学習と制御を支えるメカニズムを内部モデルの観点から考察している。まずはじめに、身体の冗長自由度と運動・力のマッピングの関係ならびに筋の可変粘弾性を取り上げている。そして、運動目的に応じて適切な関節自由度と身体ダイナミクスを選択することが運動学習と制御の課題であることを指摘している。つぎに、複雑で巧みな運動制御には、環境および身体のダイナミクスの内部表現(モデル)が必須であることを述べ、順モデルと逆モデルに基づく構成例をそれぞれ示している。さらに、上肢のリーチング動作を例として、内部モデルに基づく運動学習の手法を紹介している。両手法とも、目標時間軌道が与えられなくても運動指令パターンを生成できる点に特徴がある。また、いずれも2自由度制御系の枠組みになっている。
key words : motor learning, motor control, body dynamics, internal model, reaching

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