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●気分障害の気質・性格傾向の分子基盤
久 住 一 郎、小 山  司 
 気分障害の発症に気質・性格特性が何らかのかかわりを持つことは古くから指摘されている。われわれは、健康成人ならびに気分障害者を対象に、双極性障害の素因的(trait-dependent)な生物学的指標の候補であるセロトニン(5-HT)刺激性血小板内カルシウム(Ca)濃度増加反応測定、Cloningerによって開発された質問紙法personality検査Temperament and Character Inventory, 5-HT 2A 受容体遺伝子多型調査を施行し、気分障害の病態における気質・性格特性ならびに5-HT 2A 受容体遺伝子多型の役割を検討した。結果として、これらの間には有意な関連は見出せなかったが、今後、気分障害の病態解明に向けて、気質・性格も含めた多次元的アプローチが必要であると考えられる。
key words :personality, serotonin 5-HT 2A receptor, polymorphism, calcium, mood disorder

●ミトコンドリアによるカルシウム制御と気分障害
加 藤 忠 史 
 双極性障害の分子基盤として、モノアミン系に連関した細胞内カルシウム代謝の異常が関与すると考えられ、これは血小板におけるアゴニスト刺激性カルシウム反応の亢進、lithiumのイノシトールモノフォスファターゼ阻害作用、ときに気分障害を伴う優性遺伝皮膚病であるDarier病が小胞体膜のCa 2+ -ATPase遺伝子の点変異によって生じることなどの事実により裏付けられる。我々の双極性障害における 31 P-MRS(リン磁気共鳴スペクトロスコピー)およびミトコンドリア遺伝子の研究により、ミトコンドリア機能障害が示唆されたが、近年ミトコンドリアがアゴニスト刺激性細胞内カルシウム反応を制御していることがわかってきたことから、この系の異常が双極性障害の病態に関与している可能性がある。
key words :bipolar disorder, mood disorder, calcium, mitochondria

●気分障害の画像所見と神経内分泌学
井 田 逸 朗
 気分障害の病態研究では、神経内分泌学的所見として視床下部−下垂体−副腎皮質(HPA)系脱抑制と、脳画像診断学的検討による脳の構造的・機能的変化が報告されている。これまでに、HPA系脱抑制を示す気分障害において、脳室―全脳比(VBR)の拡大などMRIによる構造的変化との相関が報告されているが、両所見にいかなる関連があるのか未だ結論は出されていない。著者らは、デキサメサゾン(DEX)/コルチコトロピン遊離促進ホルモン(CRH)負荷試験を抗うつ薬未服薬の大うつ病患者に実施するとともに、非抑制者と抑制者で脳内糖代謝を比較検討し、非抑制者では海馬を含む側頭葉下部で糖代謝の有意な低下を認めたので、そのデータを含め気分障害における神経内分泌学的所見と脳画像学的所見との関連について紹介する。
key words :mood disorders, HPA axis, FDG, PET

●気分障害とニューロステロイド
加賀谷有行 、竹 林  実 、山 脇 成 人 
 うつ病における生物学的異常としては視床下部-下垂体-副腎皮質系の機能亢進によるステロイドホルモンの異常の可能性が指摘されて久しい。近年、いくつかのステロイドホルモンはグリア細胞、神経細胞など中枢神経系でも合成され、脳内で直接作用することが知られるようになり、神経ステロイド(ニューロステロイド)と呼ばれるようになった。その作用機序としてはGABA A 受容体に対するアロステリックな調節が知られており、秒単位あるいは分単位のごく短時間で発現することから、遺伝子を介さないnon-genomicな反応である。動物実験では、抗不安作用や、抗うつ作用、記憶改善作用などが示唆されている。気分障害とニューロステロイドとの関連についても、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)やDHEA硫酸エステル(DHEA-S)の報告がいくつかあるが、うつ病でどのように変化しているかについては所見の一致をみていない。気分障害の病態生理を理解するうえでも、今後のニューロステロイドの研究の発展が楽しみである。
key words :neurosteroids, mood disorders, dehydroepiandrosterone, major depression, anxiety

●抗うつ薬による細胞内情報伝達系の制御
―CREBリン酸化を中心に―
藤巻康一郎、 森 信  繁、 山 脇 成 人、 加 藤 進 昌 
 これまでに抗うつ薬による神経伝達物質、受容体および細胞内情報伝達系についての影響が検討されているが、作用メカニズムの詳細は解明の域には到っていない。最近では、作用機序の研究として、抗うつ薬慢性投与に伴う受容体刺激から、細胞内情報伝達物質の濃度変化が起こり、その変化を受け、遺伝子転写・発現が引き起こされるという仮説が提唱されている。その遺伝子発現調節に関与する転写因子の代表的なものとして、CREBがあげられ、CREBはcAMPやCa 2+ /calmodulinを介する系の変動を受け、CRE配列を持つ遺伝子の転写を調節する。そして、この転写機能活性化にはCREBリン酸化が必要であることを踏まえ、SSRI投与によるラット脳内のリン酸化CREBの変動を検討した研究を中心に抗うつ薬のCREB発現・機能への影響を検討した報告を紹介する。
key words :CREB (cAMP response element binding protein), Calcineurin, Ca 2+ /calmodulin, cAMP, selective serotonin reuptake inhibitor

●気分安定薬の作用機序と蛋白リン酸化
長 田 賢 一、長谷川 洋、御園生篤志、藤井佐知子、長 島 秀 明、貴 家 康 男、朝 倉 幹 雄 
 気分安定薬として最近valproic acidがFDA(U. S. Food and Drug Administration)で躁病の適応が通ったが、本邦ではlithium、carbamazepineが広く用いられている。以前からlithiumのイノシトールリン脂質系における影響は広く知られていたが、近年lithiumのプロテインキナーゼC(PKC)などのセカンドメッセンジャーへの作用、さらにリン酸化される内在性蛋白質の作用も研究されてきている。Lithiumによるリン酸化が遺伝子発現を調節している機構も含めて、今回は気分安定薬の共通メカニズムを蛋白リン酸化、遺伝子への作用を中心にまとめる。
key words :protein kinase C, calcineurin, GAP-43, MARCKS (Myristoylated Alanine-Rich C Kinase Substrate), glycogen synthase kinase-3β


■原著論文
●意識下と意識上での情動処理における扁桃体の機能
― 一側側頭葉切除例からの知見 ―
佐 藤  弥、久保田泰考、扇 谷  明 
 ヒトの扁桃体が、意識下(刺激が意識的に知覚されない)・意識上(刺激が意識的に知覚される)の情動処理のそれぞれの段階においてどのような機能を果たすかは不明である。この問題を検討するために、一側側頭葉の切除を受けた症例6名を対象として、不快あるいは中性のカラースライド刺激を、閾下あるいは閾上呈示する実験を行った。情動活動の指標は、両腕から導出される皮膚電位反応とした。その結果、閾下条件では、刺激が健常な半球に入力された場合には情動の効果(不快>中性)が示されたが、切除を受けた半球に入力された場合には情動の効果は示されなかった。一方、閾上条件では、刺激が健常な半球・損傷を受けた半球のどちらに入力された場合にも、情動の効果は示されなかった。以上の結果から、ヒトの扁桃体が意識下の情動処理に不可欠であることが示される。また、意識上の情動処理では、扁桃体が遂行する情動処理が顕在化されにくくなることが示される。
key words :amygdala, emotion, unilateral temporal lobectomy, subconscious process, skin potential response