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●順序動作の制御機構
丹 治  順
 動作の順序を正しく制御することは生活の必須条件である。順序制御は一連の複合的な動作、つまり連続動作における個々の要素の順序を定めるときにも必要であり、他方複数の動作を1つずつ間隔をおいて行うときに、その順序を決めるときにも必要である。順序制御を行うための脳の機構は極めて複雑である。順序制御には大脳皮質の広汎な領域や、大脳基底核、小脳の働きが必要である。この章では大脳皮質の働きを中心に、脳がどのようにして順序制御を行うかを解説する。大脳の一次運動野や高次運動野は、順序制御に関して、それぞれ異なった役割を有する。その実態は、脳細胞活動の解析結果によってしだいに理解されてきた。
key words :sequence control, sequential movements, cerebral cortex, supplementary motor area, presupplementary motor area

●運動動作の学習における大脳基底核の役割
木 村  實
 大脳基底核は、補足運動野、運動前野や頭頂葉などから運動のコントロール情報を担う小脳や一次運動野に向けて送られる運動発現のための情報を、強力な抑制作用によって整理して、現在の文脈に適当な行動を選択する役割を担っている。近年、大脳基底核が運動の学習、特に運動手続きの学習と記憶に必須の役割を担うことを示す実験的、理論的な知見が多く得られており、そのメカニズムの解明に注目が集まっている。実験的には、行動の学習に伴って、線条体のニューロンが活動様式を大きく変容すること、線条体の機能ブロックによって運動手続きの学習が特異的に障害されること、線条体へ投射する中脳ドーパミンニューロンの活動が報酬の予測誤差情報を担っている可能性が示唆されていること、中脳ドーパミンニューロンの活動が報酬の予測誤差情報を担っているとすると強化学習仮説の理論と良く一致することなどである。
key words :basal ganglia, procedural learning, reinforcement learning, dopamine, striatum

●順序動作の学習の脳内ネットワーク
中 原 裕 之、銅 谷 賢 治、彦 坂 興 秀 
 本稿では、計算理論の立場から、順序動作の学習・制御に関わる脳内ネットワークについて概説する。我々は、実験・理論研究を合わせて行うことによって、順序動作の学習・制御のための脳内ネットワークに関する仮説(多重表現仮説)を提案した。本稿では、まず大脳皮質-基底核回路を中心にこの仮説を概説する。次に、大脳皮質-小脳回路も含めて議論する。また今後の研究課題についても触れる。
key words :procedural memory, cortico-basal ganglia loop, pre-supplementary motor area, reinforcement learning

●小脳と運動学習 : fMRIによる研究
今 水  寛 
 学習課題を行っているときの人間の小脳活動を非侵襲的に計測した研究では、学習初期に小脳の広い範囲に活動が見られ、被験者のパフォーマンスが向上するにつれて、活動範囲が縮小することが確認されている。これらの結果は、「小脳皮質は学習の初期にのみ重要な役割を果たし、練習によって獲得された記憶は、脳の別な場所に蓄えられる」という説を支持し、小脳が記憶の座であるという説を否定しているように考えられてきた。本研究は、学習中の人間の小脳活動をfMRIを用いて計測し、@誤差を反映する活動とA学習の結果獲得された内部モデルを反映する活動が分離できることを明らかにした。この結果は、計算理論と神経生理学において提案されてきた小脳の学習スキーマが、非侵襲計測でも検証可能であることを示唆している。
key words :cerebellum, computational theory, internal model, functional magnetic resonance imaging(fMRI), cognitive learning

●運動学習の脳内機構:PETによる解析
川 島 隆 太
 本研究の目的は運動学習と学習に与えるフィードバックの影響を検討することである。ポジトロンCT装置を用いて、古典的心理実験で用いられていた、閉眼状態で10cmの線を連続して引く課題を遂行中の、局所脳血流量の変化を計測した。運動の結果に対するさまざまなフィードバックを与える課題を設定し比較検討を行った。
 運動感覚野、運動前野、補足運動野、前頭前野、頭頂連合野、帯状回、基底核などに、全ての線引き課題で血流増加を認めた。これらの領域は線引き運動の制御に関連する活動である。学習完了後には、学習前と比べて、大脳右半球の外側前頭前野、後頭連合野、左基底核に有意な血流増加を認めた。これらの領域は、10cmの線を引くための運動の記憶と関係する。課題遂行中に運動学習が生じたフィードバックあり課題では右半球の下頭頂小葉と帯状回に有意な活動を認めた。これらの領域は運動学習における結果の知識の解析に関与する。
key words :knowledge of results, motor learning, PET, human, inferior parietal

●基底核疾患と運動学習障害
―パーキンソン病における随意運動障害と運動学習障害を中心に―
丸 山 哲 弘
 基底核疾患による随意運動障害と運動学習障害について、わが国で診る機会の多いパーキンソン病をモデルとして論じた。基底核は随意運動において主として運動発現と運動調節に関与し、さらに繰り返される運動学習によって習熟動作を成立させ、最終的には円滑で自動的な行動の獲得に重要な役割を演じている。パーキンソン病では、単純動作における反応開始や運動時間の遅延の病態を解明するために、随意運動の発現に関わる運動の準備、プログラム化、遂行の各段階について実験的に検証されているが、まだどのレベルの異常であるのか明らかではない。また、パーキンソン病では、随意運動のなかで複数の運動プログラムが関わる順序動作が障害されることが生理学的に証明されている。最新の非侵襲的な脳研究によって、順序動作障害の発現機序として基底核と強い神経線維連絡をもつ補足運動野の賦活化障害が次第に解明されている。最後に、本疾患の運動学習障害について、追跡回転盤学習と順序動作学習の検討から、技能獲得の障害に絡む基底核および前頭前野の問題に焦点をあてて考察した。
key words :basal ganglia, Parkinson's disease, voluntary movement, motor learning, sequential movement, sapp lementary motor area, pref rontal cortex

●運動機能の側面からみた学習障害児
神 山  潤
 学習障害(learning disabilities : LD)は医学的な診断名というよりは、教育措置的名称として用いられることが一般的である。教育的診断としてのLDには、疾患としてはDMS-IVの(1)学習障害、(2)発達性協調運動障害、(3)コミュニケーション障害、(4)注意欠陥多動性障害、(5)広汎性発達障害、が含まれる可能性がある。LD児の一部(低出生体重(+)、夜尿(+)、言語発達の遅れ(−))に「不器用」(神経微徴候陽性)な児が存在する。またLD児のなかで原始反射が持続している一群に対し、その原始反射を繰り返す運動を続けさせたところ、出現する原始反射の程度が軽減するとともに読解能力が改善したという報告があり、原始反射そのもの、あるいはその抑制に関わる神経系が、学習能力の発達に影響する神経系の成熟に重要である可能性を考えた。小脳や脚橋被蓋核の機能的異常が「不器用」なLD児に存在する可能性を指摘した。
key words :learning disabilities, motor skill, primary reflex, asymmetrical tonic neck reflex, neurologic soft sign, clumsiness