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■特集 物質依存症の現状と治療 I

●医療モデルの違いとしての精神作用物質依存症治療
和田清
 伝統的医療は,受診者が来ると診察し,治療を施し,入院治療の場合には治してから退院させるという一種の自己完結性を原則としてきた。その伝統的医療モデルの呪縛のせいか,医療従事者も患者も家族もその関係者も,精神作用物質依存症候群(以下,薬物依存症)の治療に際して,医療行為だけでの治療的完結を当然のことのように考えてきた節がある。しかし,薬物依存症治療の目標は,社会生活を送りながら断薬を続けていくことにあるのであり,日常生活の中での患者自身による自己コントロールが重要となる。また,そもそも薬物依存症に陥った原因は薬物乱用を繰り返した自身にあるのであり,「回復」のためには自身によるhabilitation(社会参加に向けた訓練)が不可欠である。このような「モデルの違い」に気づいた時,医療従事者は必要以上の忌避的態度も気負いもなく薬物依存症治療にあたることができる。それにしてもダルクに頼らざるを得ないわが国の治療システムは問題であり,治療共同体の早期設置が不可欠である。
Key words: drug dependence, drug abuse, drug intoxication, treatment, model

●物質依存の時代変遷と現状
尾崎茂
 日本の社会が初めて深刻な薬物問題に直面したのは,戦後の第一次覚せい剤乱用期であった。現在は第三次乱用期にあり,覚せい剤乱用問題は諸様相を変えながらも依然として薬物関連問題における最も重要な地位を占め続けている。薬物関連精神疾患における使用薬物としても覚せい剤は最も頻度が高く,精神医療の現場では症状の慢性化・長期化が問題である。またMDMAとともに,ATS(アンフェタミン型中枢刺激剤)問題としてアジア地域のみならず世界的な薬物問題となっている。一方,1970年代後半から“シンナー遊び”として全国に拡がった有機溶剤乱用は,現在は下火になりつつあるが,依然として最も入手しやすい精神作用物質であり,乱用開始年齢も低く,規制薬物乱用のgateway drug(入門薬)として軽視できない。また近年,大麻乱用も拡大しつつあり,欧米諸国のように大麻がgateway drugとしての役割を担う可能性も高い。これらの薬物乱用に対しては,法規制のみならず,依存症からの回復を目的とする社会的資源の整備が急がれる。
Key words: methamphetamine abuse, organic solvent abuse, amphetamine type stimulants (ATS), cannabis abuse, gateway drugs

●青少年の物質依存と現状
鈴木健二
 物質乱用は思春期からスタートする。薬物問題は思春期特有の心理とセットになっていることを理解することが重要である。青少年の物質乱用は時代とともに変化しており,今は非行問題としてとらえることができなくなっている。「気分を変える」というキーワードが重要であり,青少年が簡単に薬物を手に入れることができる社会状況もある。青少年はタバコ・アルコールと同じ感覚で,覚せい剤などの違法性薬物の使用を始めており,過食というaddiction(嗜癖)行動ともリンクする様相を呈している。中学生・高校生の調査において,喫煙している者や飲酒している者の中には高い頻度で,有機溶剤・大麻・覚せい剤の使用経験者が含まれていた。このことは,青少年の薬物問題に対しては,タバコ,飲酒,違法性薬物と結合させた対策が必要であることを示している。
Key words: adolescent, substance abuse, addiction, problem drinking, novelty seeking

●物質依存・乱用とインターネット情報
河本勝 野村総一郎
 インターネット経由で購入した物質の乱用について,マジックマッシュルーム,GHB,5-MeO-DIPT,向精神薬,ダイエット食品を例に挙げ,これまでに論文発表された事例を通してわが国における最近の実情を紹介した。本人または家族からの情報なしには正確な物質分析が困難であり,精神科臨床の事例になりにくい面はあるものの,症例報告として情報を蓄積・共有する必要があること,インターネット等を介した医薬品個人輸入の現行体制には問題があると思われること,インターネットの功罪,さらに食品中の医薬品成分の問題および厚生労働省等の取り組み,といった点に触れながら,精神科医にはどのようなことが求められているのかについて論じた。
Key words: substance abuse, substance dependence, substance use disorders, internet, private importation

●Methylphenidateの乱用・依存とその治療
佐藤裕史 一瀬邦弘 中村満
 Methylphenidate(MPD)は,ナルコレプシーと多動性障害に対する重要な治療薬であるが,保険適応はうつ病とナルコレプシーのみで,昨今の抑うつ状態の遷延化に伴い処方が増加している感がある。北米ではMPDの嗜癖・依存を否定する論者があり,本邦でもMPDへの懸念は少なかった。しかし近年インターネット上の売買等でMPDを入手し乱用する例が増加している模様で,中毒死の報道後にわかにMPDが問題視されるようになった。そこで,MPDの依存・乱用や処方の背景を概観し,自験例5例を提示した。症例はすべて他院処方のMPDの依存・乱用例で,中毒性精神病の病像を呈したものが多かった。症例の検討を通じてMPD依存・乱用例に共通した問題点を論じ,さらにMPD依存の医原症的側面に触れ,薬物依存傾向のある者に対する安直なMPD処方には,医学的のみならず法的にも疑義の大きいことを指摘した。
Key words: methylphenidate, abuse, dependence, treatment

●ベンゾジアゼピン系薬剤の依存性について
井澤志名野
 Benzodiazepine(BZ)は,安全な薬物として認知され広く使用されているが,大量使用の退薬時に,精神病症状やてんかん様発作など激しい退薬症候を呈すること,乱用例があるなど,barbiturates-alcohol型依存をきたす。しかし,乱用,医療外使用,大量使用のケースが少ないなど,依存物質としてのポテンシャルの弱さゆえ,他の依存物質と同等に扱うことはできない。一方,嗜癖としての繰り返しの使用と臨床用量でも長期間継続して使用した場合の退薬時に反跳現象・退薬症候が出現する,という医療の場にある臨床用量依存に焦点が絞られ,社会的な問題として議論がなされてきた。長期使用による精神機能への影響も併せ,BZへの否定的な見解が数多いが,生活に結びつき,QOLを向上させる役回りを果たす価値を低く見積もることはできない。医療者・患者ともに,BZの正しい情報を明言化しあい,より正しく安全に使いこなすことを重視したい。
Key words: benzodiazepine, dependence, long-term, withdrawal, QOL

●新しい乱用薬の薬理
仙波純一
 最近若者のあいだで乱用されているいくつかの新しい乱用薬について,その薬理作用と臨床効果を解説した。インターネットなどで違法に売買されている薬物(いわゆる“脱法ドラッグ”)は,デザイナー・ドラッグとよばれる人工的に合成された幻覚薬である。多人数のダンスパーティーなどで使用されることからクラブ・ドラッグなどともよばれることがある。Psilocybinやmescalineをもとに合成されるものが多く,その代表であるMDMA(3,4-methylenedioxymethamphetamine)はセロトニンとドーパミンの両神経伝達系に作用し,幻覚作用とともに中枢刺激作用も有していると考えられる。中枢作用の不明なN,N-diisopropyl-5-methoxytryptamine(5MeO-DIPT)などの乱用も増加している。これらの薬物以外に,解離性の麻酔薬であるphencyclidineやketamine,あるいはephedrineの誘導体を含む鎮咳薬,γ-ヒドロキシ酪酸(γ-hydroxybutyric acid:GHB)などの乱用についても論じた。
Key words: club drug, designer drug, γ-hydroxybutyric acid (GHB), MDMA, 5MeO-DIPT

●物質依存症の入院治療
成瀬暢也 高澤和彦
 埼玉県立精神医療センターでは,物質依存症の入院治療をアルコール依存症の集団教育プログラムの応用という形で実践している。入院をT期治療(中毒・離脱症状の治療)とU期治療(依存症自体の治療)に分け,U期は,8週間の教育プログラムへの参加を主としている。治療において,小沼の「薬物渇望期」に見られる情動不安定さを,依存症の症状として認識し,慎重に対処すること,また,依存症の性質上,規則正しい入院生活を通して行動修正を進めていくことが重要である。ただし,教育プログラムに機械的に導入するだけでは,期待した効果は得にくく,多職種によるチームアプローチが重要である。入院治療の目的を明確にし,その目的を達成するべくチームで関わり,退院後も医療機関で完結せず,自助グループやリハビリテーション施設などとのネットワーク全体の中で,患者の回復を見守ること,さらに新たな社会資源を創出し,ネットワークを広げていくことが重要である。
Key words: substance abuse, inpatient treatment, team approach

■研究報告

●Risperidone投与を契機に,多剤併用で低体温を繰り返したと考えられる統合失調症の1例
村田英和 平野茂樹 中井康文
 長期にわたって定型抗精神病薬を多剤併用服薬中の患者が,risperidoneを追加されたことを契機に低体温を繰り返した。初回はrisperidoneの追加服薬で35℃未満(水銀体温計で測定不能)に,2回目は32℃未満(電子体温計で測定不能)の体温にまで低下したが,服薬中止と加温にて速やかに改善した。その後risperidoneを除く,他の定型抗精神病薬が再開された際も29℃の低体温となり,ICU入室となった。原因としてドーパミン受容体が長期に遮断されている状態の患者に,セロトニン・ドーパミンアンタゴニストであるrisperidoneが投与されたために,体温中枢へのセロトニン刺激が減少したことが契機であると考えられた。今後非定型抗精神病薬との併用や切り替えには,薬物相互作用への十分な考慮が必要であると思われる。
Key words: hypothermia, risperidone, serotonine, antipsychotic drug

■臨床経験 

●Refeeding syndromeを呈し,多彩な精神神経症状を認めたanorexia nervosaの一例
佐藤晋爾 太刀川弘和 水上勝義 朝田隆 畑中公孝
 極端な低栄養状態のために入院後,栄養投与を開始してから低リン血症を呈し,アメンチア,けいれん,眼振,筋力低下など多彩な精神神経症状を認めた1男性例を提示した。長期にわたる低栄養状態下にあった患者に栄養投与を急ぐと,神経・筋系,循環器系などに重篤な症状を引き起こすいわゆるrefeeding syndromeを発症したものと考えられた。精神科臨床においては,摂食障害に限らず,妄想の影響下に長期に拒食だった精神障害者を全身管理する際などに同様の状態像と遭遇する可能性がある。時に致死的となる本症候群の発症に留意すべきと考えられた。
Key words: refeeding syndrome, hypophosphatemia, anorexia nervosa, neuropsychiatric symptoms

●Paroxetine単剤投与が有効であったナルコレプシーの1例
三津谷秀芳 元村英史 中川雅紀 小森照久 城山隆 浜中健二 岡崎祐士
 ナルコレプシーの薬物治療として,眠気に対しては中枢神経刺激薬が使用され,カタプレキシーには三環系抗うつ薬を使用するのが一般的であるが,副作用や依存が問題となることが多い。欧米では選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)と中枢神経刺激薬の併用投与を試みることが多いが,本邦ではSSRI投与の治療評価は十分になされておらず,SSRIの単剤使用の報告も少ない。今回われわれは,ナルコレプシーに対しparoxetine単剤が有効であった1症例を経験した。Paroxetine30mg/日の投与にて自覚症状が改善し,Multiple Sleep Latency Test(MSLT)では,睡眠潜時の延長とともに4回の記録のうち4回すべてでみられた入眠期REMの消失が確認された。ナルコレプシーの治療においては長期の内服を余儀なくされることが多く,副作用の少ないparoxetineの単剤使用を積極的に試みる価値があると考える。
Key words: polysomnography, narcolepsy, paroxetine, multiple sleep latency test

●Clobazam投与により発作頻度の減少とともに精神症状の出現が問題となった側頭葉てんかん3症例
前川敏彦 住田靖尚 小嶋享二 門司晃 森良信
 Clobazam(CLB)投与によりてんかん発作の頻度は減少したが,精神症状が出現したために抗精神病薬投与や精神科入院治療が必要となった側頭葉てんかん3症例を経験した。3症例ともCLB投与後数週間以内にてんかん発作は抑制されたものの,不機嫌,興奮,行動異常などのために抗精神病薬の投与や精神科入院が必要となり,症状改善には半年〜1年を要した。精神症状出現の原因として,@CLBや,その代謝産物であるdesmetylclobazam(DMCLB)による薬原性の可能性,A挿間性精神症状の可能性を推測した。特に症例2では,periictal psychosis症例にCLBを投与したことで一時的に精神症状を悪化させたが,その後のてんかん手術によって海馬そのものを切除した結果,てんかん発作,精神症状とも改善したと考えた。CLB投与後数ヵ月は精神症状の出現に注意し,精神症状が出現した場合は早期に適切な対応が必要であると思われた。
Key words: clobazam, temporal lobe epilepsy, excitement, agitation

●服薬コンプライアンス不良のために継続治療が困難であった統合失調症患者に対するrisperidone内用液の使用経験
奥村匡敏 湯川直紀 藤内真一 今出徹 篠崎和弘
 昨年,国内で初の非定型抗精神病薬の液剤としてrisperidone内用液が導入された。急性期治療におけるその有効性を指摘した報告は多いが,服薬コンプライアンス不良症例に対する使用経験の報告は少ない。本稿では,外来にて服薬コンプライアンス不良のため継続治療が困難であった統合失調症5例に対してrisperidone内用液を告知投与した経験を報告する。結果として,risperidone内用液の使用前後において服薬コンプライアンスの改善を認めた。その理由として,効果の認識の獲得と飲みやすさが考えられた。これらの経験から,われわれはrisperidone内用液が統合失調症治療でみられる服薬コンプライアンス不良症例に対応するための一助となる可能性を考えた。
Key words: risperidone oral solution, non-compliance, schizophrenia, maintenance treatment