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■特集 精神科における“てんかん”の診方 (II)

●てんかんと妊娠
兼子直 和田一丸
 抗てんかん薬服薬中の女性から出生した児に認められる奇形頻度は一般人口の児に比較し有意に高率であり,抗てんかん薬の投与量が多いほど,また併用薬剤数が多いほど奇形発現率は高まる。妊娠可能てんかん女性の治療にあたっては,妊娠前カウンセリングによって,妊娠中の発作,薬物の催奇形性,てんかんの遺伝性などについて十分な説明を行うべきである。また,妊娠中には,抗てんかん薬は必要最小限の量をできるだけ単剤で投与すべきであり,胎児モニタリング,薬物血中濃度,葉酸の測定が重要となる。本文中に表示した「妊娠可能てんかん女性の治療ガイドライン」に配慮することにより,服薬てんかん妊婦においても従来より一層安全な妊娠・出産が可能になると考えられる。
Key words: epilepsy, pregnancy, antiepileptic drugs, teratogenesis

●非けいれん性てんかん重積状態における精神症状
西田拓司 井上有史
 非けいれん性てんかん重積状態は発作時に他の精神科疾患との鑑別が必要となるような精神症状を呈することがある。感情,態度,思考,記憶,意識そして行動といった人間の高次脳機能の多くが影響を受け得る。Lennox,Gastaut以来,脳波検査,特にビデオ脳波同時記録の発展とともにその臨床症状もより理解されるようになり,多くの欠神発作重積状態と複雑部分発作重積状態の報告がなされ,それらの詳細な研究が行われてきた。また,精神病症状を呈する非けいれん性てんかん重積状態の報告は少ないが,これらの知見は精神病症状の発生機序に貴重な情報を与えてくれる可能性がある。今後,さらに臨床症状の知識が増え,脳波所見との比較がなされるにつれ,これらの病態に基づく精神症状の理解が深まっていくものと思われる。
Key words: mental symptom, behavioral symptom, nonconvulsive status epilepticus, complex partial status epilepticus, absence status epilepticus

●慢性てんかん性精神病
松浦雅人
 てんかん性精神病のうち慢性経過を示す例の比率は28〜64%などが報告されている。抗精神病薬投与や臨床発作の消長との関連なしに発病する精神病は,慢性経過をとることが多い。発作後精神病あるいは急性・挿間性精神病を繰り返し,やがて慢性化する例も6〜16%みられる。統合失調症と比較すると陽性症状の程度や陰性症状の性質が異なるとする指摘もあるが,適用した操作的診断基準によって慢性てんかん性精神病の9〜53%が統合失調症と診断され,精神病症状から両者を明確に区別することは困難である。側頭葉てんかんや脳器質性障害の存在は,精神病の慢性化の要因になるとの報告がある。ICD-10の器質性精神病,あるいはDSM-Wの一般身体疾患による精神病は,そのままてんかん性精神病に適用するのは問題があり,その臨床的意義も少ない。
Key words: epileptic psychosis, inter-ictal psychosis, schizophrenia-like psychosis, organic psychosis, psychosis due to epilepsy

●急性挿間性精神病と交代性精神病
足立直人
 急性挿間性精神病は,先行する発作の有無により発作後精神病と発作間欠期精神病に分かれる。発作間欠期精神病では,急性挿間性精神病と慢性精神病を比較した研究は少なく,その病態は不明な点も多い。一方,発作後精神病は独立した病態と考えられる傾向にある。これらの急性挿間性精神病は,1ヵ月以内の持続で消退するが高い再発率を示す。
 交代性精神病は,てんかん発作と精神病症状が交代に出現し,強制正常化脳波所見が観察される病態を指す。発作間欠期の急性挿間性精神病に含まれる。近年抗てんかん薬の関与が提唱されているが,その病態は不明なことが多い。
Key words: epilepsy, psychosis, acute episodic psychosis, alternative psychosis, forced normalization

●発作後精神病と“aura continua”
深尾憲二朗
 精神科臨床において遭遇するてんかん関連精神症状としての発作後精神病と“aura continua”について概説した。まずそれぞれの概念・用語と研究の現状を俯瞰し,次に自験例を紹介して解説した後,治療と予後について述べた。最後に発作後精神病と“aura continua”に関連する諸問題を,@発作後疲弊説(Jackson)の当否,A辺縁系持続放電仮説,B宗教的幻覚妄想状態,C憤怒発作の4項目に分けて論じた。
Key words: post-ictal psychosis, aura continua, lucid interval, epilepsy, psychiatry

●てんかん性不機嫌状態
渡辺裕貴 渡辺雅子
 てんかん性不機嫌状態は難治なてんかんに多く見られる挿間性の精神症状の一つであり,発作の前に出現することが多い。側頭葉てんかんに多いとされるが,他のてんかんでも見られることがある。発生機序として発作に至らない程度の辺縁系の異常な賦活を想定しているものもあるが,完全に明らかになっているわけではない。不機嫌状態が見られるときには刺激しないことが肝要であるが,他人に対する攻撃的言動が激しくなると時には暴力に及び,薬物による鎮静が必要となることがある。てんかん性不機嫌状態が頻発するようであれば,薬物治療が適切であるかを今一度見直す必要がある。
Key words: epileptic dysphoric episodes, temporal lobe epilepsy, interictal discharge, limbic system, antiepileptic drugs

●反射てんかん ―認知活動で誘発される発作を中心に―
藤山航 大野高志 松岡洋夫
 反射てんかんとは,ある特定の事象によって繰り返してんかん発作が誘発される場合をいうが,その誘因によって感覚誘発性と認知誘発性に2大別される。病因と発作型を軸にした国際てんかん分類では反射てんかんの位置づけは不十分であり,各反射てんかんの誘因の基底にある神経機構の解明が今後の課題である。反射てんかんを正確に診断するには,誘因の詳細な分析と発作型の把握が重要で,誘因の特定には個々の症例において脳波検査の際に特殊な脳波賦活を必要とすることが多い。特に,認知誘発てんかんでは,黙読,音読,自発語,書字,筆算,暗算,構成行為などの認知活動を体系的に賦活する神経心理学的脳波賦活法が診断に有用である。治療的には,反射てんかんでは誘因の除去を目的とした抗てんかん薬治療以外の治療も重要で,患者の行動特性や生活習慣への配慮,ストレスや不安への行動療法的アプローチも含めた対処が求められる。
Key words: cognitive function, neuropsychological EEG activation, reflex epilepsy, reflex seizure

●てんかんからみた精神病理学 ―特に前兆体験に着目して―
兼本浩祐 多羅尾陽子
 主観的体験である前兆を主題として,生物学的に疾病が解明されることは,精神病理学的な構えと二律背反となるのかという問題を論じた。てんかんの前兆のような複雑な経験の場合,どのように主観的に患者がその病を被っているのかを,言語的に再構築しようとするには精神病理学的な構えが必要であることを指摘した。
Key words: epilepsy, psychopathology, pain, aura

■研究報告

●パニック障害における臨床像と発症時期との関連
池谷俊哉 長尾浩史 南川直三 志田尾敦 福原秀浩 永田利彦 切池信夫
 パニック障害において臨床像と発症時期との関係については一致した見解が得られていない。さらに発症時期による人格障害のcomorbidityについて比較研究した報告はない。今回,パニック障害患者91例を発症時期により2群に分類し,Structured Clinical Interview for DSM-V-R(SCID)によって評価した人格障害のcomorbidityや臨床像を比較,検討した。その結果,早期発症群(発症年齢25歳以下)は遅発発症群に比べて,臨床症状が重症で経過が遷延化しやすい可能性が示唆された。さらに早期発症群において人格障害,特にクラスターBに分類される人格障害の合併が高率であった。人格障害の合併は経過の遷延化につながるという既報告を考えるとパニック障害患者,特に早期発症患者において人格障害のcomorbidityを検討し,これに焦点を当てた治療を行うことが,パニック障害に対する治療効果を向上させ,経過の遷延化を防ぐことにもつながるものと考えられた。
Key words: panic disorder, age at onset, severity, personality disorder

■臨床経験

●自殺企図後に出現したせん妄の軽快に伴い抑うつ状態も改善した1症例
大村慶子
 身体合併症のある患者はしばしば抑うつ状態を伴い,その原因は複数の要因が関係していることが多く,診断が困難であることが多い。今回,腎不全で腹膜透析を行っている患者(57歳,男性)が,心不全と肺胞出血を合併し内科入院中に自殺を企図し,企図後はせん妄が出現し,quetiapineを投与したところせん妄の軽快とともに精神症状も改善していた症例を経験した。本症例は経過のなかで抑うつ,せん妄などの症状の多様性が認められており,診断と治療を考えるうえで様々な要因を考慮することが必要であった。肺胞出血による低酸素の身体的要因,その治療薬のステロイドの要因,次々と疾患が合併したことによる身体症状によるストレスの心理的要因など複数要因が考えられ,回復の仕方から意識障害の観点を含め検討することが重要な点であった。
Key words: disturbance of consciousness, delirium, quetiapine fumarate, depression

●てんかん精神病における抗てんかん薬の単剤化およびrisperidone・propranololの併用療法が病状の安定化に有効であった1症例―発作の抑制,幻覚・妄想の改善および情動の安定化(衝動性・易怒性の安定化)の視点から―
谷川真道 城間清剛 古謝淳 宮里好一 田村芳紀
 56歳の男性。診断はてんかん精神病。複雑部分発作,精神運動興奮,幻覚・妄想状態および情動の安定化目的にて,抗てんかん薬および向精神薬による治療を22年間受けている。些細なことから気分が変動しやすく,不機嫌,焦燥感,易怒性,攻撃性などの症状が月に3〜4回,発作の出現や幻覚・妄想状態の悪化が月に1〜2回程度認められていた。発作の抑制,幻覚・妄想状態の消退および不機嫌,焦燥感,易怒性,攻撃性などの症状改善目的にて,薬物療法の調整を行うが,過鎮静,嚥下障害,便秘,運動失調などの症状が出現し,Activities of Daily Living(ADL)の低下が容易に見られる症例であった。そのために,carbamazepineの単剤化および,risperidone,propranololの併用療法を試みたところ,発作や幻覚・妄想が消退し,情動も安定したため,てんかん精神病の病状の安定化に有効な治療法の一つであることが示唆された。
Key words: epileptic psychosis, risperidone, propranolol, combination-therapy

●体感幻覚を伴う大うつ病性障害にmilnacipranとolanzapineの併用が有効であった1症例
辻井農亜 花田一志 江川哲雄 田村善史 人見一彦
 Olanzapine,milnacipranの併用療法が有効であった体感幻覚を伴う大うつ病性障害の1症例を報告した。Milnacipran単独では改善が得られなかったが,olanzapineの追加投与により1週間を過ぎる頃には体感幻覚が改善し,次第に不安焦燥感,抑うつ気分も改善されていった。Olanzapineはmulti acting receptor targeted antipsychotic(MARTA)といわれる薬剤である。その作用機序として5-HT2A受容体親和性がD2受容体親和性よりも大きいことが特徴であり,mood-stabilizerとしての作用があるともいわれる。錐体外路症状などの副作用の少ないolanzapineを併用することは,抗うつ薬単独での治療が難しい精神病性の特徴を伴う大うつ病性障害に対して一考に値するものと思われる。
Key words: olanzapine, milnacipran, depression, cenesthopathy

●高齢者の非分裂病性精神障害に対するrisperidoneの臨床効果
平佐佳代 石田康 宮原恵美 西田深雪 槙英俊 徳丸潤 植田聡美 三山吉夫
 高齢者の非分裂病性精神障害に対するrisperidoneの臨床効果を検討した。観察対象とした21例中18例は,投与前に認められた,せん妄・興奮・粗暴行為などの精神症状や問題行動が改善した。目標症状改善例におけるrisperidoneの投与量は0.5〜3mg/日(維持投与量0.5〜2mg/日)で,効果発現潜時は1〜18日目と個人差があった。副作用として,6例で眠気,その他,手指振戦・ふらつきを各1例に認めたが,いずれも軽度であった。21例中,持続性妄想性障害の2例では症状改善を認めず,反復性うつ病性障害の1例ではむしろ症状増悪した。結果から,統合失調症に対してと同様,risperidoneが高齢者の非分裂病性精神障害に対しても,陽性および陰性症状の一部に改善効果をもたらすものと考えた。
Key words: elderly, nonschizophrenic patient, risperidone

●個人輸入によるfluoxetine服用に基づき精神病症状を呈した一例
西澤章弘 井上雄一 新井平伊
 症例は38歳の女性。選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)であるfluoxetineを個人輸入により使用して,3度にわたり幻覚妄想症状,躁症状などの精神症状を呈した。このうち2,3度目の病相は長期間遷延したが,いずれの病相も起因薬剤の中止と対症療法により寛解した。経過からみて,fluoxetineによる内因性精神病の惹起ないしは薬剤性精神障害と考えられた。副作用としての精神症状の発現がSSRIの中でfluoxetineが最も高頻度であることを考え合せると,本剤の個人輸入による安易な使用には注意を要すると思われた。
Key words: selective serotonin reuptake inhibitor(SSRI), fluoxetine, drug induced psychosis, delusion and hallucination, manic state

●Paroxetineの退薬症候と考えられるインフルエンザ様症状を呈した2症例
杉原徳郎 井上雄一
 Paroxetineの服薬中断により,重度のインフルエンザ様の退薬症候を呈した2症例を報告した。両症例はparoxetineの長期服用者で,paroxetineの中断数日後に,倦怠感,頭痛,全身の激しい関節痛,くしゃみなどのインフルエンザ様症状が出現するとともに,嘔気,食欲不振の消化器症状,若干の不眠,集中力低下,意欲低下なども生じた。これらの症状はparoxetineの再服薬数時間後にはすべて消失した。Paroxetineを中断した時には,中断後数日経ってから退薬症候が出現することがあり,しかも時にはインフルエンザ様症状という予測しにくく,かつ見誤りやすい症状が出現する可能性があるということ,また,それらの退薬症候は最小投与量であっても出現しうることを,治療者はもとより服薬する患者にも啓発し,paroxetineをはじめとしたSSRIの安全な使用方法を確立させていくことが必要であると考えられた。
Key words: paroxetine, selective serotonin reuptake inhibitors (SSRIs), withdrawal syndrome, influenza-like syndrome