■第1章 気分障害の診断

●気分障害診断の実際―伝統的診断と操作的診断の意味―
張賢徳 広瀬徹也
 気分障害の診断について,伝統的診断と操作的診断の意義と問題点を考察した。伝統的診断を「操作主義が確立された診断(DSM―(III)など)より前の診断」と考え,論を進めた。伝統的診断の特徴は病因論的仮説も取り入れて,多次元的視点から診断を行うことにある。日本では第二次大戦後,ドイツ流学説とアメリカ流学説が急激に交わったために,独自の伝統的診断の発展が阻害されたように思われる。しかし,そういう状況下にあっても,1975年に発表された笠原―木村の分類は注目に値する。一方,操作的診断は仮説を排して症候学的記述主義に徹している。これは営々と築かれてきた精神病理学の知見や病因論的仮説をすべて御破算にする破壊者のようにも映るが,学派や経験年数を超えて受け入れられやすい記述症候学を重視することによって,精神医学の門戸を大きく開いたことは重要な意義といえる。ただし,操作的診断を絶対視することは誤りである。それはゴールデンスタンダードではない。実証研究を始めるために,ひとまず症候学的分類に拠った診断であることを認識すべきである。それをもとに疾病論が展開されることになる。その際,やはり概念構成を行う必要があり,伝統的診断が取ってきた視点が求められるであろう。
Key words:mood disorders,“classical”(non―operational)diagnostic system, operational diagnostic system, DSM as a “resetter” of diagnostic systems

●気分障害の亜型と治療に対する意義
宮岡等 吉邨善孝 増山浩一
気分障害の分類に関して,ICD―9,ICD―10,DSM―(IV),笠原―木村の分類などを概説した。ICD―10の気分障害は43個,DSM―(IV)は大うつ病性障害,単一エピソードだけで96個という多数の亜型を有することになるため,診断の目的を明確にして用いる必要がある。ICD―9や伝統的な診断では性格や先行する体験などの心理社会的側面まで考慮して診断を決定したが,DSMにおける多軸評定では疾患との関係を問わずそれらが記載される。そのため治療に必要な心理社会的側面と疾患との関係の評価が,前者では診断者に,後者では治療者に委ねられることになる。DSMではcomorbidityの評価も重要であり,これが適切に評価されなければ気分障害の分類や診断の意義は乏しい。
Key words: mood disorder, ICD―10, DSM―(IV), comorbidity

●DSM―(IV)に基づく気分障害の鑑別診断
村山賢一 染矢俊幸
気分障害の鑑別診断についてDSM―(IV)に基づいて記した。まず,一般身体疾患による気分障害,物質誘発性気分障害の鑑別を行うことが重要であり,それらが否定された場合に初めて,うつ病性障害(大うつ病性障害,気分変調性障害,特定不能のうつ病性障害),双極性障害(双極T型障害,双極(II)型障害,気分循環性障害,特定不能の双極性障害)等の診断が考慮される。これらの鑑別は,気分障害の各エピソード(大うつ病エピソード,躁病エピソード,混合性エピソード,軽躁病エピソード)の評価に基づく。特定の社会心理的ストレス因子を伴い,気分症状が比較的軽度である場合は適応障害,愛する人物の死に伴う反応である場合には死別反応がより適切な診断となる場合もある。また,ときに気分障害と鑑別が困難となる病態(精神病性障害,痴呆・せん妄,注意欠陥/多動性障害,解離性同一性障害),さらに,comorbidityの可能性にも留意すべきことを述べた。
Key words: mood disorder, DSM―(IV), differential diagnosis, comorbidity

●症状評価手技
瀬川和久 古川壽亮
精神症状評価手技には,自己式調査票・評価尺度・構造化面接がある。これらは,スクリーニング・診断・重症度評価・変化の測定・症状プロフィールの記述という5つの目的があり,それぞれの目的に応じて使用されなければならない。構成要素として,項目・症状・症状の説明・質問文・アンカーポイント・得点がある。さらに評価手技には,信頼性および妥当性という具備しなければならない特性がある。その特性を表現する統計的指標について,若干の説明をした。  後半では,気分障害に関して実際に使用される代表的な評価手技について,8つほど挙げて説明した。
Key words: rating scale, self―report questionnaire, structured interview

●気分障害の診断分類の対比―従来診断,DSM―(IV),ICD―10―
木村真人 下田健吾 森隆夫 遠藤俊吉
気分障害について,従来診断,DSM―(IV),ICD―10における診断分類の対比を概説した。従来診断における病因論的分類は,その歴史的背景とともに精神病理的な理解のうえで重要であるが,施設間での不一致や個々の精神科医の経験や関心のあり方によって診断が左右されるという問題がある。DSM―(IV)は膨大な臨床研究に裏づけされた操作的基準による診断分類と多軸診断が特徴であり,国際的な臨床研究では不可欠であるが,その診断の妥当性についてはなお議論が必要である。ICD―10は精神医学的伝統性の視点が重視され,診断ガイドラインはあるが,DSM―(IV)ほどの詳細な診断基準の項目はない。それぞれの診断分類には一長一短があり,今日の精神医学の現状では,各診断分類が成立した経緯や問題点を認識したうえで,それらを対比させながら議論を重ね,診断技術とその理解の向上を図ることが重要である。
Key words: mood disorders, diagnosis, DSM―(IV), ICD―10

■第2章 気分障害治療の基本

●治療計画(うつ病性障害):外来診療の実際
樋口輝彦
うつ病性障害の外来治療を行うにあたって考慮すべき基本的事項を整理した。まず第一に,入院治療か外来治療かを決定する必要があるが,その際の判断の根拠に自殺,身体の衰弱,合併症,家庭環境,難治性等があることを指摘した。次に外来治療のポイントを,(1)全般的注意点,(2)治療の目標に分けて整理した。全般的注意点としては,初診の面接の仕方,通院間隔,治療の目安,継続治療の期間等について触れた。治療の目標は第一に早期のうつ状態からの回復であり,第二に再発防止であることを示し,再発防止に果たす新規抗うつ薬の役割についても解説した。最後にうつ病性障害の治療における疾患教育の重要性を強調した。その主な内容は,(1)疾患に関する知識の教育,(2)治療の方法と方針に関する教育,(3)再発予防に関する教育である。
Key words: hospitalization, continuation phase, prevention, psychoeducation

●治療計画(うつ病性障害):入院治療
早川達郎 矢花孝文 塚田和美
うつ病の入院治療において重要と考えられる入院環境,身体管理,睡眠状態の観察と不眠に対する対応,難治例に対する対応,入院中の各時期における精神療法的対応,および退院時期の判定について,それぞれ具体的な対応を論じた。さらに,うつ病の家族教育についても言及した。うつ病の入院治療を成功させるためには,自殺の危険性に十分配慮しつつ,十分な安静が保てる入院環境を提供することが必要であり,また,身体合併症に対して,および治療によるリスクを最小限にするための適切な身体管理が求められる。それと同時に,患者および家族と良い治療関係を結ぶことが重要であり,そのためには十分な説明のもとに,薬物療法をはじめとした生物学的治療を適切に行うとともに,心理社会的な状況を考慮した患者本人・家族に対するアプローチが肝要である。
Key words: depressive disorders, inpatient treatments, management of suicidal idea, management of physical problems, psycho―social approach

●治療計画(双極性障害):外来治療
大坪天平
双極性障害は長期間に及ぶ障害である。また,適切な治療が行われないと,その個人はもちろん,周囲を巻き込んだ心理的,社会的,経済的障害の原因となりうる障害である。最悪の場合,自殺にもつながる。双極性障害の治療の基本は薬物療法であるが,薬物療法は,躁病相,うつ病相,維持期で異なるし,精神病像の有無,混合状態,rapid cycler化しているかどうかでも異なってくる。双極性障害の外来治療で,最も重要なことは,良好な医師・患者関係を基盤としたサイコエデュケーションであり,サイコエデュケーションを通して,薬物療法を継続させる(コンプライアンスの強化)ことである。ここでは,サイコエデュケーションと,いくつかの治療ガイドラインから薬物療法に関して総括して述べる。
Key words: bipolar disorder, guideline, algorithm, psycho―education, suicide

●治療計画(双極性障害):入院治療
塩江邦彦
双極性障害は病態が変化し,再発しやすく,経過が長期となる疾患である。そのため患者の経過に影響を及ぼす因子を評価した上で長期間にわたる治療計画を立てる必要がある。双極性障害患者における急性期の治療および再発予防には精神医学的マネージメントと薬物療法は不可欠であり,入院治療ではそれを重点的に行うことになる。双極性障害を根治せしめる手段がないことから,治療法の具体的な目標は気分障害エピソードの重症度,頻度,心理社会的転帰を改善し,エピソード間欠期の心理的負荷を軽減し,社会適応レベルを向上させることにある。治療内容を選択するべき項目として,精神医学的マネージメント,薬物療法,ECT,精神療法があり,これらを選択することで治療計画が立案される。本稿ではとくに入院治療の適応と「精神医学的マネージメント」を中心に解説する。
Key words: bipolar disorder, guideline, algorithm, hospitalization, mood stabilizer

●薬物療法を補完する小精神療法と社会復帰療法
笠原嘉
1970年代の経験をもとに書かれた「うつ病の小精神療法」を,その後の臨床経験を加えて膨らましたものである。「小」とするのは,フロイドの深層心理学よりジャネの生物心理学に依拠するところの簡便性を強調するためである。1970年当時に比し2002年現在,うつ病の薬物療法は着実に進歩しつつあるが,そのことがかえって難治患者への精神療法,さらには社会復帰療法の軽視を生んでいる。表現を変えれば,精神科・心療科のうつ病治療学は入口にいよいよ詳しく,出口にますます粗となっている。その反省に立って,ここでは薬物療法・精神療法とのからみで社会復帰論を展開してみた。思うに,軽症といえども社会力の回復あって初めて治癒といえるからである。また,統計と診断について数値による客観化,グローバリゼーションの叫ばれることに異論はないが,こと治療に関する限り地域性・土着性が本質的な要素であることに注目を促すのも,本論の意図の一つであった。
Key words: depressive disorders, psychotherapy, rehabilitation

●薬物選択の留意点
越野好文
薬物療法の目的は最小のリスクで,最大の効果を達成することである。そのためには患者の特性に基づいて,治療薬の特徴を活かした最適な薬物の使用法を決定する必要がある。大うつ病の薬物療法の際に注意すべき点を,(1)臨床診断(状態像,自殺のリスク,共存疾患),(2)年齢と性別,(3)一般身体疾患の合併,C心理社会的因子に分けて検討した。一般身体疾患の中では薬物動態に影響する肝疾患と腎疾患患者の薬物使用について,そして重要ではあるがこれまで関心が払われることの少なかった妊娠と授乳について特に詳しく述べた。選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の服用により身体奇形の頻度が増加するという報告は少ない。また,SSRIは母乳を介して乳児に摂取され血清中に検出されるが,明らかな有害作用は報告されていない。しかし,エビデンスは不足しており,妊娠時や授乳中の抗うつ薬使用の可否に対するコンセンサスは得られていない。
Key words: antidepressant, major depressive disorder, high risk patient, pregnancy, treatment guideline

■第3章 急性期治療・回復期治療・再発予防

●うつ病性障害 尾鷲登志美 上島国利

大部分のうつ病は再発性であり,急性期治療とともに再発予防の重要性が再認識されている。現段階でのうつ病治療における3年以上にわたるevidenceはまだ数少ないが,少なくとも急性期治療で抗うつ薬に反応した患者では,6ヵ月間以上継続療法を行う必要があり,回復に達するまで服薬量を減らすべきではないだろう。維持療法に移行するかどうかは,過去の再発頻度や病相発現時の障害の程度など,各症例により検討する。薬物療法と精神療法の併用が推奨されるが,精神療法のみを施行された場合も維持療法の必要性が指摘されている。いずれの治療もサイコエデュケーション,医師―患者,患者家族との協同作業が必須であり,負荷がかからないような環境調整も大切である。
Key words: acute therapy, continuation therapy, maintenance therapy, relapse, recurrence

●双極性障害の急性期治療・維持療法・予防
渡邉昌祐
双極性障害の薬物療法はここ50年間に著しい進歩がみられた。急性期治療では,lithium,valproic acid,carbamazepineなどの気分安定薬による治療法が,躁状態とうつ状態に対して一般的な合意を得られたといえる。しかし躁状態に対しては抗精神病薬の併用が必要であり,定型抗精神病薬使用についての問題点も明らかになるとともに,非定型抗精神病薬に置き換えられる傾向がみえてきたが,今後の研究を要する問題も多い。双極性うつ状態では,今までの抗うつ薬治療に伴う躁転の危険性をSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)によって解決できるか否かの問題を明らかにする必要がある。  維持療法では長期的(1年間以上)療法が必要と考えておくべきであろう。予防に関しては非定型抗精神病薬,SSRI,SNRIの有用性を確かめる研究の進歩が望まれる。
Key words: bipolar disorder, mood stabilizer, atypical neuroleptics, SSRI, SNRI

■第4章 サブタイプ別の治療および予防の工夫

●気分変調症
酒井理惠 小澤寛樹 芦澤健 斎藤利和
慢性的に続く抑うつ感,意欲・周囲への関心の低下,自信の喪失などの精神症状と,不眠,食欲不振,性的興味の低下,知覚の過敏性などの身体症状,これらがほぼ同時に表現される,いわゆる慢性的な軽度抑うつ状態に関して,これまでさまざまな名称が与えられ,それに対応していくように治療方法も変遷を遂げてきた。気分変調性障害は,DSM―(IV)で診断的な地位を確立したが,それまでには臨床で見られる事象に関して議論を深め,多様な治療を試みていた。  本稿では,これまでの気分変調性障害に対する臨床的な実感と表現をまとめ,これまでなされてきた臨床的研究により気分変調性障害の予後と治療法について検証していくことにする。
Key words: dysthymia, dysthymic disorder

●非定型うつ病
横山知行
非定型うつ病の,診断,疫学,臨床的特徴,治療について,現在まで報告されている文献に基づきつつ概説し,このうつ病亜型は臨床場面で日常的に遭遇するものであること,治療にはSSRIを積極的に用いるべきであることを指摘した。また,最近では,この臨床的特徴と,双極(II)型障害との関連が着目されていることについて述べた。
Key words: atypical depression, clinical feature, treatment, SSRI

●双極(II)型障害
岡本泰昌
双極(II)型障害はDSM―(IV)分類で初めて双極性障害の下位分類として採用された。そのため診断が適切に使用されているか懐疑的とする報告がある一方で,治療に関しても双極(II)型障害を対象とした検討はほとんど行われていないのが現状である。そこで,本稿では,双極(II)型障害の診断に際しての留意点,臨床像や臨床経過上の特徴,現時点での薬物治療について概観していく中で,併せて双極(II)型障害の治療を考えていく際の臨床的な工夫について記載した。
Key words: bipolar (II) disorder, diagnosis, treatment

●混合状態
井田逸朗
混合状態は双極性障害の病像の中でも標準的な治療法に対する反応性が不良で,治療抵抗性であり,急速交代型,双極型うつ病とともに問題となっている。現段階では急性期躁状態における混合状態を明確に鑑別すること,そのうえでさらに混合状態に対する薬物療法を確立することが,双極性障害の治療抵抗性症例の予後を改善させるために求められているといえよう。本稿では今なお明確な定義が難しい混合状態に関する最近の考え方を示すとともに,急性期躁状態に対する薬物療法の進展状況の中から,混合状態の治療法としてどのようなものが有効であるか解説した。
Key words: mixed state, bipolar disorders, pharmacotherapy, moodstabilizer, atypical antipsychotics

●ラピッドサイクラー
寺尾岳
Rapid cycler(RC)への対応を解説した。まず、双極性障害の経過中にRCへ変化させないということがもっとも重要であるが、このためには抗うつ薬によるRC化を防ぐことが必要である。不幸にしてRC化した場合には、とりあえずvalproateないしcarbamazepineを併用する。それでも軽快しない場合にはlevothyroxineを少量から追加し、効果の判定をしながら漸増していくことで安定する可能性がある。現時点ではこれらをアルゴリズムとして表現できるほどevidenceが揃っているわけではないため、今後このような対応が本当に有用なのか、無作為比較試験(randomized controlled trials)、およびそれらの結果を統合したmeta-analysisによって確認する必要がある。
Key words: rapid cycler,lithium,valproate,carbamazepine,levothyroxine

●季節性感情障害の治療
永山治男
季節性感情障害(SAD)の治療において,効果と副作用のいずれからみても高照度光療法(光療法)を第一選択とすることに異論は少ないものと思われる。施行方法としては早朝の2時間照射が望ましい。光療法により十分な効果が得られない場合には,薬物療法の単独,または光療法との併用が考えられる。この場合薬物としては,十分な根拠に基づく報告には欠けるが,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が第一選択となるであろう。
Key words: seasonal affective disorder(SAD), light therapy, drug therapy

●SSRIとSNRIに対する治療抵抗性うつ病の治療
井上猛 小山司
従来の抗うつ薬と比べて副作用が少ない選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)とセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)が登場してから,これらの抗うつ薬を第一選択で処方することが多くなった。SSRIやSNRIで十分に改善が得られなかった場合の治療法を考えることは実地臨床では重要な課題である。これまでの臨床研究の結果をまとめて紹介し,SSRI・SNRI非反応者の治療アルゴリズムの試案を紹介する。SSRI・SNRI非反応者の治療法としては,lithium併用,甲状腺ホルモン併用,ドーパミン受容体アゴニスト併用,mianserin併用,tandospirone併用などが挙げられる。しかし,三環系抗うつ薬に比べて,SSRI・SNRI非反応者に対する治療法は臨床研究によって検証されていない。今後,臨床研究での効果確認によってSSRI・SNRI非反応者の治療法が確立されることが望まれる。
Key words: refractory depression, treatment―resistant depression, SSRI, SNRI, lithium

●妄想性うつ病
阿部隆明
うつ病妄想のディスクール(言説)の特徴が形式面での完了形と内容面での負の誇大性にあることを強調するとともに,発現様式から自生的妄想性うつ病と状況反応的妄想性うつ病が区別されることを指摘した。前者については,妄想の前段階から妄想成立までに至るディスクールの変遷を検討し,「判断審級」の活性化に対処する心的メカニズムが重要なことを論証した。次いで,急性期の一般的な薬物療法(抗うつ薬と抗精神病薬の併用,amoxapine単独投与,SSRIとolanzapineの併用など),電気けいれん療法(ECT)についてまとめ,状況反応的妄想性うつ病については,最初に抗うつ薬よりもSDA(セロトニン・ドーパミン・アンタゴニスト)などの抗精神病薬の適用となるケースがあることに注意を促した。精神療法については,患者に寄り添って,一定時間患者のディスクールを受け止める必要性について述べた。最後に,妄想が持続するケースの精神療法についても言及した。
Key words: delusional depression, psychotic depression, pharmacotherapy, psychotherapy, mood disorders

■第5章 治療法の解説

●うつ病性障害の薬物療法
田島治
うつ病の治療は生物―心理―社会モデルに基づいて行う必要がある。現在うつ病に対して有効な治療法の主なものとしては,精神(心理)療法,生活指導(休息),身体療法(薬物,ECT)の3つのアプローチがあるが,抗うつ薬による薬物療法を中心にして,これらを並行して行うことが重要である。うつ病に対する薬物療法の有効性はプラセボを対照とした二重盲検比較試験の結果から科学的に証明されている,4〜6週間でのプラセボの有効率はおおよそ30%であるのに対して,抗うつ薬の有効率はおおよそ60%であり,適切な抗うつ薬の投与により改善の可能性が2倍になるといえる。ここでは現在わが国で使用可能な三環系抗うつ薬や四環系抗うつ薬,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI),セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)およびその他の抗うつ薬の薬理作用と臨床効果の特徴,処方の実際,治療抵抗例に対するaugmentationなどについて述べた。
Key words: depressive disorders, pharmacotherapy, antidepressants

●双極性障害の薬物療法
池田暁史 加藤忠史
双極性障害の治療において薬物療法は重要な位置を占める。現在,双極性障害に用いられる薬物は大きく分けて気分安定薬,抗精神病薬,抗うつ薬の3群であるが,中心となるのは気分安定薬である。特にlithiumは抗躁作用,抗うつ作用,病相予防作用のすべてが確認された唯一の薬剤であり,第一選択薬として用いられる。急性の躁状態に対しては,気分安定薬と抗精神病薬が併用されることが多い。抗精神病薬を選択する際には,副作用との関連から,非定型抗精神病薬が望ましい。うつ状態に対しては,安易に抗うつ薬を用いずに,まずlithiumを十分量投与する。それでも効果がない場合は選択的セロトニン再取り込み阻害薬の投与を考慮するが,三環系抗うつ薬の使用はできる限り控える。寛解期の維持療法は気分安定薬を主体に行われる。近年,双極性障害に対する効果が期待できる新薬の開発も続いている。これらの薬剤のさらなる研究と本邦への導入が待たれる。
Key words: bipolar disorder, evidence based medicine, pharmacotherapy, treatment guideline

●電気けいれん療法
本橋伸高
電気けいれん療法(electroconvulsive therapy:ECT)は気分障害に必要不可欠の治療である。現在では,静脈麻酔薬,筋弛緩薬および十分な酸素投与を用いる修正型ECTが広まっており,高齢者や身体合併症のある患者にも施行可能となっている。ECTはうつ病のみならず躁病にも有効であり,精神病症状や昏迷に特に効果を示すと考えられている。インフォームド・コンセントから始まるECTの実際を例示した。ECTの主要な副作用には認知障害(前向性および逆向性健忘)があり,これを克服するために,短パルス波治療器の導入,片側性刺激などの工夫がなされている。残念ながら,ECT治療後の再燃率は高いため,再燃予防のための継続療法を検討することが今後の課題となっている。
Key words: electroconvulsive therapy(ECT), mood disorder, side effects, informed consent, continuation therapy

●高照度光療法
市村麻衣 山田尚登
高照度光療法の作用機序,対象疾患,臨床効果,副作用,実際の治療法などに関して概説した。今日この治療法は,気分障害の下位分類である季節性感情障害に対する治療の第一選択となっており,さらに,生体リズムの異常がその病因や病態生理に関連すると考えられるさまざまな精神疾患に対しても広く臨床応用されている。
Key words: phototherapy, mood disorders, seasonal affective disorder, circadian rhythm, depression

●断眠療法
井上雄一
夜間の睡眠時間を抑制し覚醒水準を保たせる断眠療法は,うつ状態の有力な治療(特に双極性障害のうつ病相)であることが知られており,その有効率は60%を上回っている。本治療中には,時に躁転の可能性があるものの,これ以外には目立った副作用はなく,薬剤治療コンプライアンスの低い症例や高齢者にも応用できるなど,適応範囲は広い。本治療の作用機序はまだ確定していないものの,うつ状態での生体リズム位相の障害を是正する可能性,過覚醒状態を抑制する可能性,脳内神経伝達物質への作用,神経内分泌機構への影響などが,その候補とされている。本治療の効果を維持・促進する上では,炭酸リチウムの投与やSSRIの併用が有用である。断眠療法は有効な治療であるだけでなく,他治療(抗うつ薬や光療法など)への反応性予測にも役立つことがわかっており,今後の発展が期待できる手法として,注目すべきものの一つであろう。
Key words: sleep deprivation, depressive state, circadian rhythm, serotonin, bright light therapy

●精神療法――認知行動療法,対人関係療法,精神力動的精神療法,行動療法――
中川敦夫 大野裕
本ガイドラインでは気分障害の治療への精神療法的アプローチとして,認知行動療法,対人関係療法,精神力動的精神療法,行動療法を紹介した。そして各精神療法の効果(文献的レビュー),注意点,基本概念,治療技法について述べた。  各治療法の概略は以下の通りである。認知行動療法は,人間の情緒が認知のあり方によって大きく影響を受けることから,認知のあり方に働きかけて情緒状態を変化させることを目的とした短期の精神療法である。対人関係療法は,対人問題がうつ病性障害の発症と進行に関与するという理解のもとに,抑うつ症状と現在の対人関係の問題に焦点を当てて,その問題を解決し治療することを目的とした精神療法である。精神力動的精神療法は,精神分析的理解を用いた短期間もしくは長期間にわたる精神療法の総称で,他の精神療法よりも治療が長期間に及ぶとされ,その目標は心理的な葛藤や心理学的な脆弱性の修正に重点が置かれているとされる。行動療法は,問題となる行動を学習性の行動として捉え,行動分析を行ったうえで,問題となる行動の消去や強化を目的とした治療である。
Key words: mood disorders, depression, guideline, psychotherapy

●うつ病患者への森田療法
北西憲二
森田療法のうつ病理解とその介入は悪循環モデルに基づく。うつ病という事態を,生きることの停滞と,それに抗い,上昇しようとする力の抗争と理解する。この抗争ゆえに認知,行動,気分,対人関係などの間で悪循環が形成され,spiral downのようなうつ病の症状を作り上げている。森田療法の治療の第一段階は,この悪循環を打破することで,「うつ」が自然に回復するプロセスを援助する。そしてうつ病者の生きることでの不自然さを,この悪循環の打破とともに修正を図るように働きかける。これが治療の第二段階で,いわば生きることそのものに焦点を当てていく。対象となるものは,薬物療法に十分に反応しない軽症であるが,慢性化,神経症化したり,うつ病エピソードを繰り返すうつ病者である。その多くは神経症的な性格構造(その多くは強迫的,自己愛的な傾向)を持つ。診断的には,大うつ病エピソードを有する気分障害から気分変調症までを含む。
Key words: Morita therapy, chronic depression, vicious circle model, neurotic trait

●うつ病の家族療法
忽滑谷和孝
1940年代よりアメリカで発達してきた家族療法は,家族全体に焦点を当て,家族システムを変えることで治療ができるという観点から誕生した精神療法である。家族員の個々の精神病理から家族関係の病理へと解明する試みが時代とともに変わってきている。各種精神療法的アプローチを利用した家族療法がある。ここでは,精神力動的精神療法,体験的・人間主義的療法,多世代家族療法,構造的治療法,コミュニケーション論的治療法,行動主義的治療法の特徴を概説した。各種技法にこだわることなく,症例や治療者の力量にあわせた家族療法をすべきである。また,うつ病者を抱える家族にはある一定の特徴があり,それを十分に理解することは,家族療法を行う上で大切である。家族療法の実際において臨床上遭遇する問題点をあげ,その対処法を含め具体的に説明した。
Key words: family therapy depression, marital relationship, social system

■第6章 ライフステージと治療の工夫

●児童思春期の気分障害
笠原麻里
子どもの気分障害の診断・治療は,成人の気分障害同様の対応を基盤としているが,心身発達の途上にある点や,教育の機会をいかに得るか等に配慮を要する。さらに,併存症がしばしばみられる点も,念頭におくべきである。特に不安障害,行為障害,ADHDなどが併存しやすい。治療には,薬物療法が一般に用いられているが,特に児童思春期の症例と治療関係を保ち,心理発達を支えるためには,精神療法の併用も重要であると思われる。
Key words: depression, bipoler disorders, childhood and adolescence, comorbidity

●中年期・退行期―職場のメンタルヘルスを含めて―
中村純 副田秀二
職場のメンタルへルスの課題の中で最も頻度が高い精神疾患はストレス性障害としての抑うつ状態・うつ病である。ところで,わが国の自殺者は1998年以降3年間続けて年間3万人を超えており,特に50歳台男性の自殺者が増加している。これは完全失業率の上昇した時期と一致しており,最近の不況の影響を直接受けている。その自殺者の多くが抑うつ状態・うつ病とされているので,その予防,治療は自殺予防対策になると考えられる。2000年に労働省は「心の健康づくりに対する基本的な考え方」を指針として発表したが,治療および復職に関しては産業医と事業場外資源としての精神科,心療内科専門医との連携がなければ困難である。抑うつ状態・うつ病の治療は職場環境の調整を含めた精神療法と副作用が少ない新規抗うつ薬(SSRI,SNRI)などの薬物療法が必要である。
Key words: occupational mental health, mild depression, maladjustment, involutional depression, SSRI, SNRI

●老年期
橋爪敏彦 葛生洋房 笠原洋勇
老年期の気分障害は,約50年前には痴呆の前触れであり,脳の変性を伴う非可逆的な徴候,あるいは加齢によるさまざまな喪失に基づく,ごく自然な反応とみなされていたが,高齢人口の増加と,老年期に特有な疾患についての国際的な関心の高まりの中で,その本質が明らかにされ,治療可能な疾患として注目されるようになった。それは,本質において若年や中年の気分障害と何ら変わるものではないということであり,薬物療法を中心とした生物学的治療法の進歩により,改善をみるようになった。しかしながら,老年期というライフステージにおいては,特徴的な身体,器質,加齢などの要因が存在する。本稿では老年期うつ病を中心に,その特徴,病因,心理社会的側面を含めた治療の工夫を述べる。
Key words: old age, life stage, affective disorder

■第7章 その他特殊な問題

●共存症(comorbidity)に対する治療的対応
野村総一郎
気分障害への他精神障害の共存率は非常に高い。これは気分障害の中心症状である抑うつの特異性が低いことによるが,操作的診断基準を用いることに起因する面もある。ここでは臨床的に共存が特に問題となる不安障害,アルコール依存,人格障害,痴呆の4カテゴリーに対する治療的対応を整理した。抗うつ薬を使用することは,抑うつ症状の改善に留まらず,共存症自体の改善にも有効であることがいくつかの対照研究で示されており,どの共存に対しても抗うつ薬を中心としたうつ病の治療をきちんと行うことが重要といえる。この問題に関する最近の内外の総説でも,そのことが強調されている。ただ不安障害については,初期治療としては抗不安薬の併用を躊躇すべきではない。
Key words: mood disorders, comorbidity, anxiety disorders, alcoholism, personality disorders, dementia

●身体疾患に伴ううつ状態/薬物によるうつ状態
稲見康司 前田孝弘 堀口 淳
うつ状態は,多くの身体疾患に随伴して出現する共通の精神症状とされている。このうつ状態を大きく分類すると,身体疾患に罹患したことを契機として出現する反応性のうつ状態と,身体疾患の症状との病因的な,あるいは時間的な関連性が強い,症状性および器質性うつ状態(二次性うつ状態)とに分かれる。またうつ状態は,多くの薬物によっても発症することが指摘されており,身体疾患の治療に用いられる薬物によって,身体疾患に伴ううつ状態がさらに悪化させられる場合があることも考えられる。身体疾患に伴ううつ状態は,抑うつ気分や意欲の低下などのために,身体疾患に対する治療意欲を削ぐことにもつながり,原疾患の経過や予後に影響を与えることも稀ではなく,一次性のうつ状態と同様に専門的な治療が必要な病態である。
Key words: secondary depression, parkinsonism, malignancy, cerebro―vascular disease, drugs

●自殺とその予防
高橋祥友
自殺の背後にはしばしば精神障害が存在しているものの,早期の段階で診断され,適切な治療に結びつけられている例は比較的稀である。特に中高年の自殺にはうつ病が密接に関連している。うつ病ではしばしばさまざまな身体症状が現れるために,ただちに精神科治療につながらず,プライマリ・ケア医のもとを受診している患者も少なくない。また,職場においてメンタルヘルスの知識が不足していることも事態を複雑にしている。自殺予防のためには,単に精神科医療だけの問題でなく,広く医学一般や職場における正しい知識の普及も必要である。本論では,自殺の危険の評価や治療の原則とともに,一連のいわゆる「過労自殺」裁判の結果,自殺や精神障害に関する労災認定の方法が改定された点をはじめとして,最近の行政の対応についても紹介した。
Key words: suicide, suicide prevention, mental health in the workplace