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■特集 リエゾン精神医学の直面している問題と新しい動き (II)

●臓器移植―わが国の臓器移植に伴う精神医学的問題―
高橋 邦明  細木 俊宏  諸橋 優子  小林 真理  染矢 俊幸
 臓器移植精神医学(organ transplant psychiatry:OTP)はリエゾン精神医療の中で独立した領域として認知されるようになり,臨床面でも研究面でも急速に発展してきている。本論では米国と比較して日本における臓器移植を概観し,新潟大学医学部附属病院における生体腎移植と生体肝移植のデータを用いながら,日本において多数行われている生体腎移植および生体肝移植を中心に,移植の各段階における精神医学的問題について文献的考察を行った。
Key words: organ transplant psychiatry, living-related transplantation, liver transplantation, kidney transplantation

●総合診療部のコーディネーション機能とリエゾン精神医学
小泉 俊三
 総合診療は行き過ぎた専門診療への反省,患者のQOL重視など,「総合性」に力点を置き,Bio-Psycho-Social Modelを基本に,「心のケア」への関心も含め,「総合する専門医」を目指しているが,精神科医とのリエゾンを必要としている。佐賀医科大学では昭和61年,総合診療部設置とともに精神医学教室がいち早くプライマリ・ケア精神医学を提唱し,総合診療部と連携して患者の受療行動等についての調査を実施してきた。総合外来には地域開業医での満たされない思いを抱き内緒で受診してくる患者も多い。外来診療では総合外来と精神科が協力して同時に患者を診てゆく連携治療モデルを,入院診療では精神症状の把握,向精神薬の使用法,精神療法の適応についてのアドバイスを,さらに,(1)Somatization概念の深化,(2)ICD-10,DSM-IVの活用,(3)合同症例カンファレンス,(4)精神保健関連の専門諸職種との緊密な連携などをリエゾン精神医学に期待したい。
Key words: liaison psychiatry, general medicine, primary care, somatization, psychosomatic medicine, Bio-Psycho-Social Model, cooperative physician-psychiatrist oriented model

●日本におけるmedical psychiatryの現状と課題
重村 淳  野村総一郎  上村 秀樹  桑原 達郎
 精神・身体双方の疾患を持った患者の治療態勢は長年議論の対象となってきたが,1980年代に提唱されたmedical psychiatryでは,精神科医が精神・身体双方で主体性を持ってMedical Psychiatry Unit(MPU)を運営する態勢が提示された。MPUでは,従来の治療モデルでは対応困難な,精神的・身体的に重症な患者も対応可能とし,臨床・研究・教育の面からその意義が唱えられた。本邦初のMPUが立川病院にて設立してから10年以上経った今,MPU設立の動きは拡大傾向にあり,一部自治体では行政を加えた合併症治療システムが確立している。地域医療における合併症治療のより円滑な運営,説明と同意(informed consent)の問題など未整備な課題を残すものの,精神科医療において機能分化が進む中,MPUは総合病院における精神科病棟の一つのあり方を示すものと思われる。
Key words: medical psychiatry unit, general hospital psychiatry, consultation liaison psychiatry, physical and psychiatric complication, informed consent

●一般病床における精神障害の治療
柴山 雅俊  舘野由美子  飯野 里花  牛尾 敬
 総合病院一般病床での精神障害の治療について報告した。虎の門病院分院では,精神科患者は他科の患者と同室にて入院生活を送っている。入院患者は近年女性の割合が多くなっている。疾患別にみると,統合失調症圏の割合は減少しているが,気分障害圏の割合にはあまり変化はない。それに対して,近年増加しているのが女性のパーソナリティー障害である。また一般病床における精神科治療の限界として薬物による状態像の増悪について言及した。また精神科患者と他科患者に対するアンケート調査から,他科との混合病棟における精神科患者と他科患者の意識やストレスについて論じた。精神科患者は約7割が「良かった」以上の感想をもち,他科患者は約3割が「良かった」と感じ,約半数が「どちらでもない」と感じていた。その他,互いのストレスについて若干論じた。最後に,そこで働く看護師が経験する状況とストレスについて,アンケート調査の結果を示して,報告した。
Key words: general hospital, general ward, mental disorders, scatter beds

●リエゾン精神医学における専門医制度
堀川 直史
 医療をめぐる社会情勢の変化とともに,精神科専門医制度は従来にも増して重要になってきている。これは精神医学のサブスペシャリティの一つであるリエゾン精神医学についても同様であり,2001年4月日本総合病院精神医学会は主としてリエゾン精神医学に関する専門医制度を開始した。この専門医制度のなかでリエゾン精神科医に求められている基本的な臨床的能力は次の3点にまとめられるように思う。すなわち,(1)さまざまな形式で身体疾患と精神疾患を合併した症例,および身体化を主要な病態とする症例に適切に対応し得ること,(2)身体疾患患者との適切な治療関係の作り方や他科の医療者との連携のための方策などの介入方法に習熟していること,(3)精神医療あるいは医療全般に関する広い関心と知識,および医師患者関係などにかかわる適切な倫理観を備えていること,という3点である。これを踏まえて,リエゾン精神医学における専門医制度の今後の検討課題にも触れることにしたい。
Key words: consultation-liaison psychiatry, board certification system, physical/psychiatric comorbidity, somatization, psychiatric residency

●リエゾン精神専門看護師―当院におけるリエゾン精神専門看護師の役割と新たな可能性―
田中由紀子
 横浜市立市民病院では1995年よりリエゾン精神専門看護師を配置し,複雑で解決困難な問題を持つ患者,家族に対して精神看護の知識や技術を応用し,関係する職種と連携しながら効率的で質の高い看護の提供に取り組んでいる。リエゾン精神専門看護師の主な役割は(1)精神的問題を持つ患者や家族へのケア,(2)看護師のメンタルへルス支援,(3)精神看護学的視点から新たな看護サービスを開発するなどである。日本看護協会でもスペシャリスト育成に力を入れており専門看護師の認定を行っている。その一分野としてリエゾン精神専門看護師も含まれている。導入当初,役割の見えにくかったリエゾン精神専門看護師の活動は7年経過した現在では定着している。新たな役割として医療事故に遭遇した当事者のメンタルへルス支援が期待され,医療の安全文化醸成にかかわる意義は大きい。
Key words: resource of nursing, consultation, medical accidents

●電子カルテシステムの導入と活用
野田 寿恵  秋山 剛  石川 浩之
 電子カルテの導入について,厚生労働省の指針に触れた後,当院での導入過程について述べた。精神科における電子カルテの活用については,オーダのセット,対症指示や診断書の定型文,精神保健福祉法上の記載のためのテンプレート,精神症状評価尺度や精神科診断のためのテンプレート,回診時レビュー(サマリー),リエゾン精神医療,クリティカルパスについて紹介した。電子カルテを活用するためには,医療スタッフによる業務分析,システムインテグレータとの話し合いによる「医療のリエンジニアリング」が重要である。電子カルテを活用することにより,精神科の専門医が聴取,評価した情報を,他職種,他科のスタッフが理解しやすい形で共有でき,質の高いチーム治療を実現することができると考えられる。
Key words: computerized medical records system, medical re-engineering, systems integrator, standardized records, team treatment

■研究報告

●ハンドベルによる音楽療法の精神障害者に対する臨床的効果の検討―統合失調症患者とうつ病患者の比較―
森部あずみ  岩満 優美  草野 恵子  北村 径子  林 美和  安居みや子  堀江 昌美  岡本 朋子  田中佐和子  西井 美恵  大川 匡子  山田 尚登
 滋賀医科大学附属病院精神科神経科病棟に入院し,ハンドベルによる音楽療法に初めて参加した72名の患者を対象に,音楽療法各セッション実施前後での患者の気分状態の変化を調査し,さらに音楽療法が統合失調症患者(20名)とうつ病患者(20名)に与える心理的影響の違いについて検討した。評価尺度として,「積極的な気分」「落ち着く」などの6項目の気分尺度によるビジュアルアナログスケールと,「自分の気持ち」について自由記載した内容を用いた。その結果,参加患者全体において,気分尺度すべてが,音楽療法前と比較して音楽療法後で肯定的に変化し,自由記載の内容においても,音楽療法後では肯定的な内容が有意に増加し否定的な内容が減少した。うつ病群は統合失調症群に比べて,もともと積極性に乏しく,気持ちが沈むといったやや否定的な気分状態にあるが,音楽療法参加によって気分の改善が認められた。そのような傾向は,自分の感情を言語化したときに明らかとなった。
Key words: music therapy, group therapy, mood, psychological effect


●非定型脳炎を合併した躁うつ病の一例
堀 貴晴  江村 成就  堺 潤  豊田 祐敬  菊山 裕貴  米田 博
 躁うつ病の経過中に,意識障害などの臨床症状が見られないにもかかわらず,脳波の徐波化をきたした一例を経験した。症例は37歳,女性。躁状態にて入院となり,lithium carbonateなどの薬物療法を施行していた。その経過中に子宮筋腫や頸部リンパ節炎を併発し,貧血や高熱を呈した。頸部リンパ節炎の寛解後,脳波検査を施行したところ,2〜5Hzの徐波がび漫性に認められた。脳炎を疑い腰椎穿刺を施行し,脳圧の亢進および髄液中のIgGの増加を認めた。薬物を中止し,脳炎に対する治療を施行したところ,徐々に脳波は正常化した。本例の脳波異常については,血液所見,臨床症状,髄液所見などから非定型脳炎を疑った。今回のような鑑別に時間を要する脳波異常に対する治療戦略では,症状の重症化を考慮に入れ,検査結果や臨床症状の詳細な分析を始める前に,可能性のある原因に対し,予防的に対処していくべきであると考えられる。
Key words: EEG, slow wave, atypical encephalitis, bipolar affective disorder

●強迫性障害が先行し後に大うつ病を合併した二症例について
下田 健吾  木村 真人  鈴木 博子  小泉 幸子  森 隆夫  遠藤 俊吉
 強迫症状は多くの精神疾患にみられ,うつ病においても臨床上かなりの頻度で経験される。DSM-V以降の操作的多軸診断法ではうつ病と強迫性障害(obsessive-compulsive disorder : OCD)の重複診断が認められるようになり,両者のcomorbidity(共存)という概念が関心を集めている。今回われわれは,加害恐怖や確認癖を特徴とするOCDが病相性に先行し,後に典型的な大うつ病が合併するようになった2症例を経験した。十分な抗うつ薬治療により1症例は軽躁状態に至った時点で強迫症状も消失し,1症例は抑うつ症状が先行して軽快し,強迫症状がしばらくして消失した。OCDとうつ病のcomorbidityでは,どちらが臨床的に先行したかだけでなく,その関連および経過に注目することも重要であり,今後いくつかの類型に分類される可能性があることが示唆された。また,このようなcomorbidityの多様性を認識することは,両者の病態生理を理解する上でも進展をもたらすものと考えられた。
Key words: obsessive-compulsive disorder(OCD), depression, comorbidity, precedence symptom

●異性装を好んだアスペルガー障害の一例
加藤 大慈  石田多嘉子  山田 芳輝
 アスペルガー障害は,対人関係の障害と限定された興味や行動の様式が基本的特徴であるが,アスペルガー障害で異性装をする症例を経験したので報告する。症例は入院時33歳の男性。始語は2歳以前で,3歳にて言語面で遅れていた印象は両親になく,幼児期より視線回避,孤立傾向がみられた。小2時より母のスカートをはき中学以後セーラー服やネグリジェも着たが,スカートが感触良くスカートだけで気分が落ち着いた。高3で中退,就職したが対人関係問題等で解雇された。自転車走行中,車に追い越され悔しさを感じて興奮し,入院に到った。入院生活の中で,不適切な解釈や行動については指摘し,より常識的な解釈や具体的な対処方法を指導することで,適切な判断が可能となり対人関係も円滑になった。アスペルガー障害に異性装を合併した報告はきわめて少ないが,本症例の異性装は性的興奮と無関係で異性の体験享受でもなく,本症例の執着的傾向によると考えられた。
Key words: Asperger's syndrome, pervasive developmental disorders, transvestite, transvestism, cross-dressing

■臨床経験

●幻覚・妄想に左右されて大量の紙片を嚥下した統合失調症の一症例
武内 克也  酒井 明夫  及川 暁  大塚耕太郎  智田 文徳  間藤 光一
 大量の吐血のため救急センターを受診し,内視鏡にて胃内に大量の紙片が確認された統合失調症症例を経験した。救急センター受診前から腹痛のため胃潰瘍の治療を継続されていたが,その後の問診から20年以上にわたり被害妄想に左右され紙片の嚥下を行っており,このために異物刺激による胃潰瘍を呈していたことが明らかとなった。病状増悪期には被害妄想が著しく,同時期の紙片嚥下回数は増加していた。病状増悪と紙片嚥下量には相関がみられ,紙片の嚥下が自傷目的や自殺目的で行われていないことから,その奇異な行動は長期間存在し固定化された妄想に左右されたものであることが想定された。長期間にわたる紙片の嚥下は,患者が日常生活で示す判断とはかけ離れたきわめて奇異な行動であり,このため実態把握と原因究明が遅れ,重篤な合併症につながっていた。統合失調症において発生し得る奇異な行為への注意と,患者の生活行動の正確な把握の必要性が示唆された。
Key words: depression, butane gas abuse, suicide attempt, maladjustment

●Fluvoxamineの高用量併用により強迫性障害が著しく軽快した統合失調症の一症例
谷川 真道  城間 清剛  古謝 淳  田村 芳記  宮里 好一
 強迫性障害の治療として,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRIs)やclomipramine(CMI)が現在薬物治療の主流を成している。今回われわれは,強迫性障害と統合失調症が認められる症例に,300mg/日のfluvoxamine(FLUV)の高用量を向精神薬に併用投与をしたところ,強迫性障害の症状がYale-Brown Scaleで27点から3点と著明な改善を認めた。また無為,自閉的で自室に閉じこもることが多かった患者が,FLUVの併用投与後から徐々にではあるが軽作業をするようになり,さらに農耕訓練にも参加することができるようになった。FLUVは強迫性障害の症状の改善とともに,統合失調症の陰性症状の軽減に有効であるとの報告もあるが,現時点では未だ結論は出ていない。本症例では,引き続きFLUVの高用量併用療法が必要なため,今後セロトニン症候群や薬物動態学的相互作用による症状の発現などに十分な注意を払う必要があると思われる。
Key words: fluvoxamine, SSRIs, schizophrenic disorder, obsessive-compulsive disorders

■資料

●総合病院の精神科病棟における危機介入的短期入院治療について
安藤 英祐  山本 賢司  市村 篤  鷲見恵美子  朝倉 新  矢野 広  佐藤 慎子  中村 優里  寺岡菜穂子  久松麻理子  大園 啓子  櫛野 宣久  丸山 学  松本 英夫  山崎 晃資
 精神科病床を有する総合病院におけるコンサルテーション・リエゾン・サービス(consultation-liaison service)の観点から,精神科病棟へ転棟となった症例に関する調査を行い,その中で「危機介入的短期入院治療」を行った2症例について報告する。東海大学医学部付属病院精神科病棟における予約外入院には,外来を受診して緊急入院するものと,他病棟から転棟するものがある。2000年4月1日〜2001年3月31日の1年間に125例が予約外入院をしており,精神科病棟への入院患者全体の35.2%を占めていた。125例中111例(88.8%)が一般病棟より転棟となった症例で,そのうちの94例が救命救急センターからの転棟であった。また,精神科外来を経由した緊急入院は14例(11.2%)であった。転棟となった症例は自殺企図・自傷行為により入院へ至ったものが最も多かった(97例)。さらに,自殺企図・自傷行為に及んだ患者の中で精神療法的危機介入が重要な意味を持った2例を報告し,総合病院における精神科病棟での危機介入的短期入院治療のあり方について考察した。今後,総合病院ではこのような形での危機介入の必要性は高まってくると考えられ,これらの危機介入的短期入院治療は有用であると思われる。しかし,わが国における多くの総合病院は精神科病棟を持たないという現状があり,今後は危機介入を行っていくうえでの技法上の工夫や病棟スタッフへの啓発活動などが必要となるものと思われた。
Key words: crisis intervention, attempted suicide, general hospital psychiatry, consultation-liaison psychiatry

■連載〔ケースカンファランス〕
●リエゾン精神科カンファレンス:糖尿病,性腺機能不全,軽度精神遅滞を併存する器質性精神病性障害の女性が出産を切望したとき―複合的問題事例における自己決定能力の評価―
小林 伸久  佐野 信也  赤津 拓彦  村上 充剛  澤村 岳人  児玉 芳夫  井上 雅之  野村総一郎
 糖尿病,性腺機能不全,軽度精神遅滞を併存する器質性精神病性障害を有する女性が出産を切望した。本例の出産希望に対して,精神科主治医は心身両面にわたる多くの困難を認識した。関係各科スタッフとの間でリエゾンカンファレンスが持たれ,妊娠出産に必要な心身の条件を中心に討論が行われた。本例は,諸問題を有しながらも,精神医学的には妊娠・出産を断念させるほどの自己決定能力の欠損状態にはないと評価されたが,制御困難な高血糖等により妊娠危険度は高いと考えられた。また出産後の養育能力の評価困難性も指摘された。これらを患者と家族に再度説明し,その合意のもとで,妊娠可能な身体条件を維持する対応を取りつつ,積極的な排卵誘発は実施しない方法が採られた。知的障害や精神症状に関するどのような尺度や基準を用いてもそれだけでは妊娠出産の自己決定能力を判断することは困難であり,個々の例において総合的に検討することが重要である。
Key words: organic mental disorder, diabetes mellitus, bearing, self-determination, informed consent