詳細目次ページに戻る
■特集 日常臨床における表出Ausdruckの診かたとその意義

I.総論:日常臨床における表出の診かたとその意義
保崎 秀夫
 表出の診かたとその意義について触れたが,その掴みかたや直感には,当人の能力もさることながら,先輩らに付いて実地の場面で,常に疑念を抱きながらコツを覚えていくのが必要であり,直感力をみがくよりも確実に掴んで解釈していく癖をつけていくことが必要であろう。コツの掴みかたは,その人の能力によるが,物の掴みかた,意味づけ,何を頭に描いていくかなどは覚えていく必要があり,さらに症例を重ねながら自分で深めていくようにすることで自分なりの方法を開発していくことも必要であろう。筆者は昔風の身体疾患からの鑑別を重点に診察を始めているがこれは歳のせいで,精神疾患の鑑別は時代とともに変わっていくのでなかなかついていけない。
Key words: Ausdruck, facial expression, expression

II.ある疾患を疑うとき
●張りつめ/くすみ―初期分裂病を疑う表出について―
中安 信夫
 初期分裂病を疑う表出として「張りつめ/くすみ」(ないし「緊迫/疲弊」)を指摘した。ここにおいて,「張りつめ」とは定かな理由なく内的に促迫されて抱く緊迫の感であり,また「くすみ」とは生彩さに欠け,消耗しつくしたというような疲弊の印象であるが,重要なことはその両者を/でつないで「張りつめ/くすみ」と表現したように,たんに「張りつめ」のみが,あるいはまた「くすみ」のみがあるのではなく,両者が併存し,「張りつめ」が「くすみ」を際立たせ,逆に「くすみ」が「張りつめ」を強調するというような構造となっていることである。両者が一体のものであることは,治癒の過程において「張りつめ」が緩んでらくになると同時に「くすみ」が消えていくことによっても指摘できるが,この「張りつめ/くすみ」という表出は,初期分裂病の臨床において診断の導きの糸であるとともに,治癒の程度を推し量る指標でもある。
Key words: early schizophrenia, non-verbal expression, strain, exhaustion

●内因性うつ病の鑑別診断
坂本 暢典
 「内因性うつ病か反応性うつ状態か」という鑑別診断は,治療方針に大きな影響を与えるものである。しかし,この鑑別は必ずしもいつも容易ではない。特に,40歳以下の若年者における躁うつ病のうつ状態の診断は,メランコリーの特性を欠くことも多く,困難なことが多い。本小論では,内因性うつ病の特徴として,@身体的感情の障害,A時間性の障害,B妄想ないし思考障害,Cその発生の了解困難性,を挙げて論じ,鑑別診断の参考となるような臨床的所見を呈示した。
Key words: endogenous depression, diagnosis, melancholia, vital depression, delusion

●ある疾患を疑うとき:痴呆性疾患
磯野 浩  古田 伸夫  三村 將
 痴呆性疾患における「表出」について,アルツハイマー型痴呆を中心に,われわれが普段意識している診察のポイントや,診察場面での印象も含めて概説した。痴呆性疾患の診断の際には,スクリーニングテストの得点や画像所見だけではなく,日常生活場面における変化や障害がいつからどのように生じてきたのか,時間を追って整理する必要がある。これらの経時的変化を介護者から十分に聴取することで診断の目安をつけることが可能である。現在症については,記憶障害,見当識障害,言語障害,感情や意欲の障害,神経徴候などに留意するとともに,診察場面での患者の態度や印象の相違が有用な情報となる。
Key words: Alzheimer's disease, expression, dementia, differential diagnosis

●境界性人格障害と自己愛性人格障害の表出
市橋 秀夫
 精神障害における表出は必ずしも診断を導くものとはいえず,パーソナリティ障害においてもそれらしい表出が見られるものと見られないものとがある。したがって境界性人格障害(BPD)と自己愛性人格障害(NPD)でみられる表出の特徴について診察待合室と診察室内に分けて,ある程度デフォルメして記述した。BPDでは躾のなさと一種のだらしなさが,NPDでは不機嫌で威圧的な態度が特徴的であった。診察室内ではBPDは些細なことで涙を流し,オクノフィリア的な対象に対する接近的態度が見られた。NPDではフィロバティスム的な対象と距離を取る態度が面接初期に見られ,鎧を着たような硬い防衛的な構えが見られたが,面接が成功すると柔らかい躾のよい子どものような態度が見られた。
Key words: borderline personality disorder, narcissistic personality disorder, expression

●ヒステリーを指し示す徴候はあるか?
兼本 浩祐  多羅尾 陽子
 ヒステリーにおける徴候“sign”は,身体医学の側から見れば,その徴候が通常指し示すはずの身体医学上の位置に相応する器質的な病変を見い出すことができないという除外診断的な意味しか持ち得ない。さらに,たとえばPraecox Gefhlに相当するような,ヒステリー患者を目の前にした時に湧き上がるHysterie Gefhlといったものがあるとしても,それは治療者が病を形成する一つの契機として組み込まれてしまうヒステリーという疾患の特異性の結果,そのままで受け取ることが治療関係におけるある種の罠となるような危険性のある感覚であることを指摘した。こうしたことを考慮に入れたうえで,本稿では,ヒステリーを積極的に示唆する徴候はそもそもあるのかという問いを問い直し,精神分析的観点を導入することなしには,さまざまのヒステリーの徴候をヒステリーを指し示す徴候として読み取ることはできないのではないかという意見を述べた。
Key words: hysteria, conversion neurosis, psychoanalysis

●覚せい剤中毒者における表出の特徴
松本 俊彦
 これまで覚せい剤中毒者といえば,「文身(刺青)」「指つめ」という身体的特徴が指標とされ,「覚せい剤中毒を疑ったら注射痕を探せ」というのが,精神科臨床における常識であった。しかし,第三次乱用期を迎え,覚せい剤乱用者の生活背景は一般人に近づき,若年者では,加熱吸煙による覚せい剤使用が主流となったことから,近年では,覚せい剤中毒者を従来の「常識」で語ることはできなくなった。本稿では,覚せい剤中毒の4症例を呈示したうえで,覚せい剤中毒者の表出の特徴を,顔貌・体型,服装,態度,精神症状の観点から整理した。覚せい剤中毒では,精神症状は,摂取後の継時的推移の中で刻々と変化し,それに伴って表出される情報もめまぐるしく変化する。したがって,覚せい剤中毒を見逃さないためには,覚せい剤の薬理作用に関する十分な知識を背景に,患者の表出を読みとる必要があると考えられた。
Key words: methamphetamine, abuse, signs, symptom, diagnosis

●青年期・成人期の高機能広汎性発達障害―普通さと普通でなさ―
  中根 晃
 広汎性発達障害(PDD)は自閉症という病名で扱われてきた関係で自閉的な印象の有無によって診断されたり,その軽重によって重症度が決められがちである。しかし,そのような診断手順は臨床的事実を反映していない。重症度は発達の遅れが生活スキル全般に及ぶか,部分的であるかによる。対人的困難は年齢的発達によって軽減していく傾向があり,知能指数ならびに言語能力のよい高機能PDDの青年・成人では外見上の印象は“普通”である。彼らは感情認知障害や他人の心を読むことの困難さを独特の仕方で克服してはいるものの,その場の状況の理解の一面性や相手の考えの洞察困難をカバーしきれないと,彼らの言動は普通の青年のそれと大きく異なってくる。診察場面で問いかけられたときの戸惑いや通じなさ,ピントはずれの回答,まわりくどい返答や状況の過剰の説明など,一般の人とはかなり異なった“普通でなさ”として現れている。
Key words: high-functioning pervasive developmental disorders, Asperger disorder, theory of mind, disorders of perception in autism, impression from the contact to autism

●昏迷における身体表出の諸相
加藤 敏  日野原 圭
 昏迷における身体表出の特徴を,ヒステリー,分裂病,うつ病において生じる昏迷を比較対照する形で論じた。いずれの病態においても,大局的にみると,筋緊張が亢進する緊張性昏迷と,逆に筋緊張が低下する弛緩性昏迷の2型が区別できることを示した。しかし,それぞれ基底病態に応じて質を異にする。ヒステリー性昏迷においては,周囲の人に対する明確な,無意識(ないし,前意識)の意志が窺われ,身体表出は一つのまとまった形態を備える。「強制開眼時の急速眼球運動」が特徴的である。他方,分裂病性昏迷では,身体表出は特有の不調和を呈し,弛緩性昏迷では,文字通り表情のない,茫然とした顔になる。分裂病性昏迷の患者を前に医師が感じる独特の冷たさ,硬さは,プレコックス感に通じるものと考えられる。うつ病においては,弛緩性昏迷は制止優位のうつ病で生じ,緊張性昏迷は不安・焦燥優位のうつ病で生じる。緊張性昏迷においては,開眼していることが少なくなく,その場合,眼瞼は鋭い角度をもって大きく開かれている。
Key words: stupor, hysteria, schizophrenia, depression, bodily expression

●興奮の鑑別
白井 豊  山口 直彦
 表出から診た興奮の鑑別診断を,症例を中心にまとめた。アルコール依存症,躁病,緊張病,抗不安薬のパラドックス反応の興奮状態,さらに統合失調症の予期困難な突発的暴力を紹介し,それぞれの興奮の表出の微妙な特徴から鑑別診断に至る過程を紹介した。
Key words: excitement, differential diagnosis, signs

■臨床経験

●起立性低血圧が誘因と考えられるけいれん発作を認めたパーキンソン病の1例
佐藤 晋爾  鈴木 利人  朝田 隆  荒木 彰弘
 抗パーキンソン薬の中断期間中に術後せん妄が出現し,向精神薬の使用により術後せん妄が軽快して後にけいれん発作を認めた1例を報告した。このけいれん発作は,抗パーキンソン薬が臨床的効果を示していない時期に生じており,また発作直前は術後初めて座位をとった際に生じていた。以上の経過,状況から起立性低血圧に起因する非てんかん性のけいれん発作と考えられた。起立性低血圧により生じるけいれん発作の臨床的特徴および治療について文献的考察を行った。
Key words: orthostatic hypotension, syncope convulsion, parkinsonism

●Subclinical hyperthyroidismにより,多彩な精神症状をとり診断困難であった1例
三澤 仁  伊藤 耕一  渋谷 純子  加藤 温
 近年甲状腺ホルモンと精神症状との関係は躁状態,うつ状態をはじめわれわれ臨床医にとっていわば常識となっている。しかし甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone:TSH)に注目したsubclinical hyperthyroidism(SCHT)を知っている医師は比較的少ない。今回われわれはSCHTと思われる症例を経験した。Free thyroxine(F-T4),free triiodothyronine(F-T3)のコントロールが良好にもかかわらず,精神症状はTSHに相関して変動した。SCHTの患者は感情障害やせん妄など多彩な臨床症状を呈したが,これらの知識はわれわれ臨床医にとって必要なものであると考えられた。
Key words: ubclinical hyperthyroidism (SCHT), thyroid stimulating hormone (TSH), psychosis

●妄想状態で発症したAIDS dementia complexの1例
三澤 仁  伊藤 耕一  渋谷 純子  加藤 温
 従来からHIV感染症者に種々の精神症状が出現することは指摘されている。また当院はHIV感染症治療の拠点病院の一つであることもあり,当院感染症科から精神科にHIV感染症者の精神症状についての相談を受けることがきわめて多い。今回妄想状態で発症したAIDS dementia complex(ADC)患者の精神症状を,CD4値やウイルス量(ADCの症状に相関するとされている)とともに3年余りの長期にわたり観察下に置くことができたため,ここに報告する。本邦においては,妄想状態で発症したADCの報告は少なく,また3年余りADCの経過を追った報告もほとんどみられない。結論としては,ADCは診断的な意味でも,横断的な状態像だけでなく,縦断的な経過を考慮に入れることが重要であると思われた。
Key words: delusion, human immunodeficiency virus (HIV), AIDS dementia complex (ADC)

●頭鳴りを主訴としたうつ病の1例―頭鳴りの形成過程とその治療について―
渡邉 隆之  岡本 泰昌  稲垣 正俊  森信 繁  山脇 成人
 うつ病またはうつ状態の患者において,高頻度に頭痛が,また頭痛ほど頻度は高くはないが耳鳴りもしばしば認められることが知られている。今回われわれは,頭の中から音が聞こえてくる「頭鳴り」という特徴的な症状を主訴としたうつ病を経験した。本症例の治療導入および治療継続において,患者が象徴的に訴え「他者には理解してもらえない」との思いが強かった「頭鳴り」という症状に焦点をあて,心身両面から継続的に取り扱ったことが重要であったと考えられた。
Key words: depression, “zunari”, psychosomatic symptom, treatment

●幻視を含むせん妄様症状に対して塩酸ドネペジルが有効であったレビー小体型痴呆が疑われた4臨床例
藤沢 嘉勝  横田 修  中田 謙二  佐々木 健
 レビー小体型痴呆(DLB)の臨床診断基準にてprobable DLBと診断された4例に対して塩酸ドネペジルを投与したところ,幻視とせん妄様症状が著明に改善した。罹病期間は1年半から2年,初発症状は3例で記銘力障害,1例で幻視であった。他の症状として変動する認知機能障害,パーキンソン症状,失神,幻聴,被害妄想,記銘力障害,視空間機能障害を認めた。呈示例では身体因性や薬剤性の精神症状は除外された。頭部CT上2例でラクナ梗塞を認めたが卒中の既往はなく,急性発症,仮性球麻痺,構音障害,神経学的局所症状などの特徴的症状も欠いていたため脳血管性痴呆は除外した。呈示例が示した幻視はありありとした具体的なもので,せん妄様の認知機能の変動は正常時との落差が大きいなどの従来から指摘されているDLBの特徴が見られた。今後DLBに対するdonepezilの長期的な効果や至適用量の検討が必要なことも指摘した。
Key words: acetylcholinesterase inhibitor, dementia with Lewy bodies (DLB), donepezil, fluctuating cognitive impairment, visual hallucination

■連載

●私の治療法〔対人恐怖(5)〕
対人恐怖患者へのネオ森田療法
北西 憲二
 女性の抑うつを伴う対人恐怖の治療例について,治療導入,治療プロセスと終結,終結後の経過について述べた。筆者の行う東洋的人間学に基づくネオ森田療法では,個人面接と日記療法を組み合わせ,初期面接を重視している。治療者は,クライエントと悪循環の共有,不安の読み替え作業,不安と「生きること」を結びつけ,治療の目標とその手順の明確化を行う。治療のプロセスは初期の舞い上がり,行きつ戻りつと行き詰まり,あきらめることと自然な自己のあり方の発見などを重複しながら進んでいく。そして治療の終結後にはクライエントは治療者を内在化し,生きることの作業を自分で行うようになる。外来の森田療法では転移や治療終結にまつわるさまざまな問題は一般に顕在化しない。それはクライエントの不安に対する処理能力を治療の目標とする治療の技法や,率直な自己開示を行う治療者の態度と関係する。
Key words: Neo Morita Therapy, Taijin Kyofu Sho(TKS), social phobia, journal therapy