■特集‐措置要件:自傷他害のおそれをどう診立てるか II
●地域差からみた措置入院
岩尾 俊一郎
措置入院の地域差を行政資料から確認すると、人口万対年度末措置入院者数の最大値は佐賀県の0.97、最小値は香川県の0.07で、その格差は13.9倍となり、人口万対新規措置入院患者数の最大値は栃木県の0.84、最小値は富山県の0.05でその格差は16.8倍となった。また措置入院期間も、3ヵ月未満のものが62%である東京都と、10年以上のものが62%を占める富山県とで大きな地域差が認められた。これらの地域差の成因として、「措置解除の徹底」「精神科救急システムの整備」が考えられた。前者には、戦前戦後を通じた各地の文化的歴史的背景が、後者には大都市での基幹病院を中心とした救急システムの有無が大きく関与していると推定された。今後は、措置入院も含まれる救急需要に対応できる余裕を持った精神科救急システムの整備と、医療-司法双方からの触法精神障害者への措置入院のあり方の検討が必要である。
Key words: involuntary admission, psychiatric emergency system, history of mental hospital, regional deference
●非自発性医療:精神科救急医療と救命救急医療のアナロジー
高橋 丈夫 八田耕太郎
著者の臨床経験から、精神科救急医療における緊急措置入院と、救命救急医療の治療過程の同質性、異質性について検討した。緊急に攻撃性という精神症状の減弱を目的として入院加療とすることは、生命の危機に対しての緊急の介入という救命救急の使命となんら異なることはなく、同質な医療行為であると考えられた。したがって精神科医師は措置入院という行政上の言葉によって入院の可否を迷うべきではなく、純粋に医療行為としての入院への導入を重視すべきである。また、こうした視点から今後の精神科救急の望まれる改善部分は、救命救急医療と同様の医療水準の標準化とそれに見合う制度・設備の充実の努力と考えられる。
Key words: psychiatric emergency, acute medicine, aggression, hospitalization
●倫理学的視点から見た措置要件
昆 啓之
措置入院の要件について、自律性とコンピタンスという概念を用いて生命倫理学の視点から検討した。まず総論として、精神疾患によって人の自律性が障害されている場合、自律性の障害の程度に応じて強制的介入をすることは自律性の侵害ではなく、自律性の尊重と矛盾しないことを論じ、強制的介入の正当化を試みた。次に各論として措置入院という強制的介入の要件を、「精神障害によって判断能力が減弱しているために、入院させなければ自身を傷つけまた他人に害を及ぼすおそれがある」として、精神保健福祉法にある精神障害と自傷他害の因果関係の間に、コンピタンスの減弱を置いた。最後に緊急措置診察の2例を検討し、「措置入院に関する診断書」には、診断と症状学的記載のみならず、被診察者の自傷他害に関する判断能力の評価とその評価の根拠を記載する必要性を提言した。
Key words: autonomy, competence, impulse control, involuntary hospitalization, civil commitment
●司法精神医学的視点からみた措置要件
岡田 幸之 安藤久美子
著者らは1997年の1年間に全国で触法精神障害者として法務省に報告された1,132例について分析を行った。措置通報をされていたのは1,066例(94.2%)で、そのうち措置診察を受けていたのは936例(87.8%)であった。措置診察を受けた者のうち不要措置となった者は314例(33.5%)であった。司法が措置通報する事例というのは責任能力の有無を中心とした判断によって選択されることが、医療的な視点からみた措置要件に一致しない事例が生ずる一因となっていると考えられた。指定医による要/不要措置の判断は罪種、障害の種類、職業・住居の有無、年齢・性別など多面的な要素と関係があり、地域差もみられた。措置診察が単純に「自傷他害のおそれ」の点だけでは結論を出せないというこの現状は、診察にあたる指定医や措置入院患者を担当する医師がおかれている複雑な立場をあらわしているものと思われる。
Key words: civil commitment, forensic psychiatry, criminal responsibility, involuntary administration
■研究報告
●高CPK血症を呈した重症水中毒にdantroleneが有効であった2症例
姫井 昭男 宮井 康次 坂田 勝則 川野 涼 黒田 健治
精神科臨床医は抗精神病薬の治療中に悪性症候群を経験することがある。その臨床症状は、発熱、錐体外路症状、意識障害など多彩であり、加えて高CPK血症が認められる。また、長期にわたる抗精神病薬の治療中に病的な多飲水から、水中毒を引き起こす症例を経験する。水中毒に併発ないしは続発して悪性症候群を呈した症例の報告があるが、それらの病態の詳細は不明である。今回われわれは、水中毒の経過中に著明な高CPK血症を呈したが、悪性症候群を疑わせる症状を呈さない2症例においてdantroleneによる治療が奏効した。
Dantroleneの薬理学的な作用機序の研究結果を踏まえた考察から、早期の治療が予後に大きく関与するような高CPK血症を伴う水中毒の治療には、dantroleneが有効であると考えられた。
Key words: water intoxication, CPK, dantrolene, malignant syndrome
●高照度光の自律神経機能に及ぼす影響についての研究
齊藤 靖
光療法は、精神科領域で注目を浴びている比較的に新しい治療法の一つであるが、その治療効果の発現機序については十分に明らかにされていない。そこで、本研究では、健常成人に対して5,000luxの高照度光を照射し、光療法の作用機序を自律神経機能に及ぼす影響の面から検討した。自律神経機能の指標としては、微小神経電図法によって観察可能な筋交感神経活動(MSNA)、血圧、心拍および心電図R-R間隔変動(CV-RR、LFおよびHFのパワー、LF/HF)を用い、自律神経機能と密接な関連をもつ液性因子も測定した。その結果、MSNAで示される交感神経活動は、5,000luxの高照度光照射によって有意に増大するが、血圧、心拍数および各液性因子には変化がみられなかった。心電図R-R間隔変動の解析結果では、LF/HFのみが高照度光照射によって有意に増加していた。光刺激が視交叉上核を介して自律神経機能に影響を及ぼし、これが光療法の作用機序に何らかの役割を果たしている可能性がある。
Key words: light therapy, microneurography, muscle sympathetic nerve activity, autonomic nervous system
●アルツハイマー病の早期鑑別診断におけるClock Drawing Test(CDT)の臨床的有用性について
中村佳永子 上田 英樹 成本 迅 北林百合之介 谷川 義彦 守谷 明
上村 宏 家原 敏明 宮 裕昭 村田 伸文 福居 顯二
Clock Drawing Test(CDT)は、時計を描画させることで種々の高次脳機能を評価できる簡便な検査で、痴呆のスクリーニング検査としての有用性が指摘されている。われわれは臨床的に痴呆と診断された患者150名を対象にCDTとMMSEを併せて施行、CDTをRouleauらの評価方法を用いて採点した。両者の得点の相関を検討した結果、CDTとMMSEの得点間には有意な正の相関がみられた。次に早期痴呆患者70名を抽出し、アルツハイマー病(AD)群と非アルツハイマー病(NAD)群に分けて誤答を質的に検討したところ、概念障害に基づく誤答がAD群で有意に多く認められた。
CDTは痴呆のスクリーニング検査としてのみならず、認知機能障害の一評価尺度としても応用でき、さらに概念障害に着目することにより、痴呆早期の段階でADを他の痴呆性疾患から鑑別する際に診断の一助となりうることが示唆された。
Key words: Clock Drawing Test CDT, Alzheimer’s disease, differential diagnosis