■特集‐措置要件:自傷他害のおそれをどう診立てるか I
●臨床現場の総合的判断としての措置要件‐精神科救急の現場における複合的事情‐
八田 耕太郎 高橋 丈夫
精神科救急システムの整備に伴って措置診察の増加が予測されるため、実務面で判断に苦慮する事例も増加するものと思われる。これまで措置要件の有無に関する判断の際に、知・情・意のうち知に相当する精神病症状の詳細な吟味と比較して、情・意に相当する攻撃性などについては措置診察場面の興奮を評価する程度に留まるといった不釣合いな状況があったように思われる。したがって、従来あまり教育でも研究でも取り上げられなかったため臨床の場でもてあましてきた攻撃性・情動不安定性・衝動性といった感情および意志に関する複合的な機能の質・量を実証的に検討していくことが、今後の措置要件の概念を規定していくうえで重要になると思われる。さらに、このような精神病症状、攻撃性といった軸に、家族関係などの社会的因子の軸を加えた3軸で措置要件の有無を総合的に検討する思考習慣をつけることが実務上重要と思われる。
Key words: psychotic symptoms, aggression, social factors, three dimensions
●措置入院制度の歴史からみた措置要件の問題点
高 柳 功
措置入院制度は大正8年に制定された精神病院法にその原型がみられ、青木試案、金子私案を経て昭和25年に制定された精神衛生法により制度として確立された。
措置入院の対象者の要件として1) 精神障害者であること、2) 入院させなければならないこと、3) 自傷他害のおそれがあること、の3要件があげられ、他に手続き要件として4) 2人の指定医の診察結果の一致が要件としてあげられている。行政措置による強制入院としては国際的にも妥当なものである。
しかしその運用の実態は社会状況に左右されることも多く、かつては安易な適用が行われた時代もあった。
日本の措置入院の問題点として1) 治療同意の手続きが明確でないこと、2) 措置入院者の処遇の基準がないこと、3) 措置解除が1人の指定医の判定で可能であること、などが指摘できる。
Key words: involuntary admission, criteria for admission, mental health law, criteria for treatments, judgment for discharge
●医療と司法の狭間の問題をいかに考えるか
武 井 満
精神科救急の実施や移送制度の立ち上げを行うなかで明らかになった精神保健福祉法に関する疑問点について取り上げ、肥大化した精神障害者の定義と「他害」という拡大解釈されやすい概念の問題点を指摘して、違法な行為を行った精神障害者がすべて精神病院へ集まるしくみになっていることを述べた。このような現状は、多様であるべき精神障害者の受け皿整備を阻害し、精神病院を収容所とみなすマイナスイメージを固定化させ、精神障害者に対する偏見を助長するといった弊害を生み出すものであると考えられた。したがって、措置診察の実施に際しては、精神病院での限界点を踏まえ、触法事例対応の責任主体は司法側にあることを明確化し、そのシステム改善を図らせることがまずは重要と考えられた。具体的には、群馬県の場合、現場の問題に熟知した精神科医が加わった情報センターを立ち上げ、保健所による事前調査を十分に行い、措置診察実施以前の段階にあって、行政の責任において適切なトリアージュを行うことにしているが、現在までの所、この問題に対しては大変有効であることが確認された。
Key words: mentally ill offender, crime, psychiatric emergency, harm, administrative involuntary admission
●人格障害ケースの措置入院を考える
平 田 豊 明
人格障害(あるいは精神病質)を第一病名として措置入院となるケースは稀であるが、触法精神障害者の処遇を論ずる上では重要な意味をもつ。人格障害が医療の対象であるかどうかをめぐっては、長い論争の歴史があり、いまだ結論は出ていないが、自己決定、
自己責任、治療契約を原則とした自発的治療の対象とはなりえても、非自発入院の対象とすべきではない。救急医療の場面でも、未成年ケースや深刻な自殺企図ケースを例外として、人格障害の入院治療は限定されるべきであり、入院を決定した医師がその後の治療責任を負うべきである。したがって、診察医と治療医の分離する措置入院の対象とすべきではない。触法人格障害ケースを安易に医療が引き受けても、誰の利益にもならない。医療と司法の分岐点となる起訴前鑑定(特に数の多い簡易鑑定)のガイドラインを策定するなど、医療と司法の役割分担を明確にすることが、まず必要である。
Key words: personality disorder, involuntary admission, criminal patient
●入院措置解除をめぐる問題点
澤 温
入院措置解除は「措置入院の基準」にある病状または状態像が無い、あるいはおそれが無いという指定医の判断に基づき都道府県知事がするものであるが、いくつかの問題点があげられる。「おそれ」とは予見性であるが、山下が「精神障害のために将来にわたって自傷他害のおそれがあるかどうかを精神衛生鑑定医によって断定することは不可能であり、2人以上の精神衛生鑑定医によって一致をみたとしても同様」としているように、予見は困難な問題である。環境や周囲の人の対応により症状が発現する人格障害や、退院後すぐに薬物やアルコールを摂取し再燃したり、退院後すぐ服薬を中断し、1〜2週間以内に再燃し、容易に自傷他害行動が心配される場合も同様に「おそれ」ありといえる。「おそれ」なしを100%判断することは精神医学の限界を超え不可能とするなら、それは解除判断するのもその指定病院の指定医の業務とするのでなく、公的立場の指定医にさせ、その判断の責任は都道府県知事が負うべきである。
Key words: commitment, foreknowledge, temporary discharge, injury on oneself or others, discontinuation of commitment
●諸外国との比較からみた措置入院
桂川 修一 井原 裕 岸 泰宏 菅原 道哉
イギリス、フランス、アメリカ・アイオワ州、カナダ・ブリティッシュ・コロンビア(以下BCと略す)州の4カ国における強制入院について概説した。イギリスの精神保健法の場合、民事条項と刑事条項とがあり、後者では裁判所が認定医の勧告裏に強制入院命令権を発動する。フランスでは独自のセクトゥール制のもと人権には最大限の配慮がなされる一方、第三者申請入院と措置入院手続きを有している。さらに、触法患者については地域医療刑務所と処遇困難者病棟という施設を用いて対応している。アイオワ州においてはすべての強制入院は裁判所命令で決定されているが、BC州では医師の裁量権に負う強制入院となっている。ただし、同州においても触法患者の扱いは精神保健法の枠外にあり、裁判所命令によって専門施設収容がなされている。これら諸外国の制度の視点から我が国の措置入院のあり方について検討を加えた。
Key words: compulsory admission, commitment, mental health act, secteur, forensic psychiatry
●精神科救急における措置入院の意味
西 山 詮
確かに措置入院の保安的機能を否定することはできない。しかし、措置入院は「指定医の診察‐(緊急)措置入院‐その後の医療・社会復帰」の一環をなし、今や広汎な精神科救急の扇の要として、重要な役割(堅い精神科救急)を果たしつつある。そして、緊急措置入院を用意することによって、あらゆる場合に対応できる24時間の精神科救急が整備される。
措置入院の実質的要件は、疾病性基準、治療必要性基準、危険性基準の3つであるが、初期の入院(admission)に際して、医学モデルを代表する疾病性基準と治療必要性基準を厳格にし、法学モデルを代表する危険性基準をいくらか緩和するのが、堅い精神科救急の基本である。それによって、全体としては強制入院の基準を適切に保ちつつ、治療を必要とする人々に対する早期医療が可能になる。入院後の審査が重要になろう。
Key words: commitment, emergency commitment, treatment standard, dangerousness standard, psychiatric emergency service
■研究報告
●Risperidone投与中に自殺した精神分裂病の一例 <Risperidone投与中の自殺の特徴>
林 裕美 佐々木信幸 石川 博基 中野 倫仁 齋藤 利和 山本 和利
Risperidone投与中の自殺企図症例を詳細に検討している報告は少ない。症例は21歳、精神分裂病の男性である。発症2年後に服薬自殺未遂があり、その2週後risperidone2mgの投与を開始した。3mgに増量後、速やかに陰性症状の改善が観察された。その後、強い退院と外出・外泊要求が出現し外出を許可したところ投身自殺に至った症例である。この症例を報告すると共に、過去の自殺報告例7例および本症例の計8例からは共通点として、(1).男性に多い、(2).急激な陰性症状改善後に認められる、(3).Risperidone投与開始3週から8週目に起きやすい、(4).従来型抗精神病薬の減量中、risperidoneとの置き換え中に起こりやすい、 (5).過去に自殺企図や自殺念慮が認められた、等の特徴が抽出された。Risperidone投与中に急激に社会復帰を急ぐようになることがあり、充分な認知機能の改善を伴っていない患者群が存在し、時として自殺に結びつく可能性もあるため慎重な対応が必要である。
Key words: risperidone, suicide, schizophrenia, side effect
●家庭内暴力の被害女性の一治療例
後 藤 晶 子
17歳の精神遅滞の次男から暴力の被害に遭い、うつ状態を呈していた46歳の女性の治療経過を報告した。治療ではうつ状態の治療と暴力に対する対処行動の形成を行った。うつ状態の治療を行いながら、(1).家庭内暴力の知識を得る、(2).受けた暴力を主治医に話す、(3).暴力を関係者に知らせる、(4).他人に協力を頼む、(5).暴力の危険度の評価と対処行動の実行、のように段階的に治療を進めた。その結果比較的速やかにうつ状態は改善し、次男からの暴力を受けることはほとんどなくなり治療を終結した。治療が成功した要因を検討すると共に、家庭内暴力の治療における被害者である親を対象とした治療の意義について、(1).暴力に関する情報の収集、(2).被害者の詳しい精神医学的評価、(3).被害者の暴力への対処方法の速やかな形成、(4).被害者の二次被害の防止、の点から考察した。
Key words: family violence, child’s violence to parents, adjustment disorder, coping skills
●「甘え」の視点から捉えた神経性大食症の一例
志水 かおる 吉川 領一
摂食障害の治療を困難にする要因の1つは、問題の自覚・言語化が難しく、不食・過食嘔吐として行動化することである。著者らは、「甘え」という言葉との出会いを契機に、こうした困難を克服した症例を経験した。
症例は初診時17歳の女性。16歳より万引き・無免許運転等の逸脱行動が出現。17歳よりダイエット、次いで過食嘔吐を始めた。神経性大食症・排出型、境界性人格障害の診断の下で治療開始後、4回の入退院と通院中断を繰り返した。治療過程で徐々に自然な感情を表出し始め、次第に母との関係に注目した。母の「甘えるのが嫌い」という発言を契機として明確に甘えの欲求を言語化した。この時初めて自己・対象関係を意識し、「自分」という意識が芽生え、役割の混乱した家族の関係性を洞察した。これは、母の発言が患者の強烈な感情体験となり、「甘え」の欲求を通じて、母という対象との一体化への願望が喚起されたためである。
Key words: Amae, bulimia nervosa, borderline personality disorder, psychotherapy
■臨床経験
●抗精神病薬によりTorsades de pointesが出現した2症例
川上 宏人 桑原 達郎 林 由子 加藤 雅志 三賀 史樹 上村 秀樹
Torsades de pointes(以下Tdp)は、向精神薬の投与により生じる致死性の副作用の1つとして従来から注意を喚起されてきた。しかし、その頻度が低いこともあり臨床現場で実際に遭遇することは稀である。このたびわれわれは精神科患者の身体合併症治療中に抗精神病薬の投与が原因と思われるTdpを2例経験した。Tdpへの対処法について報告するとともに向精神薬の使用とTdp発生の関係について考察を行った。
Key words: torsades de pointes, antipsychotic drugs, benzodiazepines
■連載
●私の治療法〔人格障害(5)〕人格障害をもつ患者のマネジメントにむけて
藤 山 直 樹
筆者の、人格障害をもつ患者との長い臨床経験を踏まえて、現在筆者が精神科医としてそうした患者に何ができると考えているか、をまず論じた。ふつうの精神科外来で、患者を自己破壊性と攻撃性によって人生を脅かすことから保護し、彼らが自分の人生について悩むことが可能になることをもくろみながら世話すること、すなわちマネジメントが、実際の臨床ではもっとも重要であると筆者は考える。その前提に立つとき、悪性の退行を助長する前に人格障害の存在を見て取ること、治療者側のイニシアチブによるしっかりとした設定供給、設定内の柔軟な情緒的交流はマネジメントの成否を左右する重要な課題であると考え、そうした局面を円滑に運ぶための経験的な知恵を呈示した。
Key words: personality disorders, management, ordinary outpatient clinic