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■特集 精神発達遅滞の分子生物学的基礎

●脆弱X症候群の臨床像
杉江 秀夫  杉江 陽子
 脆弱X症候群はX連鎖性の精神遅滞で,triplet repeat病の一つでもある。顔貌の特徴をはじめ,多彩な身体症状,中枢神経症状を示す。本症の責任遺伝子であるFMR-1でコードされる蛋白(FMRP)はRNA-binding proteinであり,生体内でのFMRPの役割と本症の症状についてその関連に興味がもたれている。頻度は男児で4000人に1人といわれ,従来報告されていた有病率より実際は患者数は少ないであろうと推定されている。大部分の患者は(CGG)n反復回数の異常伸張による場合が多いが,FMR-1の遺伝子変異(点変異,欠失など)による場合もあり注意が必要である。本症の診断,治療には自然歴を十分理解し適切に対応してゆくことが重要である。
key words: triplet repeat, mental retardation, X-linked, frangile X syndrome, FMR-1

●脆弱X症候群の分子遺伝子学
難波 栄二
 トリプレットリピート病の一つである脆弱X症候群は,X染色体に存在するFMR1遺伝子のCGGリピート配列延長によって発症する。この遺伝子異常は,40-55リピートのprotomutationが何世代も引き継がれるうちにpremutation(60-200)のアレルが生まれ,その異常をもつ母親から典型的な患者が生まれる。この疾患の欧米での頻度は4,000から9,000人に一人であり,保因者頻度なども詳しい検討もなされてきている。本疾患ではリピートの長さよりも,FMR蛋白発現の程度が症状と関連し,メチル化やヒストンアセチル化に作用する薬剤による治療研究も試みられている。FMR1遺伝子周辺の多型マーカー解析などから,民族ごとにリスクやそれを回避するアレルが異なることが明らかになっており,今後日本人での研究をさらに進めることが重要である。
key words: fragile X syndrome, FNR1 gene, methylation

●FMR1の分子生物学 モデル生物研究による展開
井上 俊介  塩見 美喜子  塩見 春彦
 脆弱X症候群の原因遺伝子FMR1は,2つのKHドメインとRGGボックスというRNA結合ドメインを持つRNA結合蛋白質をコードしている。FMR1蛋白質は細胞質に存在し,リボソームと会合することから,翻訳制御因子であろうと考えられている。しかしながら,その標的mRNA,そして,どのように翻訳制御を行っているのかという生理的機能はほとんどわかっていない。近年ショウジョウバエを用いたモデル研究により,それらの問題の解決の糸口が見え始めてきた。dfmr1ノックアウトショウジョウバエにおいては,概日リズムなどの行動異常と,特定の神経の形態異常が観察された。また,MAP1Bがdfmr1の標的mRNAの有力候補であることが示唆された。今後さらに研究が進めば,FMR1の標的mRNAと生理機能の解明が期待されると共に,脆弱X症候群の治療に役立つものと期待される。
key words: FMR1,RNA-binding protein, Drosphila, circadian rhythm, axon extension and branching

●Rett症候群の臨床像
野村芳子
 Rett症候群は女児のみにみる疾患としてその臨床像の特徴から注目され,その病態・病因に関する研究が進められてきた。その結果,本症の発症は胎生最終期から乳児期早期にあることが予測され,その特徴的症状が年齢依存性に出現すること,各症状の分析より本症の病態は脳幹アミン系神経系の発達異常にあることが提唱されてきた。  近年その病因遺伝子(Methyl-CpG-binding protein 2遺伝子)の解明により病態の研究がさらに行われてきている。今後これらに基づいた根本的な治療法の解明が期待される。
key words: Rett syndrome, clinical characteristics, pathophysiology, developmental disorder, Methyl-CpG-binding protein 2

●Rett症候群の分子遺伝学
近藤 郁子  山縣 英久
 Rett症候群の主たる原因遺伝子がX染色体q28に位置するMethyl-CpG-binding protein 2(MECP2)であることが報告されて以来,少なくとも96種類以上の変異が同定され,遺伝子変異と臨床症状の相関研究が進められている。MECP2の遺伝子はX染色体上遺伝子の不活性化による発現調節を受けることから,同一MECP2変異を持つ患者でも,臨床症状の重症度にバラツキがあるが,臨床症状はMECP2変異の部位と変異の種類に関係することが確認されつつある。Rett症候群患者のMECP2変異は父親の精子における新鮮突然変異由来が多く,母親由来のMECP2変異を持つ男児は重症の脳障害を伴い,乳児期早期に死にいたることも明らかとなった。しかし,MECP2異常の動物モデルであるノックアウトマウスを用いた遺伝子発現研究では,発現が大きく変化した遺伝子は少なく,臨床症状の相関を明らかにするためには,今後の研究に待たれる所が大きい。
key words: MECP2,Rett syndrome, X inactivation, epigenetics

●X連鎖性非特異的精神発達遅滞
室谷 浩二  松尾 宣武
 日本の現代病として増加している味覚障害は,食品中の必須微量栄養素である亜鉛の摂取不足,および肝,腎その他の全身疾患による亜鉛吸収不全や排泄の増加によって,全身が亜鉛欠乏状態に陥り,亜鉛をとくに必要とする味蕾の味覚受容器の機能不全によって起こることが多い。  味覚異常の7通りの起こり方と診察法,味覚障害の原因分析,治療とくに亜鉛内服療法の効果について述べた。  とくに今まで不明な点が多かった,味覚異常の愁訴のひとつ,自発性異常味覚の解析,および食事性亜鉛欠乏が最大の原因である特発性味覚障害の新しい診断基準について論及した。
key words: taste disturbance, subjective, dysgeusia, idiopatic taste disorder, dietary zinc deficiency, flow chart for diagnoses and therapies of the taste disorders

●Williams症候群
松岡瑠美子
 21世紀の医療においては,疾患に関係する遺伝子情報を基に疾患の早期診断により的確な早期治療を可能にするだけでなく,発症前に診断を行うことにより,疾患の発症もしくは続発症を防ぐ包括的遺伝子医療の到来が期待される。本稿では,Williams症候群に関する遺伝子型と表現型の研究を中心に包括的遺伝子医療について概説する。
key words: Williams syndrome, elfin face, visual-spatial disorders, elastin, LIM kinase-1

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