時が移りかわり、病名もかわり
しばらく新型インフルエンザのニュースが流れていませんでしたが、神戸での精神神経学会が始まる2〜3日前になって、死亡例が出たこともあって、ニュース番組で盛んに報道されています。精神神経学会は5月には新型インフルエンザの日本上陸で、延期になり、この8月に開催されることになりました。8月のこの時期、学会が開かれること自体珍しいのですが、ことしは新型インフルエンザの影響で、いくつもの学会が開かれています。私どもも、今年は休んでいられなくなりました。
さらに8月26日から京都で開かれる日本心理学会で講演するためにSteven C. Hayes博士が来日されることになりました。Hayes博士は、当社で翻訳出版の準備中のACT in Practice(ACT を実践する)に序文を書かれています。そのため、日本心理学会までに出版しようということになり、それこそお盆前の1週間は、担当編集者は、夏休みどころか、毎日帰りが終電というハードワークでした。ご翻訳をされた先生方も、毎日の校正紙のやり取りで、お休みどころではなかったのではないでしょうか。その甲斐あって、無事に学会の直前に出版することができました。
「ACTを実践する」
Hayes先生の来日直前に出版、本当に滑り込みセーフという感じです。
ここでのACTは、Acceptance & Commitment Therapyのことで、包括的地域精神医療のことではありません。紛らわしくてすいません。
ACTについてあまり知識のない方でも、あの特徴的な6角形の図は見たことがあるという方が多いと思います。この6角形の図は、2種類あり、その一つは、ヘキサフェックスといいACTの精神健康論的なモデルである「心理的柔軟性」のことで、もうひとつはインフレクサヘックスといい、精神病理論的なモデルである「心理的非柔軟性」のことです。
本書は、ACTへのイントロダクション、ACT治療の6つのコア・プロセス―ヘクサフレックス・モデルの6つのポイントとその病理的な分身である、いわゆるインフレクサヘックス―の簡潔なイントロダクションを提供しています。
この最先端の心理療法をぜひとも本書で体験してください。
Time flies like an arrowと言われるように、本当に毎日がどんどん過ぎていきます。あまりの速さで、何にもしていないうちに、何の進歩もしていないうちに、という気がします。ですが、しばらくたって振り返ってみると、それなりの変化が起こっています。
時は、移り変わっているのですね。
病名も変化してきました。痴呆症が認知症に、精神分裂病が統合失調症に。病名が変わったことで、何か変化が起こってきたでしょうか。患者さんにとって、病名の変化はどのような影響を与えたのでしょうか。治療は変わったのでしょうか。
最近よく耳にするパニック障害などの不安障害。以前は神経症といわれていました。神経症が不安障害になって、何が変わったのでしょうか。一つには、考え方が変わってきました。心理的葛藤だけでなく、脳の機能不全が不安症状を引き起こしているという所見も出てきました。また新しい薬物が出てきて、治療にも薬物が多く使われるようになってきました。ただ、一般の方、患者さん、そのご家族にとって、この病気を理解することは難しいことのようです。
このたび、千葉大学教授の伊豫先生が、患者さん、ご家族のために、とてもわかりやすいご本を書いてくださいました。 タイトルは、「不安の病」です。
「不安の病」
本書は、誰でもが「そういうこともある」と思うような不安や行動が過剰となり、生活に支障をきたすほどになってしまう症状について、その心理的成り立ちと治療について分かりやすく説明しています。最新の脳科学の考え方や薬物治療についても、一般の方でもわかるように、頻繁に解説や注を加えて、わかりやすく説明しています。パニック障害、対人恐怖、社会不安障害、強迫性障害、疼痛性障害、心気症など、日常の生活に支障をきたす不安障害を理解するうえで、本当に分かりやすい本です。
今月は、もう一冊、「とらわれる生き方、あるがままの生き方」を出版させていただきました。本書は、大原健士郎先生の森田療法の名著が絶版になっていたため、その加筆復刻版です。
昨年、認知療法学会から学会誌が創刊されました。その中にアーサー・フリーマン先生の祝辞があります。フリーマン先生は、当社の「認知療法入門」の著者でもあります。この祝辞の中で、認知療法の「第3の波」としてACTについて触れておられます。ACTは今やSteven Hayes博士のエネルギッシュな活躍により、アメリカの認知療法家の間で多大な注目を集めている治療モデルだそうです。博士は、ACTと森田療法について、この2つは著しく類似していると言われています。
伊豫先生も「不安の病」のなかで、森田療法での考え方や治療法について解説されています。今月の当社の新刊3点は、偶然、共通する何かをもっていると思われます。
神経症から不安障害に変わって、何か変化があったでしょうか。一般の方からみると、不安があると病気なんだ、と思ってしまうかもしれません。不安は誰にでもあると思います。高いところが嫌いな人は、沢山いますし、つり橋を渡るときに、足がすくんで、動悸がしたといって、パニック障害と言えるでしょうか。一般の方が認知療法について抱いているイメージは、認知をポジティブに変えていくものだ、怖いと思う気持ちを変化させるものだ、というものかもしれません。ですが、正しい認知は、もしそれがマイナスのものでも、変えなければいけないということはないのではないでしょうか。高いところが怖いという気持ちは、普通だと思いますし、まあ、変化させる必要があるのかな、とも思われます。もちろん、その認知が異常であった時には、障害となるのかもしれません。
診断名が変わり、新しい薬が登場する。これらが人々の不利益にならず、役に立つものになってくれればいいのですが。
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