
一見は百文にしかず
出版社は、印刷された文字によって、読者とコミュニケーションをとります。写真をつかったり、DVDなどの映像を使うこともありますが、これは、文章で分かりづらいところを補いたい、という意図があると思います。しかし写真があれば分かりやすいと編集者が思い込んでしまうと、文字で正確に内容をつたえようという考えがあいまいになってしまうこともあります。
専門書や実用書などでは、正確に内容を分かりやすく読者に伝えることが重要です。小説や文学的作品、芸術などの出版では、分かりずらいところが、議論の種となる場合もあるでしょう。人によってどう読むか、作者はこういうことを言おうとしたのではないか、など、評論家の活躍する場所を与えてくれます。
私の友人が料理に挑戦しました。料理などあまりしたことのない素人です。レストランで食べた料理、新鮮なアスパラガスにソースオランディーズがかかっていた料理がすごくおいしかったので、それを作ってみようと料理の本を買ってきて、それを見ながら作り始めました。ソースオランディーズというのは、マヨネーズを暖かくしたようなものです。オイルの代わりに澄ましバターを使います。本には、鍋に少量の白ワイン、レモン汁、塩、胡椒をいれて火にかけて半分くらいになるまで煮詰める、そこへ卵黄を加えてよくかき混ぜ、弱火にかけながら澄ましバターを加えて混ぜます、と書いてあります。写真もたくさん印刷されています。結果は、トロッとしたソースではなく、スクランブルエッグが出来てしまいました。
私たち編集者がこれを聞くと、その原因はよく分かります。料理には素人の編集者か、料理人以上に料理を知っている玄人編集者かどちらかが担当したのでしょう。コックさんがこれを作っているところを写真に撮ります。コックさんは、白ワインを煮詰めたら鍋をガスから少し離して熱を冷まし、そこへ卵黄をいれ、それを火にかけたりはずしたりしながら卵黄が固まらないようにかき混ぜてバターを乳化させていったのだと思います。素人編集者には、そこがわからず、玄人編集者には、あまりにも当たり前のことだったのでしょう。コックさんたちは、料理を作るとき、編集者に細かく説明しないことが多いのです。理屈ではなく感覚で料理をしているからでしょう。料理の本に塩何グラムと書かれていますが、コックさんが塩は何グラム、なんて言ったりしません。コックさんが塩を振るときに、その下にさっと紙を差し込み、紙の上に落ちた塩を編集者が量って、何グラムと書いています。料理書の場合、読者が失敗したからといって、そう大きな問題にもならないでしょう。時には、電話で文句を言ってくるくらいかも知れません。
私たちの出版物でも、気をつけなければならない点です。なれない編集者は、分からないことだらけだけど、きっとみんなは分かっているのだと思い、ベテランは、専門用語の羅列に心地よい満足感を感じ、非常に分かりづらい本になってしまうということもあります。編集者は、板ばさみ状態にいるものです。読者代表として著者にリクエストし、著者に代わって著者の利益を守り、読者からの質問に答え、攻撃の矢面にもなる、という2面性をもっていると言えるかもしれません。
日本では、阿吽の呼吸というように、あまり細かい説明がなくても、大筋を理解することが大事である、とされてきたようです。若い人たちの会話を聞いても、そのグループに属していなければ、何のことかまったく分かりません。「あれがさあ、そうでしょ、ほんとう、あいつちょうむかつく」なんていう会話を電車の中でよく耳にします。日本人が書いた英語では、主語がなかったり、主語が一致していなかったりすることがあります。例えば、薬を投与することで、痛みが軽減される、という文章が By prescribing the drugs, the pain is alleviated.と英訳されていることがあります。意味は分かるのですが、主語が一致していないので、英語の文章としては、いい文章ではないでしょう。
印刷された文字によって正確にわかりやすく内容を読者に伝えられること、が編集者にとって大事だと思います。話し言葉よりも写真よりも映像よりも、正しく理解してもらえる文章を心がけたいと思います。百聞よりも百文、一見よりも百文。
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