LEAPとの出会い―治療を受け入れてもらうために― 前編
八重樫穂高
今回、ひょんなことからLEAPという精神病患者とのコミュニケーション技法について書かれたアメリカの書籍を翻訳することになった。「I am not sick, I don’t need help!」というインパクトがある題名の本で、その10周年記念版というものである。LEAPは、病識の面で問題がある患者を、いかに治療や支援と繋ぎ留めておくかということを主題に開発されており、「Listen傾聴 — Empathize共感 — Agree一致 — Partner協力」の頭文字から成っている。その根本は「相手に話を聞いてもらい、なにか意見を伝えたいときには、信頼関係の構築が大切である」という至極当然なことにある。私がLEAPと関わるようになった経緯から、その後に参加したLEAPの研修の様子をこの機会に少し紹介させていただきたい。
LEAPと初めて出会ったのは、ある論文の中でのことだった。それはGAINアプローチという、持効性注射製剤を導入する際の面接法についての論文である。そのGAINアプローチの基盤として用いられていたコミュニケーション技法こそがLEAPであった。それをきっかけにLEAPに関して興味を持つこととなる。まず、Xavier Amadorというアメリカの心理士によって開発されたものであるということがわかった。不勉強な私はそれまでAmador先生のことを存じ上げていなかったのだが、すぐに病識研究の分野で大変ご活躍されている方だということを知った。病識を扱う研究でよく用いられている、SUMD(Scale to assess Unawareness of Mental Disorders)という評価尺度の開発者であり、同じく病識研究で有名なAnthony Davidとともに「Insight and Psychosis」という書籍を出版されている。そして他の数ある著書のうちの1つに今回の「I am not sick, I don’t need help!」があった。その初版は2000年にアメリカで出版され、和訳本も2004年に出版されていた。しかし、そこにはLEAPの原型はあれども、いまのような概念はまだ確立されていなかった。そして、その後に現在の形のLEAPが完成され、10周年記念版の中で改めて紹介されるのである。それを初めて読んでみたときにその説得力と迫力に驚いた。中でも病識の乏しさに対する考え方、その扱い方などが非常にわかりやすく明瞭に記されていた。なによりも、この本が持っている魅力は、Amador先生のもう亡くなられてしまったお兄様が統合失調症だったことと深く関係している。この兄弟にも他の多くの家族と同様に、薬をのむ、のまないのやり取りで長年にわたり口論を繰り返した、辛い経験があった。そんな中で、「兄さんを理解したい」という弟の切実な思いが、LEAPを生み出したのである。つまり、LEAPは非常に家族向けのツールだと言える。たしかに患者家族など、医療者以外にも使えるように作られており、この本も患者家族を含めたすべての関係者にとって興味深いものとなるはずである。
また、10周年記念版では新たに、持効性注射製剤の有用性やアメリカでの精神医療の現場の様子が手に取るようにわかりやすく紹介されており、初版よりも内容が充実している。こういったことを踏まえて、改めてこの本を翻訳しようと決めたのである。疾患への理解を促し、ひいては偏見を減らすことも期待でき、日本の精神科医療にとっても大変有益なものになるだろうと考えたのだ。
いざその翻訳を始めるに当たって、Amador先生とEメールでのやりとりを始めた。すると、平成27年の夏頃に彼からLEAP Instituteがニューヨークで月1回開催している研修に参加してみてはどうかとの提案があった。非常にありがたいお話だと思った、と言いたいところなのだが、小心者の私は正直なところ、はじめはあまり気が乗らなかった。というのも、私の英会話のレベルといったらひどいもので、単独で海外に行くということ自体も初めてだったからだ。しかもLEAP instituteの所在地はRiverheadというニューヨーク州のはずれにあるらしかった。ニューヨークと聞いてイメージする、マンハッタンのような中心部ではなかったのだ。JFK国際空港からはどう行くのかと尋ねると、公共交通機関はあまり使い物にならないから、レンタカーが一番だと言われた。不慣れな海外で独りで車を運転するという、さらなる障害が現れたのである。逆に良い点もなかったわけではない。このときちょうど、当院の上級医がニューヨークのHillside病院に1年間の留学中だったからだ。共に翻訳に取り組んでいた当院の院長からも、どうしてこのタイミングで行かない奴があるかと言われる始末だった。たしかに、どうせ行くのならば出版前に行っておきたいという本音もあり、心を決めることにした。
そこから予定を調整し、なんとか都合がつきそうなのが、平成28年の1月末だった。多少の懸念は抱えつつも、翻訳作業と並行しながら、研修会に参加する準備を進めていく。まずはLEAP instituteのホームページを見たり、あとは研修会の様子を収録したCDやDVDが発売されていることを知り、入手した。それを通勤の車内で流したりして、徐々に心の準備も整えていった。しかし、旅立ちを1週間後に控えたとき、ニューヨークで観測史上2番目の大雪とのニュースが飛び込んでくることとなる。1月のニューヨークであり、もちろん雪の心配をしていなかったわけではないのだが、よりによって記録的豪雪ときた。LEAP instituteの代表者からも、Blizzard Happening!という件名で、やめといたほうがいいんじゃないか、春に延期したらどうか、というメールがきた。いや、しかし、このタイミングは逃せない。外来や病棟の業務も必死の思いで調整したのである。いまさら先延ばしにはできなかった。予定通り向かう旨を伝えたが、きっとクレイジーな日本人だと思われたことだろう。たしかに大雪の中を長距離運転しなければならない可能性もあったわけだが、もうあとは野となれ山となれであった。(後編につづく)
八重樫 穂高(やえがし ほだか)
2011年、山梨大学医学部卒業。2011年より山梨県立中央病院初期臨床研修医、2013年より山梨県立北病院精神科後期臨床研修医。2016年より、山梨県立北病院精神科医師として勤務。ニューヨークにてXavier AmadorからLEAPのレクチャーを受ける。
訳書:『病気じゃないからほっといて―そんな人に治療を受け入れてもらうための新技法LEAP』(ザビア・アマダー著/八重樫穂高、藤井康男訳、星和書店より5月中旬刊行予定)
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