長崎大学 今村明
この度、『おとなの発達症のための医療系支援のヒント』という本を上梓させていただきました。この本を書きだしてから2年以上の時間がかかってしまいましたが、無事に出版することができ、関係者の皆様に大変感謝いたしております。
この本を書こうと思ったのは、数年前から私の外来が発達症(発達障害)の方が増え、どこでもそうだと思いますが、発達症を診る病院が少ないために、予約がいっぱいとなり、長い期間待たなければいけないという事態に陥ったためでした。発達症としての診断・支援を求める人は限りなく多く、自分一人で診ていくには限界がありますが、かといって新患をどんどんとると一人あたりの診察時間が減り、診療の質も下がってしまいます。「発達症はよくわからないので」という理由で、その可能性のある受診者を敬遠する医療関係者もいると思います。そのため、これまで発達症を診ることが少なかった医療関係者(主として精神科医や心理士)が、発達症のことを理解し、発達症の人を支援していくために役立つ本をつくりたい、と考えたのです。
まずは診断ですが、発達症の診断のためには、発達歴の取り方が大事です。当院(長崎大学病院)では新患の予診を研修医がとることになっていますが、発達歴を十分尋ねるようにと事前に説明をしていても「1歳半、3歳時健診で異常なし」と書かれているだけであったり、くびの座り、つかまり立ち、一人歩きなど、身体的な発達のみを記載してあったりして、発達症の診断に必要な、社会的コミュニケーションや衝動性のコントロールなどの発達については、具体的にはどのような質問をしたらいいのかわからないようでした。そのため、『おとなの発達症のための医療系支援のヒント』では、必要最低限の発達歴の聴取のための質問例を表にしてCD-ROMに入れました。またウェクスラー式知能検査に関しては、その結果である数値のみを診断の参考とするのではなく、様々な課題を行っている間に浮かび上がる発達症特性を評価して診断とその後の支援計画作成に活かしていくべき、ということを、よこはま発達クリニックのセミナーで学び、心理士さんたちがそのような視点で検査所見を書きやすいように、WAIS-IIIで発達症の行動特性を評価するチェック表を入れました。
本書では、診断名の告知に関しては、吉田友子先生のご著書*を参考にさせていただき、発達症によってもたらされる問題だけではなく、ポジティブな面も含めて、スライドを使って視覚的に伝える方法を紹介しました。このような形で診断名告知を行うと、その後の支援や治療的かかわりへの移行がうまくいくことが多いと感じています。
また支援計画作成のためのワークシートも本書付属CD-ROMに入れています。それぞれの「症状」に対して、決して十分とは言えませんが、私が行っている「対策」を対応させています。ワークシートに関しては、各病院・施設によってできることとできないことがあると思いますので、それぞれの事情に合わせて変更していただき、活用していただければと思います。もちろんそれ以外も、このCD-ROMの内容は自由に変更して使用していただければと思います。
発達症がスペクトラム(連続体)である以上、どうしてもグレイゾーン、パステルゾーンと言える状態が存在します。障害の程度は比較的軽くても理解してもらえない苦悩は重い人たちがいるわけです。そのような人たちにも支援が必要だと考える医療関係者が増えていくことを願います。この本が少しでも、これから発達症を診ていこうと考える医療関係者の方々に役立てば、と思います。ひいては、これまで支援が受けられなかったたくさんの発達症あるいは境界域の方に、必要な支援が届くようになれば、と考えております。
*訂正とお詫び
『おとなの発達症のための医療系支援のヒント』巻末の文献(p.215の文献番号29)において、下記の箇所に誤りがありました。
【誤】吉田友子(著)『自閉症・アスペルガー症候群「自分のこと」のおしえ方(ヒューマンケアブックス)』中央法規出版,2005.
【正】吉田友子(著)『自閉症・アスペルガー症候群「自分のこと」のおしえ方―診断説明・告知マニュアル』学研教育出版,2011.
また、参考図書として、
ローナ・ウィング(監修),吉田友子(著)『あなたがあなたであるために―自分らしく生きるためのアスペルガー症候群ガイド』,中央法規出版,2005.
も挙げさせていただきます。
深くお詫びいたしますとともに、謹んで訂正いたします。
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