摂食障害の理想の治療に近づくには?
〜ロサンジェルス・摂食障害スタディーツアーより〜
東京女子医科大学附属女性生涯健康センター 臨床心理士 小原千郷
先日、星和書店から『摂食障害:見る読むクリニック』を出版させていただきました。この本は、内科医・精神科医・臨床心理士の3名で、それぞれの診察やカウンセリングの中で実際お話しすることをDVDとテキストにまとめた内容になっています。この本を執筆しながら私たちが話し合ったことは、今の日本で摂食障害の理想的な治療を提供するのがいかに難しいかということでした。保険制度の問題、専門医の不足、どの科にかかるべきか、そして専門家同士の連携など課題は山積みのように感じます。
そんな中、この8月にカルフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)で看護師をなさっている安田真佐枝先生のコーディネートで、ロサンジェルス「摂食障害スタディーツアー」に参加する機会をいただきました。UCLA病院で2日間、病棟見学とともに様々な専門家からみっちりと講義を受け、加えて3カ所の「レジデンシャル」と呼ばれる滞在型の治療施設を見学できるという、とても充実した内容でした。(レジデンシャルは日本でいうグループホームに近い形式ですが、民家に数人から十数人の患者さんが1カ月〜数カ月寝泊まりし、数多くの専門家が治療に当たります。さすがロサンジェルス、ある施設は、ハリウッドスターも住む高級住宅のゴージャスなプール付きの民家を改装して作られていました。)
日本からは、精神科医・心理士・栄養士・看護師・薬剤師など多彩なメンバーで参加しました。
学んだことはたくさんあったのですが、中でも印象に残ったことが二つありました。一つ目は治療の枠組みやガイドラインがしっかり確立されていて、本当にたくさんの職種の方が同じ目的を共有して治療に当たっているということでした。病棟でも、レジデンシャルでも、患者さんの一日のスケジュールは大忙しです。毎日の主治医(心理士や精神科医)との心理面接に加え、家族療法、栄養指導、描画や小物作りといった作業療法、日々の楽しみ方を学ぶためのレクレーションセラピー、他の患者さんと気持ちを分かち合う集団療法などが、患者さんの状態に合わせて組み合わされます。食事の時間も状態に応じてルールが決められ、状態が良くなるとスーパーなどに自分の食べ物を買いに行ったり、外食したりする、退院後に備えた練習もありました。これらの治療の枠組みは他職種のチームミーティングで決定されます。
そして、状態が良くなるにつれて、大学病院への入院→レジデンシャルへの滞在→朝・昼・晩3食を含む長時間のデイケア→短時間のデイケア→外来治療といったように、連続した治療が行われます。少なくともロサンジェルス周辺では、ここ数年こういった連携が非常にスムーズになってきていると多くの専門家の方から伺えました。このような治療全体の枠組みが分かると、患者さんもご家族も安心して治療が受けられるように思います。ただし、治療費はとても高額で、よい保険に加入していないと治療が受けられないという大きな問題はあるようですが。
そしてもう一つ印象に残ったことは、摂食障害からの「回復者」が専門家となり、治療をリードしていることでした。見学した三つのレジデンシャル施設のうち、二つの施設の代表者は元患者の方でした。回復して専門家の資格を取るとともに、自ら施設を立ち上げ、理想の治療を追求していらっしゃいます。そして、自分の体験をオープンに話し、「摂食障害は絶対治る」ということを熱く語られていたことが印象的でした。そういった方の尽力が、ここ数年アメリカの治療や専門家の意識を変えていると数人の方から伺いました。日本では、まだ偏見も多い摂食障害ですが、フィギュアスケートの鈴木明子さんをはじめ病歴をオープンにして活躍する方も現れ、最近では回復者の方が「同じ苦しみを味わう人が減るように」と様々な自助活動を始める動きもあります。確かに体験者の方は、どんな治療や支援が必要なのか、理想なのか、一番深く知っている方といえるかもしれません。
日本でも摂食障害のより良い診療体制や社会的支援を整えるための活動が始まっています。私たち専門家も、様々な国から学んで日本に合った治療を考えていく必要があります。その際、回復者の方の意見や力を積極的に生かしていくことも、理想の治療に一歩近づくために大切なことなのかなと、改めて考えさせられる体験でした。
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